第5章 地下牢からの脱出 ①

 階段から、警備兵たちがたくさん駆けつけてきた。その先頭にいた若い警備兵に、炎次えんじさんは声をかける。

「もう一人の侵入者は?」

「それが、まだ……」

「じゃあ、今からみんなに指示して欲しいんだけど…」

 炎次さんが何かを耳打ちすると、その警備兵は素早く階段を下りていった。

「では、行こうか、少年」

 オレは警備兵に無理やり起こされて、そのまま引きずられるように階段を下りていった。一階に着くと、玄関と反対方向に廊下を進む。そこには地下へ続く階段があってた。

 地下は、ろうそくの灯りが点々とついているだけで薄暗かった。鉄の格子がはめられた牢屋がずらりと並ぶ。

 オレは、階段から一番離れた奥の牢屋に入れられた。キツネたちはその外にずらりと並んで、それぞれ違った表情でオレを見る。自分が見せ物になったみたいで、すごく居心地が悪かった。

 不敵な微笑みを浮かべる炎次さん。

 敵意むき出しで睨んでくる真久郎しんくろうさん。

 あまりオレを見ないで、不安そうにうつむくサンゴじいちゃん。

 ザクロばあちゃんは無表情だけど、オレを観察しているようで落ち着かない。

「この子の尋問はアンタたちに任せるよ。私は失礼させてもらう」

「おや、どちらへ?」

楓丸かえでまるの様子を見に行く。結婚前に緊張しているのか、元気がないらしいんだよ。だから様子を見がてら、ちょいと気合いを入れてやろうかとね」

「ハハハ、どうかお手柔らかに」

 苦笑いの炎次さんに見送られながら、ザクロばあちゃんさっさと階段を上っていった。

「炎次くん、尋問の前にちょっとだけいいかい? その子、ケガしてるみたいだから、せめて手当てくらいしてあげたいんだけど……」

 サンゴじいちゃんに言われて初めて、オレは右ひざから血が出ていることに気づいた。さっき転んだ時にすりむいたんだ。

「子どもとはいえ、侵入者に情けなど……」

「すまないね。でも、医者としては、どんな相手でもケガ人はほうっておけないよ」

 真久郎さんは反対したけど、サンゴじいちゃんは譲らなかった。

「……分かりました。ですが、くれぐれも油断なさらぬよう」

 さすがの真久郎も、渋々だけど食い下がった。

 念のために警備兵を一人連れて、サンゴじいちゃんが入ってきた。オレも少し身構えたけど、ここはおとなしく診てもらうことにする。

「擦りむいただけみたいだね。なら、これで充分だろう」

 サンゴじいちゃんは、塗り薬の入った貝の入れ物を取り出して、それを塗ってくれた。黄介が塗ったのとはまた別の薬みたいだ。

「よし、これで大丈夫だね」

 手当てを終えると、サンゴじいちゃんはすぐ牢屋を出ようとした。

「あ、あの!」

 その背中にオレは慌てて声をかけると、サンゴじいちゃんはビクッと振り返る。警備兵の武器がオレに向いた。地下の空気が一気に張りつめる。下手なことをしたら、タダじゃ済まなそうだ。だけど……。

「ありがとう、ございます……」

 相手は夏希なつきをさらったヤツらだ。それでも、手当てをしてくれたから、お礼はちゃんと言わなきゃいけないと思った。ものすごい緊張で声は震えたけど。

 サンゴじいちゃんはなぜか悲しそうな顔を浮かべて、何も言わずに出ていった。

「捕まった身でも礼儀を大事にするとは、君はなかなか根性があるねー」

 炎次さんが格子の向こうから興味深そうにオレを見る。

「では、まず君の名前を教えてくれるかい?」

 なんだか迷子に話しかけるお巡りさんみたいだ。素直に答えるのが悔しくて、オレは無言でそっぽを向く。

「お前! 正直に言わないなら、多少手荒なことをしても構わんのだぞ!!」

 オレの態度にカチンときたみたいで、真久郎さんが怒りをあらわにする。

「まぁまぁ、真久郎様」

 炎次さんは軽い調子で真久郎さんをなだめる。軽すぎて火に油な気もするけど。

「君も捕まってすねる気持ちは分かるけどさー、名前が分からないと私たちも不便なんだよね。それでも名乗ってくれないなら、適当に名前をつけるけど、いいかい? 名無しのゴンベくん」

「ハァ!?」

「でね、ゴンベくんに聞きたいことが……」

「市村、いつき、だっ!」

 そのまま尋問に入ろうとするから、さすがにオレもガマンできなくてら、さっきより大きな声で答えてやる。

「樹くんか。いい名だね。それじゃ、改めて本題に入ろう」

 炎次さんの声のトーンが急に変わった。表情からもヘラヘラした空気が消える。

「君たち人間は、この世界の者の協力なしでは、こちらには来られないはずだ」

 炎次さんはあの《転写の葉》を、オレに見せつけるように掲げた。

「イチョウはタヌキ族の象徴だ。そしてこの《転写の葉》は忍びの道具。つまり、君をこの世界へ手引きしたのは、タヌキ族の忍び、だね?」

 自信満々に推理する炎次さん。オレはただ黙って聞いているしかなかった。

「タヌキ族め……、だから他の種族は信用ならんのだ!」

「真久郎くん、イチョウの葉だけでは断言できないよ。タヌキ族が人間をこの里に送りこむ理由もわからないし……」

 タヌキ族を責める真久郎さんを、サンゴじいちゃんがたしなめる。

「ですが、サンゴ様。最近、タヌキ族らしき不審者が里の近辺をうろついていたという話もあります。炎次様が事を荒立てぬようにと、内々に治めてしまいましたが……」

「その件については、目撃した警備兵も確証がなかったようなので、下手に事を荒立てるのは良くないかと」

 はっきりイヤミっぽく言う真久郎さんにも、炎次さんは落ち着いていた。

「まあ、それはそれとして。今回の件、タヌキ側はともかく、この子の目的なら察せられますけどね。夏希様が異界から連れてこられて間もなく、彼女と歳の近い少年が現れた」

 炎次さんはニヤリと笑う。

「好きな子をキツネに取られて追いかけてきたのかな~?」

 緊張感が一気に消えて、子どもをからかって楽しむ悪い大人の顔に、オレの中で何かがキレた。いや、確かに当たってるんだけど!

「取られたって何だよ!? そっちが無理やり夏希をさらったんじゃねーか!!」

 これまで溜まった怒りの声が、地下牢に強く強く響いた。

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