第7章 陰謀の気配 ②

 しき者。

 その名前を口にする黄介きすけも、横で聞いている楓丸かえでまるも、その顔には恐怖が浮かんでいる。まるで、今もソイツがここにいるみたいに。

「〈悪しき者〉は強敵だったけど、七つの里が一致団結することでなんとか倒すことはできた。だけど完全に滅ぼすことはできなかった。体を七つに分けて、それぞれの里の秘宝に封印するのが精いっぱいだったんだ。〈キツネの里〉の〈紅宝珠べにほうじゅ〉には、頭が封じられている」

 楓丸の説明を、今度は黄介が引き継いだ。

「だけどたった一つだけ、どうしても封印できなかったものがあった。魂だ。その強力で邪悪な魂を封じられる力を持つ秘宝がなくて、どうしようもなかったらしい」

「じゃあ、その魂はどうなったんだよ?」

「今でもこの国をさまよっている。完全な身体を持たないぶん、全盛期のような力は発揮できないけれど、今も警戒すべき存在であることに変わりない」

 百パーセント解決とは言えない戦の結末。平和に見えるこの里だけど、本当は今も危険と隣り合わせってことなのか。

「けど、それと楓丸の結婚と、どんな関係が?」

 オレの疑問に答えたのは黄介だった。

「〈永久変化えいきゅうへんげ〉の力を使うということは、〈紅宝珠〉が本来持つ力を内から解放するという事だろ? その時、わずかでも封印が緩むかもしれない。〈悪しき者〉がそこに目をつけて、復活に動き出したのかもしれない。戦からちょうど百年という節目でもあるからな」

「もしかしたら、サンゴ先生は〈悪しき者〉に取り憑かれているのかな」

 楓丸は悲しそうにうつむいたけど、オレはその推測に首をひねる。

「さっき見た感じだと、そんな風には見えなかったけどな」

「いずれにしろ、サンゴ様を調べてみる必要がありそうだな。楓丸、〈悪しき者〉が絡んでいるとなると、もうお前一人の問題じゃないぞ。国全体の存亡にも関わるかもしれない」

 黄介は厳しい目と言葉を楓丸に向ける。あの時の真宙まひろみたいだ。

「今ならまだ間に合う。だから、勇気を出して、皆に本当のことを言ってほしい」

 黄介の真剣な説得に、楓丸の瞳が迷いで揺れている。

「僕は……」

 楓丸が口を開こうとした時だった。

「楓丸―!! いるんでしょー?」

 小屋の外から女の子の声が飛んできた。その途端に、楓丸は慌てだす。

「あ、明音あかねちゃん!?」

「誰?」

「楓丸の幼なじみだよ。ちなみにあの炎次えんじ様の娘さんで、たしか警備兵見習いだったっけ?」

「う、うん……」

 会議の前、炎次さんとサンゴじいちゃんの話で、名前を聞いたな。

 窓からそっと外を見ると、気の強そうな感じのキツネの女の子が、腰に手を当てて立っていた。確かに警備兵の格好をしている。

「中に入られるとまずいから、僕はもう行くよ。何とか明音ちゃんをここから遠ざけるから、二人はじっとしてて」

「楓丸、待って!」

 そのまま小屋を出ようとする楓丸に、黄介は声をかける。

「明日までにちゃんと考えて欲しい。今、大事なことを」

 楓丸は一瞬立ち止まったけど、振り返らずに小屋を出て行った。

「やっぱりいた! いたんならさっさと出てきなさいよ!」

「ご、ごめん……」

 小屋から出るなり明音から責められて、楓丸はたじたじになっている。

「また体調崩したって聞いたからお見舞いに行ってあげたのに、いないんだもの! どうせココだって分かったけどね!」

 長の孫を相手に、明音は容赦ない。父親とは違う意味でおっかないな。

「侵入者騒動でピリピリしてるのに、アンタまで消えたら大騒ぎじゃない。アンタ、明日結婚式でしょ? 父様たちの仕事、これ以上増やさないでよね!」

「う、うん。本当にごめん……」

「いいから、帰るわよ! ザクロ様には私も一緒に謝ってあげるから!」

 明音に手を引かれ、楓丸は小屋から遠ざかっていった。

 幼なじみか。二人の様子を見て、自分と夏希のことを考える。まぁ、夏希はあそこまで性格キツくないけどさ。

「楓丸は何であんなに頑固なんだよ! 下手したら、里が危ないことになるかもしれないのに」

 オレは八つ当たり気味に床を殴りつけた。

「これからどうすんだよ? 楓丸があてにできないなら、オレたちで何とかするしかないじゃん」

「楓丸の気持ちを無視するのは心苦しいけど、やっぱりこの結婚の間違いを公表して、阻止するしかない」

「最初は夏希を連れ戻せばいいって思ってたのにな……」

 ここにきて悪の黒幕登場。そして里の危機。話が一気に大きくなって、オレは途方に暮れる。こんなこと、自分たちだけで解決できるのか? 今はキツネたちから敵として追われる身だし。

「さっきも言ったように、〈悪しき者〉が取り憑いている可能性について、まずはサンゴ様を調べてみるしかないな」

「調べるって、まさか、また屋敷に戻るとか言わないよな?」

 サンゴじいちゃんは今も、厳戒態勢の屋敷にいるはずだ。わざわざあそこに逆戻りする気にはなれなかった。だけど、不安なオレに黄介は首を振る。

「彼の診療所に行ってみよう。そこならまだ警戒はされてないはずだし、何か手がかりがあるかもしれない」

「分かったよ」

 決意を新たに、オレはまた拳を突き出す。黄介も今度は迷わず拳をぶつけてくれた。

 問題はまだまだ山積み。だけど、夏希のために、やれることをやるんだ!

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