第4章 キツネたちの会議 ①

「ごめん、黄介きすけ……」

 結局、オレは正門から引き返して、塔まで来てしまった。山の上から見た時と違って、間近で見上げた塔はものすごい迫力だ。この里の全てを監視しているみたいだ。

 でも、この中に夏希なつきがいる。小さな希望を胸に、オレは扉に近づいた。

 もちろん塔にも見張りの警備兵たちはいる。このままじゃ、扉は開けられない。

 どうしたらいいか考えているところへ、キツネのじいちゃんがやってきた。普通の着物姿で、警備兵じゃなさそうだ。

「サンゴ様!」

 じいちゃんに向かって、警備兵たちは全員、礼儀正しく頭を下げる。どうやら、ただのじいちゃんじゃないみたいだ。

「ご苦労様。侵入者のことは任せたよ」

 サンゴじいちゃんが優しく声をかけると、緊迫していた警備兵たちの空気はほんの少し柔らかくなる。その中の一人が、サンゴじいちゃんのために扉を開けた。

「ありがとう」

 オレはその隙を逃さなかった。サンゴじいちゃんの後ろにぴったりくっついて、開いた扉をくぐりぬける。ギリギリで、オレは塔の中に滑り込んだ。

 サンゴじいちゃんはそのまま、奥の部屋に入っていく。その入口には、『医務室』と書かれた木札がかかっていた。サンゴじいちゃんは医者みたいだ。

 オレが今目指すのは最上階。階段は玄関のすぐそばにあった。

 四角いらせん階段を、一段一段ゆっくりと昇っていく。たった三階なのに、凄く長く感じた。

 階段を昇り切ると、そこからは通路が奥に続いている。その左右に障子戸がずらりと並んでいて、ちょうど左側の一番手前が開いていた。

 ちょっとのぞいてみると、中は小さな和室だった。真ん中に赤い座布団が四つ置かれている。一つは金色の糸でカエデが刺繍された、分厚くて立派なもの。残りの三つは模様がなくて、ちょうど一対三で向かい合う形で並んでいる。

「夏希は、別の部屋か」

 移動しようと思った時、階段を上ってくる足音が聞こえてきた。振り返ると、紫の袴を履いたキツネがこっちへ向かってくる。ちょっと気難しそうな顔つきで、オレの苦手なタイプだ。

 袴のキツネは、オレのいる部屋に入ろうとしていた。このままだとぶつかると思って、オレはとっさに部屋へ飛びこんでよけた。

 もちろん、オレの存在に気づくことなく、袴のキツネは、三つの座布団の一つに座った。カエデの座布団に向かって左のほうだ。

 ほっとしたのもつかの間、また聞こえてくる別の足音。次に現れたのは、サンゴじいちゃんだった。

「やあ、真久郎しんくろうくん」

「お疲れ様です、サンゴ様」

 真久郎。あの時、オトが言っていた名前だ。ということは、この袴のキツネがあの二人に、夏希を〈キツネの里〉に連れてくるよう命令したってことか。

 軽い挨拶を済ませると、サンゴじいちゃんはカエデの座布団の向かいに腰を下ろした。

 キツネたちが次々とやってくるってことは、この部屋で何かあるに違いない。ここにはいないほうがいい。そう思った時だった。

「おや、すみません。また私が最後でしたか~」

 急に声がして、オレは叫びそうになった。いつのまにか、入り口に新たなキツネが立っていた。眼鏡をかけた背の高いおじさんだ。他の二人と違って、足音も気配もなかったのに。

「大丈夫だよ。炎次えんじくんも今は忙しいだろうし。現場は大丈夫かい?」

「はい、優秀な部下たちに任せてますので、私が会議に出ている間くらいは」

 炎次と呼ばれたおじさんのキツネは、最後に残った座布団に座る。

「お孫さんたちは初のお役目を無事に終えられたみたいですねー」

「あ、ああ……、とりあえずホッとしているよ」

 そう言いながら、サンゴじいちゃんの表情は、ちょっとだけ暗くなった。おかしいな。家族がほめられてるんだから、もっと喜びそうなものなのに。

「オトちゃんにはウチに来てもらいたかったんですけどねー。神職になりたいと、はっきり断られたことが、今は懐かしいですよ」

 オトの名前が出て、オレは驚いた。つまり、サンゴじいちゃんの孫ってのは、あのオトとウタのことなのか。この優しそうな雰囲気からはなかなか想像できないな。

「はは、悪いね。でも、そちらの明音あかねさんも、警備兵見習いとして立派に務めているじゃないか」

「いやいや、実の娘が部下と言うのも、なかなか大変で……」

「確かに」

 炎次さんとサンゴじいちゃんが、家族の話に花を咲かせる様子は、オレたちと人間と同じだ。この世界のキツネたちの印象が少しだけ変わった。

「最年長のサンゴ様より遅れるとは、礼儀を欠いているとは思わないのですか? 炎次様」

 真久郎さんのキツイ言葉が、和やかな雰囲気に水を刺した。真久郎さんがこの中で一番年下のはずなのに、年上の炎次さん相手にこんなこと言うなんて……。

「いやいや、申し訳ありません、真久郎様。どうも昔から時間を守るのは苦手でして」

 炎次さんで、ヘラヘラ笑いながら、子どもみたいな言い訳をしている。敵意をはっきりと向けられてるのに、この態度だ。このおじさんもすごいな。

 二人の間に、目に見えない火花が散っているみたいで、何故かオレのほうが緊張してしまう。その二人に挟まれてるサンゴじいちゃんが可哀そうだ。

 真久郎さんはまだ言いたりないみたいで、眉間のシワをいっそう深くして、また口を開きかけたけど。

「会議前にいざこざは勘弁しておくれ」

 真久郎さんよりも冷たい声が空気を変える。だけど鋭く切りつけるような冷たさじゃない。頭の中をキリっと覚まさせるようなような声だった。

 現れたのは、キツネのばあちゃんだった。首に巻いた赤い襟巻きがなんとなくオシャレだ。

「ザクロ様」

 やっぱり。なんとなくそんな気はしたけど、〈キツネの里〉の長で、楓丸かえでまるのばあちゃんだ。キリッとした顔つきに、ピンと伸びた背筋は、確かに長という立場にぴったりだ。炎次さんに噛みついていたはずの真久郎さんもさすがに緊張している。

 オレがまじまじと見つめている間に、ザクロばあちゃんは静かに扉を閉めた。

 ……って、しまった!

 モタモタしてたら、部屋から出られなくなったじゃん!

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