第6章 本当のキモチ ②

 あの日、オレはサッカーのレギュラーになって初めての試合を控えていた。最初に選ばれた時はもちろん嬉しかったけど、本番が近づくにつれ、緊張と不安でいっぱいになっていた。

 夏希なつきは、そんなオレに気づいてくれたんだと思う。

「いっちゃん、良かったらこれもらって?」

 教室でオレが真宙まひろ勇斗ゆうとと話しているところに、ちょっとぎこちなく声をかけてきた。

 渡されたのは、赤いミサンガ。少しだけいびつなのは手作りの証拠だった。

「まさか、これ、夏希が作ったの?」

 夏希は、工作は得意だけど、手芸は苦手だった。それなのに……。オレが驚いていると、夏希はエヘヘと照れ笑いを浮かべる。

「サッカーのお守りといえば、やっぱこれでしょ? 今度の試合、いっちゃんには頑張ってほしいんだ」

 夏希が応援してくれて、苦手なのにミサンガを作ってくれた。すごく嬉しかったけど、恥ずかしさもあって、オレはなんて言ったらいいか分からず、固まっていた。

「イチ、しっかりしろよ!」

 見かねた勇斗に肩を叩かれて、オレはようやく赤いミサンガに手を伸ばし、しっかりと受け取った。夏希は嬉しそうに微笑む。

 まずお礼を言わなきゃと口を開きかけた時だった。

「レギュラー取れたからって、浮かれてんなよなぁ~」

 急に割り込んできた冷ややかな声。名指しこそされなかったけど、明らかにオレに対して向けられた言葉だ。聞こえたほうを見ると、クラスの男子が三人、ニヤニヤ笑いながらこっちを見ていた。

「お前……」

 そのうちの一人は、同じサッカーチームのヤツだった。この選抜で、同じポジションを争った相手でもある。ソイツらがどういうつもりなのか、一瞬でわかって、オレはすかさず言い返していた。

「何なんだよ! お前ら!」

「イチ、相手にすんなって」

 こんな時でも真宙は冷静だ。短気なオレを、落ち着いた声でなだめてくる。

 夏希は不安そうにオレを見ていた。せっかくプレゼントしてくれたのに、イヤな思いをさせている。何か安心させる言葉をかけたいけど、さすがにコイツらの前ではやりづらい。

「ちょいちょいちょい、そういうのやめよーぜ。オレたち、同じチームじゃんか?」

 勇斗も場の空気を変えようと明るく声をかける。さすがオカン。

 だけど、そんな勇斗を完全に無視して、ソイツはオレだけを見て言った。

「市村はそうやって女子にモテたくて、サッカーやってるワケ?」

 その一言で、抑えていた怒りが一気に燃え上がった。

「ふざけんな!! オレがサッカーしてるのはそんな理由じゃねーし! それに……」

「イチ、よせって!」

 勇斗はオレの肩をつかんで止めようとしていた。その力の強さが、勇斗の本気を現している。オレも、これ以上は言っちゃいけない、そこでやめるべきだって頭ではわかっていた。それなのに。

「仮にそうだとしても、こんな男みたいなヤツ、ナシだから!!」

 とんでもないことを口走っていた。

「イチ!!」

 あの真宙が珍しく声を荒らげた。それが、オレの頭を一気に冷やしていく。

 やってしまった。オレは、夏希の顔が見られなかった。

「ハハ……」

 耳に入ったのは、ぎこちなくて、乾いた笑い。間違いなく夏希の声だ。けど、こんな声は初めて聞いた。

「そ、そーだよー。私といっちゃんは兄弟みたいなモンだよー? 本当にただ応援したかっただけだもん!」

 いつもみたいに明るく言う夏希。だけど声は震えていて、表情も硬い。オレの言葉にショックを受けているのがはっきりと伝わる。

「夏希……、オレ……」

 オレは夏希に声をかけようとしたけど。

「あっ! 忘れてた! 私、先生に呼ばれてるんだった。じゃ、いっちゃんたち、試合前なんだから、ケンカなんてしちゃダメだよ?」

 急にそんなことを言い出して、夏希はくるりと背を向ける。そこでほんの一瞬、夏希の目元から雫が飛ぶのが見えた。

 違うんだ。あんなこと本気で思ってない。ムキになったオレがバカだったんだ。ちゃんと謝らなきゃ。伝えなきゃ。

「夏希、待って……」

 オレは慌てて声をかける。考えもろくにまとまらないまま、ただ反射的に。でも。

「待って、夏希。その用事は私も一緒だったはずよ」

 広瀬の凛とした声に遮られる。

「私もうっかりしてたわ。思い出してくれてありがとう。さ、行きましょう」

 広瀬は颯爽と夏希のそばに行き、肩にそっと手を添えた。夏希は無言でうなづくと、二人はそのまま教室を出て行った。

 広瀬は最後、黙って見送るだけのオレたち男子を、もの凄く怖い目で睨みつけていった。絡んできた連中まで固まっている。

 遅れて八尾も二人を追いかけていく。八尾にも睨まれたけど、その目にはしっかりと涙が浮かんでいた。夏希の代わりに泣いているみたいで、広瀬に睨まれるよりも胸に刺さった。

「……売り言葉に買い言葉のイチももちろん悪いんだけどさ」

 真宙の冷えた声に、オレの背筋が凍る。親友に責められるのが一番辛い。それに真宙は怒るとメチャクチャ怖い。

「そもそもは、くだらない理由で絡んできたお前らのせいだからな?」

 普段冷静なヤツほど怒ると怖いって言うけれど、真宙や広瀬はまさにそのタイプだ。オレに絡んできた三人に、そんな真宙の説教タイムが始まる。だけど、それをいい気味だなんて思えなかった。

 夏希の目から飛んだ雫はどう見ても涙で。それは夏希が泣いていたということで。

 泣かせたのは、オレだ。だから早く謝らなきゃ。強く、強く、そう思った。それなのに……。

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