第1章 気づいたキモチ ②

 そもそも、夜の夏祭りに小学生だけで行くなんて、親たちがすんなりOKするわけがなかった。それでも、夏希なつきの転校のことがあったから、思い出作りとして行かせてあげたいっていう意見もあって何とかなったけれど。

 だけど、親たちもみんな忙しいらしくて、当日の夜に引率できる人がなかなか見つからなかった。ウチの母ちゃんからは、もっと早くに相談しろと文句まで言われた。

 そこで白羽の矢が立ったのが、ちょうど京都の大学から帰省していた兄ちゃんだ。もう成人しているし、昔から真面目な優等生で評判だったから、親たちからの信頼も厚い。

 でも悪く言えば、母ちゃんたちに上手いこと押し付けられたんだよな。一緒に行く彼女とかいなかったのかよ? 我が兄ながら、心配になる。

 神社はなかなかの人ごみで、普段はそこそこ広い境内が、今はすごく狭く感じる。ぼんやりしてたら本当にはぐれそうだ。でも、そこは長身な兄ちゃんが目印になっているおかげで心配なかった。それだけはちょっとありがたい。

 出店の食べ物に舌鼓を打ったり、ゲームに白熱したり、オレたちは心から夏祭りを楽しんだ。はじめは男子と女子で分かれていたけれど、気づけばみんな一緒になって過ごしていた。

「ね! せっかくだから、記念の動画撮ろうよー」

 八尾がスマホを取り出して撮影を始める。起動させたのは、『Ding Dong』っていう子ども向けのアプリだ。簡単な編集とかもできるらしい。

「へー、八尾さんスマホなんだ。オレはガラケーだから、そういうの憧れるなぁ」

 勇斗ゆうとは興味津々だ。実は勇斗もほのかのことが前から気になっているらしい。オレに付き合うと言いつつ、内心はしゃいでるんだろうな。

「お祭り楽しいでーす!」

 真宙まひろもカメラに向かって、金魚すくいでゲットした出目金の袋を掲げて見せた。真宙は真面目に思われがちだけど、こういう時は意外とノリが良いんだ。

「ほのか、私、こういうのは苦手なんだけど……」

「大丈夫! こういうのは勢いだよー、奈々ちゃん!」

 いつもクールな広瀬も、今は八尾の勢いに押されて、珍しく困り顔だった。

 ちなみにオレも兄ちゃんのお古のガラケーを使ってる。せっかくだし、オレも夏希と写真くらい撮りたいな。

 でも、その前に、やらなきゃいけないことがある。

 兄ちゃんのほうを見ると、オレたちに気をつかってくれているのか、少し離れたところでぼーっと立っていた。付き添いでヒマしてる父ちゃんじゃんか! まだ二十歳なのに!

 呆れながら、オレはみんなの輪から離れた。

「兄ちゃん」

「ん? どうかした?」

 頭のいい兄ちゃんに、ウソやごまかしなんてきかない。絶対にバレる。ババ抜きやUNOでも勝ったためしがない。

 だから、ここはもう正直に話して、兄ちゃんを説得するしかない。少なくとも、親よりはオレの気持ちを分かってくれるはず。そう期待をこめて。

「その……、夏希と二人で行きたいところがあるんだけど」

「……別行動したいってこと?」

 オレからの頼みに、兄ちゃんは真顔になった。いつもは、ニコニコ、ヘラヘラしている兄ちゃん。だけど、こういう時は怖く見えるから、兄ちゃんもやっぱり大人なんだよな、と思う。

「どこに行きたいの?」

「……裏の、お稲荷さん」

「なるほどね」

 兄ちゃんはかがんで、オレと目線を合わせてきた。子ども扱いにちょっとムッとなる。

「いい? 僕はみんなのご両親から信頼されて、みんなのことを任されてるんだ」

「うん」

「みんなの安全に気を配る責任がある」

「うん」

「なら、別行動なんてダメなのは分かるよね?」

 兄ちゃんの言うことは正しい。それはよく分かっている。けど、オレもここで引き下がるわけにはいかない!

「でも、最後だから、夏希に言いたいことがあるんだ!」

 気持ちをこめて言い返すと、オレを見る兄ちゃんの目つきも強くなる。しばらく兄弟で睨みあってから、先に口を開いたのは兄ちゃんだった。

「15分。僕が大目に見てあげられる時間はそれくらいかな? お稲荷さんはすぐそこだしね。でも、戻るのがそれより遅ければ、すぐ迎えに行くからね?」

「兄ちゃん……、ありがとう!」

 嬉しい返事にホッとしているところへ、兄ちゃんは右手の小指を差し出してきた。

「あと、これだけは約束して。上手くいってもいかなくても、きちんと二人揃って戻ってくること! いいね?」

 その指をオレはまじまじと見つめる。小6にもなって兄ちゃんと指切りげんまんか。はっきり言って超恥ずかしい。けど、男同士の真剣な約束だ。オレは兄ちゃんの指に、自分の小指を引っかける。

「兄としては、成功を祈ってるよ」

 そう言う兄ちゃんはなんとなく子どもっぽく見えた。色々とお見通しなんだろうな。

 そのあとすぐ、オレは夏希に声をかけた。不思議そうにはしていたけど、夏希は何も聞かずについてきてくれた。

 真宙と勇斗はこっそり親指を立てて、オレを送り出してくれる。持つべきものは親友だ。

 残る女子二人の視線がちょっとだけ痛かったけれど、それは気づかなかったことにしよう……。

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