第2章 さらわれた夏希 ③
「ん? どうした? 驚かないのか?」
黄介は不思議そうに首を傾げる。
「……いや、さっきキツネを見たばっかだし、タヌキがいてもおかしくないよなーって」
「やめろよ! そうやって、キツネと比べてタヌキを下に見る感じ!」
黄介は急に子どもっぽい口調で、両手を振り回して怒りだす。その様子がちょっとおかしくて、オレの警戒はほんの少しだけ緩くなった。
「お前、アイツらのこと何か知ってんの?」
夏希がどうしてさらわれたのか? あのキツネたちは何なのか? たくさんの疑問がオレの中でモヤモヤと残ったままだ。コイツはきっと、その答えを知っているはずだ。
黄介は迷っているのか、すぐには話そうとはしなかった。その間の沈黙がすごく長く感じる。こうしている間にも夏希は……、そんな不安と焦りからイライラも募る。
「始まりは一週間前のことだ」
黄介はようやく口を開いた。
「〈キツネの里〉の長・ザクロ様の孫、
「その相手が夏希ってことだよな? でも、夏希はそんなの知らないって言ってたぜ?」
オレの疑問と不満にも、黄介は落ち着いて答える。
「まず、〈キツネの里〉では、男子が生まれると〈約束の
夏希が紅葉を拾った時、お天気雨が降ったって言っていたっけ。その状況が黄介の説明とぴったり重なる。
「でも、夏希はあの葉っぱをたまたま拾っただけだ!」
「そのことなんだが……」
そこで急に、黄介の歯切れが悪くなる。
「その数日前、楓丸は〈約束の一葉〉を失くしてしまったようなんだ。それが、どういうわけか、こちらの世界へ渡り、夏希さんが拾ってしまった、ということらしい」
「じゃあ、やっぱり間違いってこと?」
「まあ、そういうことになるな……」
黄介は申し訳なさそうにオレを見る。
「それならなんで、楓丸は間違いだって言わないんだよ?」
黄介に文句を言ってもしょうがないけど、オレは怒らずにはいられなかった。
「楓丸にも色々と事情があるんだ。今はそこまで話せないけど……」
言葉を濁す黄介に、オレはまたイライラしそうになるけど、黙って続きを待つ。
「オイラは楓丸に代わってこちらに渡り、夏希さんを探していた。夏希さんから葉を取り戻し、楓丸に返すために。だけど、夏希さんの居場所をつかむのに時間がかかって、結局、オトたちに後れを取ってしまった」
黄介は悔しそうに顔を歪ませた後、オレに向かって頭を下げた。
「だから、このことはオレにも責任がある。すまない」
「べ、別にお前に謝られても、しょうがねーし……」
真面目に謝られると、なんだか調子が狂う。詳しい理由は分からないけれど、黄介が楓丸のために行動しているってことはわかった。
「けど、そもそも人間とキツネが結婚なんてできるのかよ?」
「できるよ。〈キツネの里〉の秘宝の力があれば」
「秘宝?」
「〈
「そんな……」
夏希が結婚するってだけでも十分イヤなのに、キツネに変化させられるなんて、そんなの冗談じゃねー! オレの中で怒りが燃え上がった。
「とにかく、この一件はオイラがなんとかする」
説明はそこで終わりとばかりに、黄介はウタが持っていたのと似た石を取り出した。それを掲げて呪文を唱えると、紋章とブラックホールが現れる。さっきと同じだ。
「ま、待てよ! オレも行く!!」
「ダメだ!!」
慌ててついていこうとするオレに、黄介ははっきりと拒絶した。
「これ以上、異界の者を巻きこむわけにいかない。夏希さんはオイラが必ず助け出す。だから、お前はこっちで待っていろ」
厳しい言葉に、オレは何も言い返せなかった。黄介はそのままブラックホールに向かって歩き出す。
無視して追いかければいいのに、オレの足はウタの術にかかったみたいに、また動かなくなる。夏希を助けに行きたい気持ちに、ウソなんてないはずなのに。
でも、向かう場所は右も左も分からない異界。そこには、オトやウタみたいに妙な力を持ったヤツらがたくさんいるはずだ。あの二人に手も足も出なかったことをイヤでも思い出す。不安と恐怖で、オレの中はいっぱいになった。
黄介の言う通り、マンガのヒーローでもないオレに、何ができる? ここは黄介に任せたほうがいいんじゃないか? そう自分を納得させようとした時だった。
「ん?」
視界の端で何かキラッと光るのが見えた。さっきウタがブラックホールを開けたあたりだ。近づいてみると、地面の上に夏希の着けていたウサギのヘアピンが落ちていた。オトに抱えられた時に外れたらしい。
それを拾い上げてみて、オレはやっと気づいた。これはオレが夏希にあげたものだ。確かバレンタインデーのお礼だったと思う。……まぁ、これを選んだのは、母ちゃんなんだけど。
「どうりで子どもっぽいと思ったわ。幼稚園の時のじゃん。でも、あいつ、わざわざ着けてきてくれたんだな……」
恥ずかしさや照れくささはあったけど、そんなことも飛びこえてオレは嬉しかった。
一緒に『あのこと』も思い出して、胸の奥にズキっと痛む。その痛みがオレに問いかける。本当にこのまま待っているだけでいいのか?って。
ヘアピンを通じて、夏希が助けを求めている、そんな風に思えた。たったそれだけのことで、オレの迷いは消えていく。
ヘアピンをポケットにしっかりとしまって、オレは黄介のほうを見た。黄介はちょうど、完成したブラックホールに足を踏み入れようとしているところだ。
オレは全力で駆け出して、力いっぱい叫ぶ。
「黄介、待ってくれ!! やっぱりオレも行く!!」
走った勢いそのままに、オレは黄介の背中に飛びついた。
「えぇっ! ……って、どわぁっ!?」
黄介にとっては、完全に不意打ちだったらしい。マヌケな声をあげながら、前のめりに倒れる。オレも一緒に転がりこむようにして、ブラックホールへと吸いこまれていった。
目の前が一瞬で闇に包まれた後、嵐のように凄まじい風が全身に吹きつけた。
オレの意識はそこで途切れた。
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