第4章 キツネたちの会議 ②
おさらいする。
オレは今、
このまま障子戸を開けたら、さすがにバレる。
そしてオレはその場から動けなくなった。
そんなオレの横を、ザクロばあちゃんは颯爽と通り過ぎて、最後に残った座布団に座る。
「さて、じゃあ、会議を始めるとするかい」
ザクロばあちゃんは鋭い目で
「この度は、
最初に、
「明日の〈
真久郎さんの言葉に、オレは愕然とする。夏希がキツネにされてしまう〈永久変化〉の儀式。それが、もう明日に迫ってるなんて!
「あの~、そのことで私から提案なのですが……」
焦るオレとは反対に、
「〈
炎次さんからの提案に、真久郎さんははっきりイヤそうな顔をした。
「そもそも、この屋敷に侵入者が現れたことが前代未聞。しかもこのめでたい時にですよ? 里の平安を担うべき炎次様には、その責任を厳しく問いたいところですが」
「さすが厳しいご意見ですねぇ。長きにわたってこの里は平和でしたから。ですが、ただいま優秀な部下たちが、懸命に追っておりますので」
真久郎さんからの非難にも、炎次さんはただ苦笑いを浮かべるだけ。こののんきなおじさんが警備兵たちのリーダーだなんて、なんだか信じられないな。
サンゴじいちゃんは、そんな二人のことが心配そうだ。場の雰囲気に緊張しているのか、額にはうっすらと汗まで浮かんでいる。
「それに、厳粛なる儀式の予定に口出しなど……」
「だが、炎次の言うことには一理あるよ。真久郎、あたしからも頼む」
まだ不満そうな真久郎さんを、ザクロばあちゃんがきっぱりとたしなめた。
「はっ! ザクロ様が仰るのであれば」
これにはさすがの真久郎さんも反論できないみたいで、あっさり引き下がった。
「で、炎次。侵入者について、何かわかったことは?」
「はい。部下の話では、忍び姿だったそうです」
さすがにザクロばあちゃんが相手だと、炎次さんの表情も引き締まった。
「どの里の者かはまだ分かっていません。ただ、動きがどうにも不可解で……」
「不可解?」
首を傾げるサンゴじいちゃん。真久郎さんは今のところ黙って聞いている。
「警備兵と直接戦うこともなく、かといってすぐに脱出しようとする様子もないそうです。姿を現しては消え、現しては消えを繰り返しているとか」
オレを屋敷から逃がすために、囮になって必死で逃げているんだ。オレにはそれが分かった。なのに、オレは
なんとかここを乗り切って無事に屋敷を出ないといけない。じゃないと、黄介にだって謝れない!
オレは決意を新たに、会議にしっかりと耳を傾けた。逃げる隙をうかがうのももちろん、上手くいけば何か情報が手に入るかもしれない。
「……なので、私はある推測を立てました。侵入者には別の狙いがあるのではと。例えば……」
炎次さんはその場にいる全員を見回す。その時ほんの一瞬、オレのほうを見たような気がした。いやまさか、だっておれは今、姿を消しているし……。
「他に仲間がいて、その者の脱出のために時間を稼いでいるのではないかと」
オレのイヤな予感と、炎次さんの鋭い推理はほぼ同時だった。このままここにいるのはヤバいと直感が知らせる。だけど、怖くて動けない。
「そして、今日の私は運が良いみたいですね。何の因果でしょうか、『彼』は自分からここへ来てくれたようですよ?」
自信たっぷりに、オレを見る炎次さん。オレはなんとか立ち上がって、障子戸を乱暴に開けた。
「ひぇっ!?」
急に開いた障子戸に、サンゴじいちゃんが驚いていたけど、もうそんなことには構っていられなかった。
だけど、何もかもが遅すぎたんだ。部屋を飛び出したところで、オレの足に何かが絡みついてきた。
「いてっ!」
階段にたどり着くことなく、派手に転んでしまう。はずみで〈転写の葉〉が額から剥がれ落ちる。体を覆っていた黄色い光が消えて、自分の姿があらわになっていくのがわかった。
「人間、だと!?」
「どうしてこんなところに……」
後を追ってきた真久郎さんとサンゴじいちゃんが、現れたオレの正体に息を呑む。
足に絡みついたのは赤い布……ザクロばあちゃんの襟巻きだった。オレの足から離れた襟巻きは、持ち主の元へと戻っていく。
炎次さんはオレのそばに近づいて、落ちていた〈転写の葉〉を拾う。
「イチョウ、ですね。やはりザクロ様も彼にお気づきでしたか?」
「適当に振ったら当たっただけさ」
「いえいえ、さすがです」
こっちの二人は落ち着いていた。オレがいたことに、やっぱり初めから気づいていたんだ。
激しく転んだ痛みと、見つかってしまった絶望感で、オレは起き上がることもできなかった。床に伏せるオレを、炎次さんは不敵に微笑んで見下ろしてくる。
「我が〈キツネの里〉へようこそ。人間の少年」
優し気な声と微笑みはさっきと全然変わらない。だけど、それがかえって怖かった。
今になってやっと分かった。炎次さんが一番油断ならない相手なんだってことが。
『……あれを仕掛けたヤツは、絶対性格悪いぞ?』
黄介の言葉を思い出す。あの罠を仕掛けたのは、間違いなく炎次さんだ。
ごめん、黄介……。
正門での自分の判断を、オレは死ぬほど後悔した。
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