第2章 さらわれた夏希 ②

 狐面の下から現れたのは、本当にキツネだった。

 ……いやいやいやいや! 特殊メイクかなんかだよな!? 今日は夏祭りだし、早すぎたハロウィンみたいな?

 目の前のことが受け入れられなくて、オレは自分にそう言い聞かせようとした。

「正体を見られてしまいましたね。では、僕も」

 まるでオレの考えを見透かしたように、ウタもお面を外す。まず現れたのは、クラスの女子が夢中なアイドル風のイケメン。けど、それは瞬く間に、オトと同じキツネの顔に変わっていった。まるでCGで加工したみたいに。

「どう、なってんだよ、これ……?」

「僕たちはね、こことは違う世界、異界にある〈キツネの里〉から来たんだ」

 呆然としているオレたちに、ウタは淡々と答える。

「じゃあ、夏希なつきが結婚させられるのも……キツネ⁉︎」

「もちろん。我が里の長・ザクロ様、その孫の楓丸かえでまる様だ」

「だから、私は楓丸なんて知らないよっ!!」

 夏希は必死に反論する。自分が結婚させられる相手がよりにもよってキツネだなんて、認められるわけがないもんな。

「ですが、ちゃんとこちらをお持ちでしたよね?」

 ウタが取り出したもの。それはあの紅葉の栞だった。

「失礼ながら、確認のため、おうちにお邪魔させてもらいました。これこそが〈約束の一葉ひとは〉、楓丸様からの求婚の証です」

「あの紅葉が?」

 真夏に拾ったっていう奇妙な紅葉だったけど。あんなモンを拾っただけで結婚なんて、そんなこと納得できねーよ!!

「それでは参りましょう」

「行かせるかよ!」

 痛む体をなんとか起こして、オトに向かって猛ダッシュする。だけど。

「そうはいかないよ!」

 ウタの妙な力をすっかり忘れていた。駆けだしたところに、まともに光の矢が飛んできた。オレの体も、凍りついたみたいにピクリとも動かなくなる。

「いっちゃん!」

「夏希様、これ以上抵抗されるのなら……」

 ますますイラ立ってきたオトは、拳をグッと構えた。

「ちょっと失礼しますねー」

 それを遮るように、ウタは右手で夏希の両目を覆った。すると夏希は急にその場に崩れ落ちた。その体をオトが素早く支える。って、気安く夏希に触んなよ!

「おい、夏希!?」

 夏希は完全に気を失っているみたいだ。オレが必死に呼んでも反応がない。

「姉上、さすがに許嫁の方に暴力はどうかと、短気もほどほどに」

「う、うるさい!」

 弟からの注意にムッとしつつ、オトはお姫様抱っこで夏希を軽々と持ち上げる。ちょっと様になってるのが悔しい。

 一方、ウタは手のひらに、水晶に似た小さな石を取り出した。それを空中に掲げて、何やら唱え始める。すると、石は光り輝き、そこを中心にして不思議な模様が浮かび上がった。ゲームに出てくる魔法陣みたいだ。

 やがてそこに、夜よりも深くて暗い闇が不気味な口を開けた。まさにブラックホールだ。ウタとオトは、その中に向かって迷わず歩き出す。

 夏希が連れていかれる。イヤでも分かっているはずなのに、必死で動こうとしているのに、オレの体は一ミリも動いてくれない。

「やめろ! 夏希を連れてくな!!」

 せめて言葉だけでも前に飛ばしてみるけど、オトたちは見向きもせず、ブラックホールへと飛びこんだ。三人を飲みこんだブラックホールは少しずつ小さくなって、ついに跡形もなく消えた。

「夏希ぃ―‼︎」

 オレは叫ぶことしかできなかった。その声は夜の神社にむなしく響く。

 身体は動かないし、あちこち擦りむいて痛いし。頭の中はぐちゃぐちゃだ。情けないけど、オレはその場で泣き崩れそうになったけど……。

「オレの体、まだ動かねーの!?」

 こういうのって、時間が経ったり、術をかけたヤツがいなくなったりしたら、勝手に解けるモンじゃねーの? じゃあ、オレ、いつまでこのままなんだ?

「誰か助けを……って、ここから叫んで聞こえるのか?」

 神社は祭りの真っ最中だ。ここから叫んでも、多分向こうには届かない。来てもらったとして、キツネの謎の力で動けなくなった体って、人間の力でどうにかなるのか? そもそも説明して信じてもらえるのか? そんなことを考えていたら……。

かい!」

 そんな声と共に、オレの背中に何か温かいものが触れた。オレの体は急に動きだして、駆け出した時の勢いのまま前に倒れる。

「イテッ!」

 投げられたり転んだり、さっきからヒドい目にあってばっかだ。

「術も解除せずに立ち去るなんて、ひどいことをするな」

 頭上からさっきの声が降ってくる。オレと同い年くらいの子どもの声。見上げると、すぐ目の前にソイツは立っていた。

 ソイツは少し小柄で、忍者の格好をしていた。顔は頭巾ですっぽりと覆われていて、目の部分だけ空いている。そこからオレを見つめる目は、どう見ても人間のものじゃなかった。

「大丈夫か?」

 表情は分からないけど、ソイツは心配そうに手を差し出してきた。だけど、オレは素直にその手を取る気にはなれなかった。

「……お前、誰だよ?」

「おっと失礼。先に正体を明かすべきだったな」

 ソイツは手を引っこめると、自分の頭巾を外した。

 そこから現れたのは……。

「オイラの名は黄介きすけ。〈タヌキの里〉から来た忍びだ」

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