第7章 陰謀の気配 ①

 オレの話を、黄介きすけ楓丸かえでまるも静かに聞いてくれていた。

 出会ったばかりの二人に、こんなことを話すなんて思わなかったな。情けなくて恥ずかしいけれど、どうしても話さずにはいられなかった。

 今の楓丸は、あの時の俺だ。

 周りの目を気にして、自分の気持ちにウソをついて、夏希なつきと無理に結婚しようとしている楓丸。それは、あの時自分の気持ちをごまかそうとしたオレと同じだった。

「それで、夏希さんとはその後仲直りできたのか?」

 黄介はオレを気にかけてくれた。本当にいいヤツなんだろうな。

「……いや、きちんと謝れてないんだ」

「え? 何で?」

「すぐに謝ろうって話しかけたんだけど、それより先に夏希から『気にしてないから大丈夫』って遮られて、そのままうやむやに……」

 それじゃダメなことはわかっていたのに。夏希がそう言うのなら。イヤなことを蒸し返すのはいやだから。そう言い訳して、結局オレは逃げたんだ。

「だけど、あいつの転校を知った時に、やっと、このままじゃいけないって思った」

 苦手なことに挑戦してまで、夏希がオレを応援してくれたことは、本当に嬉しかった。けど、別の気持ちも確かにあって、あの頃のオレは、それが何なのかちゃんとわかっていなかった。

 あの時、からわれたことはきっと図星だったんだ。オレは、ただ恥ずかしさをごまかすためだけに、自分を守るためだけに、夏希を傷つけてしまった。本当に最低だと思う。

 オレの気持ちを伝えるのは、あのことを謝ってからじゃないとダメなんだ。

「だから、オレは夏希を助けたい!」

 楓丸の目を真っ直ぐ見た。

「僕、は……」

 何か言いかけたけど、また顔を伏せる楓丸。その肩に黄介はそっと手を置く。

「友だちがウソをついて結婚するなんて、オイラだって見過ごせないよ。真実を話すのは辛いかもしれない。けど、〈永久変化えいきゅうへんげ〉の儀式は明日だ。それまでには何とか考え直してほしい」

 迷いを抱える楓丸を気遣うように、黄介は穏やかに語りかける。それでも、楓丸は何も答えなかった。

「ところで、一つ気になったことがあるんだけど……」

 黄介の声色が一気に厳しいものに変わる。

「盗まれたってどういうことだ? 失くしたんじゃなかったのか?」

 黄介の問いに、楓丸の顔が大きくゆがんだ。

 オレもうっかりスルーするところだった。〈約束の一葉ひとは〉は楓丸がうっかり失くして、それをたまたま夏希が拾ったって話のはずだ。それが、盗まれた? それが本当なら、これまでのことが全部ひっくり返ることになる。

「じゃあ、夏希が〈約束の一葉〉を拾ったのは、盗んだヤツがそう仕向けたってことかよ? 誰がそんなことしたんだよ!」

「楓丸、もしかして心当たりがあるんじゃない? だから『盗まれた』って言えなかった」

 黄介の鋭い問いに、楓丸は観念したようにうなだれた。

「分かった。正直に話すよ。僕の〈約束の一葉〉を盗んだのは、多分、サンゴ先生だよ」

 出てきた意外な名前に、オレも黄介も驚いた。

「何か、証拠はあるのか?」

「決定的なものは何も……。だけど、〈約束の一葉〉がなくなったのが、今月の定期検診の日だったんだ。僕があれを手元から離すとしたら、その時しか考えられなくて……」

「そんなことするようには見えなかったけど」

 地下牢でケガを手当てしてもらった時のことを思い出す。オドオドしてて頼りなかったけど、あの時のサンゴじいちゃんは本当に立派なお医者さんだった。

「僕だって信じたくないよ!」

 そこで初めて楓丸は叫んだ。怒ったのかと思ったけど、泣きそうなのを必死で堪えているみたいだった。

「サンゴ先生には、小さい頃からずっとお世話になっているんだ。おばあさまとも古いご友人だし。優しくてみんなに親切で、里の誰もがサンゴ先生を慕っている。僕だって!」

 信頼してたからこそ、楓丸は〈約束の一葉〉を手離せたんだろうな。そんな時に盗まれるなんて、夢にも思わなかったに違いない。

「葉を失くしてしまったこともそうだけど、サンゴ先生が盗んだかもなんて、とても言えないよ。みんな、僕よりもサンゴ先生を信じるんじゃないかって……」

 最後の一言が、きっと楓丸の本音なんだろう。泣かずに精いっぱい我慢している。長の孫としてのプレッシャーが、ここまで楓丸を追いつめていることが、かわいそうになってきた。

「大丈夫だよ。オイラはお前を信じるから」

 そこに黄介は優しく語りかける。

「けど、夏希と楓丸を無理やり結婚させて、サンゴじいちゃんに何の得があるんだよ?」

 オレの疑問に、黄介と楓丸は目配せし合った。

「思い当たるとしたら、『あれ』だな」

「うん。こうなってくると、『あれ』しかないと思う」

 二人には心当たりがあるらしい。

「キツネの里の秘宝、〈紅宝珠べにほうじゅ〉のことは最初に話しただろ?」

 人間をキツネに生まれ変わらせる秘宝。夏希はその力で、キツネにされてしまう。

 会議の時にも、炎次えんじさんたちが話していた。本当は今日宝物庫から出す予定だったのが、今回の騒ぎで、明日に変更しようって話だったな。オレの目的は秘宝なんかじゃなかったから、全然気にしてなかったけど。

「まさか、サンゴじいちゃんはそれを手に入れようとしてるってこと? 何で?」

「〈紅宝珠〉には、〈永久変化えいきゅうへんげ〉の力と別に、もう一つ重要な意味があるんだ」

「最初に里に入った時、百年前の戦の話をしたよな?」

「この国で最後の戦だっけ?」

 見張りの警備兵たちも、そんな話をしていたな。

「その戦の首謀者は〈しき者〉。どの種族にも属さない、悪の意志の塊のような存在と言われている。秘宝を狙うとしたら、ソイツ以外に考えられない」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る