第5章 地下牢からの脱出 ②
「……無理やり?」
オレの言葉に、
「
頭に血が上るまま一気にまくしたてる。それを、炎次さんは冷静に聞いていた。
「確かに婚約者が無事に見つかり、いよいよ明日は結婚というおめでたい時に、楓丸様に元気がないのは気がかりだったけど……」
少し考えこんだ後、炎次さんは
「真久郎様、夏希様について、帰還したオトちゃんや、ウタくんから何か報告は?」
「特に何も。今はこの塔の別室で休まれています。念のため、サンゴ様にも診て頂きましたが、体調にも問題はないとのことですよね?」
「あ、ああ……。時空を超えた影響で気を失ってはいたけど、いずれは目を覚ますと思うよ」
真久郎さんから急に話をふられて、サンゴじいちゃんは慌てて答える。さっきオレを治療した時から、どこか様子がおかしい気がする。どうしたんだろう?
「私はまだ夏希様にお目にかかっていないんですよねー。ちゃんとご挨拶したいんですが」
残念そうに言った後、炎次さんが真久郎さんに向ける目の光が変わる。
「真久郎様。それで、樹くんの言う『婚約は間違い』であることについては?」
「フン、バカバカしい。この結婚は、楓丸様はもちろん、あの〈運命の大樹〉も認めたものですよ? それを無理やりなど!」
「嘘じゃない!!」
「フン、侵入者の、しかも人間の言葉など!」
思わずムキになって噛みつくオレを、真久郎さんは鼻で笑う。オレの言うことを信じる気はないみたいだ。
「炎次様は信じるのですか? 人間や他種族に寛容なのもほどほどにしてはどうですか?」
「いやはや厳しいご意見ですな」
真久郎さんから厳しく非難されても、炎次さんは全然気にしていないみたいだ。このおじさん、ハートが強すぎる。
それでも夏希が無事なことが分かって、オレはひとまず安心する。もちろん、キツネたちの話をそのまま信じるなら、だけど。
「夏希様が目覚めたら、樹くんのことも含めて聞いてみないとですね」
「炎次くんは信じるのかい? 彼の言うことを」
「愚かな! それは〈運命の大樹〉を疑うということですよ」
「うーん、それは確かに恐れ多いことですが、子どもがわざわざ危険な異界に乗りこんできて、囚われてもなお、こんなウソをつく理由もないでしょう?」
あれ? 炎次さんの今の言葉は、まるでオレに味方しているみたいに聞こえた。最初にオレを捕まえた時は愉快そうだったのに。すっかり敵だと思っていたけど、急に炎次さんのことがよく分からなくなってくる。
だけど、キツネたちの言い合いは、そこでお開きになる。オレたちの足元に突然、黄色い煙が流れてきたからだ。
「な、何だ? コレは!」
煙に気づいた真久郎さんが辺りを見回す。サンゴじいちゃんも同じように慌てている。炎次さんだけは、なぜか余裕の笑みだ。その姿は、あっという間に煙の中に消えていく。
黄色い煙はオレのところにも流れてきた。牢屋の扉の開く音が聞こえて、目の前に誰かの影が迫ってきた。
「く、来るな!!」
炎次さんが捕まえに来たと思って、オレは思わず後ずさりしたけれど。
「イチ、無事か?」
現れたのは、見慣れたタヌキの顔、
「黄介! どうしてここが?」
「警備兵たちが話してるのを聞いたんだ。何で屋敷から出なかったんだよ?」
「……ごめん。夏希が塔にいるって聞いて、どうしても助けたくて……」
悪いのは百パーセント、オレだ。声が情けなくしぼんでいく。
「イチの根性はすごいけど、ムチャするなぁ……」
黄介は呆れてはいたけど、それ以上は責めなかった。
「部下に命じて、樹くんの情報を流したのが効いたみたいだねー」
煙の向こうから跳んでくる炎次さんの声。今の言葉が本当なら、黄介はオレのせいでまんまおびき出されたってことだ。ここに黄介がいることにも気づいているみたいだ。
「炎次様。父上から聞いた通り、油断できない相手だな。とにかく、ここから脱出するぞ」
「どうやって? 外にはアイツらがいるんだぜ?」
「侵入がバレてるなら、もう実力行使だ。イチ、オイラの手を離すなよ」
炎次さんたちに聞かれるかもしれないからか、黄介は詳しいことを言わない。だけど、オレは黄介を信じてその腕をつかむ。
「分かった」
「じゃあ、行くぞぉ!!」
黄介は気合のこもった声で叫んで、真上にジャンプした。迫る天井に思わず目を閉じる。けど、衝撃も痛みもなく、感じたのは身体に吹きつける強い風だけだった。
しばらくするとそれもなくなって、どこかに着地したような感覚がくる。ゆっくりと目を開ける。
青い空と赤い網目模様の結界。とりあえず塔の外に出たことが分かる。下を見れば……。
「ひ、ひぃーっ!!」
オレは腰をぬかした。そこは塔の屋根の上だった。屋敷の庭を駆けまわるキツネたちの姿が小さく見える。
「跳躍と、壁ぬけの応用で天井をつきぬけたんだ。もう見つかってるなら、ここから結界を無理に破ってでも出ればいいだろ?」
「黄介もムチャするじゃん……」
ドヤ顔の黄介に、今度はオレが呆れる番だ。だけど、お互いさまってヤツだな。
屋根のところどころには、格子が田の字にはめた天窓があった。屋根の上ってことは、この下は最上階、さっきの会議室があった階だ。ということは……。
「もしかして……」
「イチ?」
「ごめん黄介、ちょっとだけ待って」
オレは黄介から離れると、ゆっくり慎重に屋根の上を歩いていった。天窓一つ一つを順番にこっそりのぞいていくと。
「夏希!」
布団の中で眠る夏希の姿を見つけた。
連れ去られて何時間も経っていないはずなのに、ものすごく久しぶりに会った気がする。穏やかな寝顔にホッとして、ちょっとだけ泣きそうになった。
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