第4章 キツネたちの会議 ②

 おさらいする。

 オレは今、黄介きすけの術で姿を消している。

 このまま障子戸を開けたら、さすがにバレる。

 そしてオレはその場から動けなくなった。

 夏希なつきを探すはずが、変な寄り道したばっかりに……。

 そんなオレの横を、ザクロばあちゃんは颯爽と通り過ぎて、最後に残った座布団に座る。

「さて、じゃあ、会議を始めるとするかい」

 ザクロばあちゃんは鋭い目で炎次えんじさんたちを見回した。

「この度は、楓丸かえでまる様のご結婚、おめでとうございます」

 最初に、真久郎しんくろうが深々と頭を下げる。

「明日の〈永久変化えいきゅうへんげ〉の儀式、この真久郎が、〈暁月あかつき神社〉宮司として、誠心誠意、務めさせていただきます」

 真久郎さんの言葉に、オレは愕然とする。夏希がキツネにされてしまう〈永久変化〉の儀式。それが、もう明日に迫ってるなんて!

「あの~、そのことで私から提案なのですが……」

 焦るオレとは反対に、炎次えんじさんがのんびりと手を上げた。

「〈紅宝珠べにほうじゅ〉は、今夜、宝物庫から〈暁月神社〉に移す予定でしたが、明日の朝に変えたほうが得策かと。例の侵入者の件もありますし、念のため」

 炎次さんからの提案に、真久郎さんははっきりイヤそうな顔をした。

「そもそも、この屋敷に侵入者が現れたことが前代未聞。しかもこのめでたい時にですよ? 里の平安を担うべき炎次様には、その責任を厳しく問いたいところですが」

「さすが厳しいご意見ですねぇ。長きにわたってこの里は平和でしたから。ですが、ただいま優秀な部下たちが、懸命に追っておりますので」

 真久郎さんからの非難にも、炎次さんはただ苦笑いを浮かべるだけ。こののんきなおじさんが警備兵たちのリーダーだなんて、なんだか信じられないな。

 サンゴじいちゃんは、そんな二人のことが心配そうだ。場の雰囲気に緊張しているのか、額にはうっすらと汗まで浮かんでいる。

「それに、厳粛なる儀式の予定に口出しなど……」

「だが、炎次の言うことには一理あるよ。真久郎、あたしからも頼む」

 まだ不満そうな真久郎さんを、ザクロばあちゃんがきっぱりとたしなめた。

「はっ! ザクロ様が仰るのであれば」

 これにはさすがの真久郎さんも反論できないみたいで、あっさり引き下がった。

「で、炎次。侵入者について、何かわかったことは?」

「はい。部下の話では、忍び姿だったそうです」

 さすがにザクロばあちゃんが相手だと、炎次さんの表情も引き締まった。

「どの里の者かはまだ分かっていません。ただ、動きがどうにも不可解で……」

「不可解?」

 首を傾げるサンゴじいちゃん。真久郎さんは今のところ黙って聞いている。

「警備兵と直接戦うこともなく、かといってすぐに脱出しようとする様子もないそうです。姿を現しては消え、現しては消えを繰り返しているとか」

 オレを屋敷から逃がすために、囮になって必死で逃げているんだ。オレにはそれが分かった。なのに、オレは黄介きすけに逆らって、こんなところにいる。そんなこと、黄介は夢にも思っていないはずだ。

 なんとかここを乗り切って無事に屋敷を出ないといけない。じゃないと、黄介にだって謝れない!

 オレは決意を新たに、会議にしっかりと耳を傾けた。逃げる隙をうかがうのももちろん、上手くいけば何か情報が手に入るかもしれない。

「……なので、私はある推測を立てました。侵入者には別の狙いがあるのではと。例えば……」

 炎次さんはその場にいる全員を見回す。その時ほんの一瞬、オレのほうを見たような気がした。いやまさか、だっておれは今、姿を消しているし……。

「他に仲間がいて、その者の脱出のために時間を稼いでいるのではないかと」

 オレのイヤな予感と、炎次さんの鋭い推理はほぼ同時だった。このままここにいるのはヤバいと直感が知らせる。だけど、怖くて動けない。

「そして、今日の私は運が良いみたいですね。何の因果でしょうか、『彼』は自分からここへ来てくれたようですよ?」

 自信たっぷりに、オレを見る炎次さん。オレはなんとか立ち上がって、障子戸を乱暴に開けた。

「ひぇっ!?」

 急に開いた障子戸に、サンゴじいちゃんが驚いていたけど、もうそんなことには構っていられなかった。

 だけど、何もかもが遅すぎたんだ。部屋を飛び出したところで、オレの足に何かが絡みついてきた。

「いてっ!」

 階段にたどり着くことなく、派手に転んでしまう。はずみで〈転写の葉〉が額から剥がれ落ちる。体を覆っていた黄色い光が消えて、自分の姿があらわになっていくのがわかった。

「人間、だと!?」

「どうしてこんなところに……」

 後を追ってきた真久郎さんとサンゴじいちゃんが、現れたオレの正体に息を呑む。

 足に絡みついたのは赤い布……ザクロばあちゃんの襟巻きだった。オレの足から離れた襟巻きは、持ち主の元へと戻っていく。

 炎次さんはオレのそばに近づいて、落ちていた〈転写の葉〉を拾う。

「イチョウ、ですね。やはりザクロ様も彼にお気づきでしたか?」

「適当に振ったら当たっただけさ」

「いえいえ、さすがです」

 こっちの二人は落ち着いていた。オレがいたことに、やっぱり初めから気づいていたんだ。

 激しく転んだ痛みと、見つかってしまった絶望感で、オレは起き上がることもできなかった。床に伏せるオレを、炎次さんは不敵に微笑んで見下ろしてくる。

「我が〈キツネの里〉へようこそ。人間の少年」

 優し気な声と微笑みはさっきと全然変わらない。だけど、それがかえって怖かった。

 今になってやっと分かった。炎次さんが一番油断ならない相手なんだってことが。

『……あれを仕掛けたヤツは、絶対性格悪いぞ?』

 黄介の言葉を思い出す。あの罠を仕掛けたのは、間違いなく炎次さんだ。

 ごめん、黄介……。

 正門での自分の判断を、オレは死ぬほど後悔した。

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