第5章 地下牢からの脱出 ③
「黄介、ここから夏希を助け出せないか?」
「そうしてやりたいけど、今のこの状況じゃ、オイラたちが逃げるの精一杯だよ」
難しい顔をする黄介。それを、何とか説得しようとした時だった。
「樹……‼︎」
黄介が叫びながらオレを窓から引きはがした。と同時に、窓ガラスが割れて、刃物がオレの顔ギリギリを掠めていった。
「あ、危ねぇーーー‼︎」
引っ張られた勢いのまま、オレは屋根にしりもちをつく。黄介があとちょっとでも遅かったら、絶対に死んでた。
格子ごと突き破って、天窓から飛び出してくるオト。屋根の上の気配に気づかれたみたいだ。長刀がオレたちに向けられる。
「侵入者とはお前たちのことだったか! 邪魔をするなら、もう容赦はしないぞ!」
憎しみを込めて怒鳴り、オトはオレたちのところに飛んできた。振り上げた長刀がまた迫る。黄介がすばやく前に出て、抜いた刀で長刀を受け止めた。
「何ッ!?」
体格も刀もオトより小さいのに、黄介は微動だにしていない。あの怪力のオト相手に凄い。
二人はいったん距離を取って互いを睨んだ後、また刃を打ち合う。屋根の上なんて不安定な場所なのに、二人は足を踏みはずすこともなく戦う。
そんな二人の激しいバトルを、オレは腰を抜かしたまま見守るしかない。
「すげぇ……」
「本当だね。姉上の怪力に耐えられるなんて、あのタヌキくん、すごいねー」
「うわぁ、いつの間に!?」
オレの真横に、弟のウタが立っていた。
「どーも。ここから落ちたくなかったら、君はそこでじっとしてたほうがいいよ?」
暢気に二人のバトルを見物しているようだけど、迫力が凄すぎて、オトの助けにまわれないみたいだ。あの仲の悪さだと、ウタが手を貸したらオトはまた怒りそうだけどな。
「うっ!」
ついに黄介に力で押し負けて、オトが後ろに飛んで座りこむ。
「姉上!」
ウタは屋根の上を駆けていって、オトに手を貸した。その手を借りてオトはすぐに立ち上がり、長刀を構えなおす。その時だった。
「ダメだよ、オトちゃん」
いつの間にか、オトのすぐそばに
「炎次様、邪魔立ては無用です!」
「だって止めないと、キミの勢いでは、樹くんもタヌキくんも無事じゃ済まなそうだもん。それはダメ。ちゃんと彼らの話も聞かないとね」
「侵入者の言い分など……!」
反論するオトに、炎次さんはゆるゆると首を振る。
「キミも真久郎様と同じことを言うねー。さすが部下。でも、彼も殺すことまでは望まないはずだよ? いいから、下がって?」
最後の言葉には威圧感があった。オトはまだ納得していないみたいだったけど、黙って長刀を下ろす。
「やっと会えたね。忍びのタヌキくん」
こんな状況でも炎次さんは楽しそうで、黄介に興味津々って感じだ。
「天井ぬけも跳躍も難しい術だね。さらには連れもいる。それをまさか成功させるとは」
「……何が言いたい?」
「ただの感想だよ」
何故か敵の黄介をほめる炎次さん。その考えが全然読めない。黄介は警戒心を解くことなく炎次さんを睨み返した。
「僕が知る最強の使い手はタヌキの長、
急に〈タヌキの里〉の長の名前が出てきて、黄介は顔を曇らせた。
「先に言っておくと、屋敷の結界を強化したから、ここから飛んでもダメだよ?」
炎次さんはニコニコ笑いながら、じりじりとオレたちに近づいてくる。
「人間の少年とタヌキの忍びが、この里に一体何の用か、じっくり教えてほしいねー。夏希様の件も気になるし」
万事休す。真下の階の気配も騒がしくなる。オレたちの居場所が、警備兵たちにも伝わったんだ。
その時だった。
「くらえっ!」
おとなしく引き下がったはずのオトが、いきなり赤い光を飛ばすのが見えた。オレや夏希を動けなくした術だとすぐに分かる。その光は黄介に向かっていた。
「危ない!」
オレは咄嗟に飛び出して、黄介に体当たりする形で光を避けた。だけど、勢い余って、屋根の上を二人そろって転がっていく。
このままだと落ちる! だけど、オレたちにはどうにもできない。そのまま屋根から真っ逆さま、かと思いきや。
黄介が片手で屋根をつかみ、もう片方でオレの手をつかんで、ぶら下がっていた。足下に広がる屋敷の風景に背筋が凍る。
「樹くん、手を伸ばすんだ!」
炎次さんが屋根から身を乗り出して、オレのほうに手を伸ばす。助けようとしているみたいだけど、そのまま捕まることも目に見えていた。
黄介は両手がふさがっているから、印を結んで術を使うこともできない。
今度こそ絶体絶命のピンチ。だけど、このまま落ちて死ぬくらいなら……。
オレは炎次さんのほうへ手を伸ばそうとした。そこへ。
『黄介、そこから池に飛びこむんだ!』
突然、知らない男の子の声が聞こえてきた。というより、頭の中に直接響いてきた感じだ。
謎の声からの命令に、オレは戸惑う。池なんて、そんなに深くない。こんな高いところから飛びこんだら大ケガどころじゃ済まないはずだ。
だけど黄介は、炎次さんを警戒しながら、池のほうをチラチラ盗み見ていた。
「黄介?」
「大丈夫、オイラを信じて」
黄介の顔にははっきりと決意が浮かんでいた。その表情と言葉に、オレは覚悟を決めた。
「樹くん、早く!」
なかなか手を取ろうとしないオレに、炎次さんはしびれを切らしていた。それには構わず、黄介は屋根から手を離した。
「おいッ!?」
炎次さんの焦る声を聞いたのは初めてかもしれない。
空中でオレを抱えた黄介は、下の屋根を蹴って位置調整し、池に向かって一直線に突っこんでいく。池の水面が猛スピードで迫る。優雅に泳ぐ鯉の姿が一瞬見えた後、水の中に落ちる感覚に襲われる。
そこでまた、オレの意識は途切れた。
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