File8-9 結末は徒爾に終わらない」

 テセラクトに対し堂々と啖呵を切ったとはいえ、実際は私と彼女との実力差はわからない。彼女は明らかに力を隠している事は先程の戦いからも理解できる。全く歯が立たない可能性もあるし、その逆もあり得る。

(私が"勝つ"為に必要な事、それは……)

 ただ彼女を殺すだけではダメだ。無尽蔵に復活する彼女は殺せない。私の中に、果てしなく広がるテセラクトの海を全て除去できるような技を、私は持っていない。例え世界を壊しても、彼女は生き続ける。

 なら、奪うしかない。かつてロナにしたように彼女の深層に潜り込み、力の源を手中に収める。


「ああわからない。わからないわからないわからないっ!! こんなに未知が溢れている日は初めてですう!」

 テセラクトは狂ったように銀の棘を飛ばし、私はそれを全て避け続ける。

(大丈夫、どうやら私の力は何も取られないらしい)

 彼女には既に私の力を多くを見せているが、何一つとして奪われてはいない。であれば、私は全力を出せる。

「テセラクトさん、同時に存在できる脳は一つだよね」

「そんな制約はありませんよぉ〜」

「でも、テセラクトさんは同時に複数の脳がある状態にはしないはず」

「……そうですねぇ、まあ、私が二人いるのは怖いですからぁ〜」

 何度か頭を吹き飛ばしてはいるが、その度に再生される。脳がその位置にあるという話でもなさそうなのだが。

 無数の棘を躱し続ける。一見乱雑なその攻撃だが、棘のひとつひとつが計算された位置に発生しているのを感じる。常に細心の注意をしていなければすぐにでも貫かれてしまいそうだ。

「何ですかあなた、何もわからない。推測すらできない。一体何が、あなたをそこまで至らせているんです?」

 紫の細剣を銀の地面に突き刺す。刺さった部分から段々と、銀を上書きするように黒と金の混ざった絵具が侵食していく。足場はいつでも確保できる。

 私には何ができるのか。私は何を持っているのか。私は以前よりもそれをよく理解できるようになっていた。私が先代までの"アディ"に近づいている証拠なのだろうと勝手に解釈する。

 氷の剣が飛来する。持ち手の欠けたナイフを投げて相殺する。空から巨大な氷の塊が落ちてくる。膜の無い傘の先端を突き刺し、バラバラにする。周囲の銀が盛り上がり、巨大な両腕を模して私を潰そうとする。電球のない懐中電灯を腕に向けて構えると、そこから紫の光線が射出される。それを薙ぎ払い、二つの腕を上下に両断する。地面の銀の侵食が進むのを確認し、紫の細剣を再び地面に突き刺す。

 今までの七十四人のアディが所持してきたあらゆる"道具"を私は扱える。初めから使えたのだろう。私がそれに気づかなかっただけ。

「ここまで解析して何もわからない! こんなにも多くの技を私に披露してくれているというのに! 何一つ原理がわからないっ!!」

 一瞬だけ、テセラクトの攻撃が途切れたその一瞬の猶予、私は目を瞑り人の位置を認識する。……テセラクトの"脳"の位置を、私は正確に捉えた。そこはテセラクトの頭部、私が何度も吹き飛ばしていた、人間と同じ部位だった。

「……そこっ!!」

 私はテセラクトの脳に迫る勢いで細剣を振り下ろし……



 その直前で手を止めた。



「……ああ、ああ?」

 テセラクトも私の思惑に気付いたが遅い。

「確か即死するような箇所は一瞬で修復できる、だったよね」

「ああああああっ!! なんて事をしてくれるんですか!」

 私の思った通り、効果的だった。テセラクトは既に二つ目の脳を作り終えていた。それは彼女が最も望んでいない、二つの脳が同時に存在する状況。

 二つの頭。お互いがお互いを認識し、……そしてそのどちらもが、自らの銀の槍で頭を貫いた。

「……まあ、そうするよね」

 脳が二つ生成されてしまった時の対処法を、テセラクトは熟知してはいないが理解はしていた。


 どちらも壊し、新たに脳を作ればよい。


 しかしそれこそが、私の計画だった。想定外の事態からか、脳の生成速度が明らかに遅い。テセラクトの身体が再構築される前に、私は彼女の首を掴んだ。

 首を絞める力を強める。探すのは、彼女のまだ浅いところにはあるが絶大な力の源。


「……あった」


 呆れるほどすぐに、それは見つかった。天上の権能、"奪取"。それを私は、――いとも容易く奪った。私はテセラクトから手を離し、急いで後ろへと飛び退く。


「……、奪った、よね?」


 力を奪ったのは確実だ。私は今"奪取"の権能を行使できるし、テセラクトにそれはできない。なのだが、どうしても違和感が拭えない。そして何より、私はその違和感を言語化できる。理解できている。

(……弱い?)

 私がたった今奪った力は、私が持つ力よりも随分と小さなものだった。

 アディとして覚醒したときも、ロナを吸収したときも、イーフェを手にしたときも。強大な力を我が物にしたとき、それらがもつ具体的な強さを実感してきた。けれどたった今、テセラクトから奪った"奪取"の権能は、……ロナやイーフェに比べれば遥かに膨大な力なのだが、第三席の継承者の力よりはとても弱い。

「それよりも今は……」

 私の手には既にテセラクトは居ない。自らの頭を解体し、離れた部分で再生してしまっている。

「ノニウムを奪わないと」

 謎の物質の仕組みを把握し、彼女の持つ一番の脅威を取り除く。それが最優先事項だ。


「あーあ、盗られちゃいましたあ」

 完全に覚醒したテセラクトが、私を見て微笑む。その態度に、私は少しだけ違和感を覚えた。

「余裕そうだね」

「あは……あははっ!! そうですねぇ、あなたは一つ忘れてる事がありますう〜」

 テセラクトはそう言うと、右脚の爪先で地面を軽く叩いた。そこを中心として、巨大な魔法陣が描かれる。

「私はソフィアさんが持つ転写の権能を奪いましたぁ〜。そして私は既に、時間遡行の感覚を身につけていますう〜。つまりぃ〜、過去に戻れるんですよぉ〜〜〜。さて、さてさてさて問題です。今から"あなたが来るよりも前の過去"へ戻った場合、あなたは一体どうなってしまうんですかねぇ〜?」

 はっとした。私の居ない時間を、今の時間に上書きする。それはつまり……。

「あなた消えちゃいますよねぇ〜! あなたが来るはずだった時間まで再び戻ってくればあなたは再び現れると思いますがあ〜、その前にこの世界が壊れてしまったら? この世界が畳まれたら? あなたがこの世界に降り立った時間が永遠に訪れなかったら?」

 否が応でもわかる。テセラクトは、時間を武器にして私を消そうとしている。

「っ!」

 彼女から時間遡行を解明し奪うだけの時間は無い。すかさず、私は銃を取り出し紫の弾丸を真上に放つ。

「……隙ですよぉ〜」

 一瞬。テセラクトから注意が逸れていた。それが悪手だった。地面から銀色の腕が無数に生え、私の首や手足を掴む。

「きゃっ!」

 振り解こうとするが、びくともしない。ノニウムという物質のせいではない。私が奪ったのはあくまでも"奪取"の権能の部分のみだ。彼女が第八席であることには変わらない。故に彼女の力は、私を上回っている。打ち出した弾丸は宙に着弾することなく、どこまでも上空へと飛んでいきやがて見えなくなった。

「ははははっ!! こんなに上手くいくなんて。やっぱりあなた、強いけど経験が無い。ああそうだ、ソフィアさんに助けを求めても無駄ですよぉ〜。"私"の対処で手一杯みたいなのでぇ〜」

 テセラクトは私の右手から銃を強引に奪い取り、……銃口を私に向けた。

「……っ、過去に戻る気なんて無かったんだ」

「あら、可愛い顔。……さて、私は今からこれであなたを撃ちます。どうなるかは知っていますよ。これはあなたがアディである象徴で、この銃でのみ、あなたを殺す事ができる。でもお〜、それだけではないでしょう? これは"継承"の道具であるという事も知っていますう〜」

 銃口を左胸に押し当てられる。

「どうして、それを……?」

「アディとアノンは以前にもこの世界に来ているんですよぉ〜? 仕組みはその時にアノンから教わりましたぁ〜。そのときは力が足りませんでしたが、第八席となった今なら充分にあなたに、"アディ"に届きますう〜。……それでは、さようなら。その座、貰っちゃいますねぇ〜」

 防御の方法は無数にあるが、相手は私の弾丸だ。どの防御手段を取ろうとも、それらが私の弾丸を防ぐ事はないだろう。私は私の象徴を信じているが故に、……その攻撃は、絶対に躱せない。

 死。存在するはずのなかった、それへの恐怖、それが重くのしかかる。私はただ目の前の、私の象徴である銃を凝視することしかできなかった。


 そしてテセラクトは、容赦なく引き金を引いた。




    ■    ■    ■




 銃口から弾丸が出る事は無かった。テセラクトの腹と伸びた腕の先端をその手に持つ銃ごと、黒い針が貫いていた。

 確信があった。私の"象徴"を貫ける攻撃を有すものは、私の知るうちでは三人しかいない。


「アノン!?」


 そこにいたのは二人。アノンとリエレアだ。黒い針は、アノンの左手から飛び出ている。

「まずはおめでとう、テセラクト=コロン。新たな十七席の誕生を祝うとしよう。……そして、残念だ」

 次の瞬間には、アノンはテセラクトの頭を掴んでいた。

「……あ?」

「変更。対象はT82。"EytuisEiway"」

 アノンが唱えると、テセラクトは一瞬で消滅した。周囲の銀色も、それらの物質が本来持つはずの元の色へと戻っていた。彼女が持っていた私の象徴が、音を立てて地面に落ちた。……本当に、一瞬だった。

「伊神迅との契約でな。こればかりは行使させて貰う」


 先程までの争いが嘘であるかのような静寂。


「テセラクトさんは……?」

「始末した。それだけだ」

 私やソフィアがあれだけ苦戦した化け物を、今後幾つもの世界を実験台にするであろうあの化け物を、一瞬で。

「……本当、に?」

 疑わしい。相手は脳を破壊されても再生する程の生命力を持った化け物なのだ。今すぐにでも、地面から銀の棘が生えてきそうな気さえする。……しかし確かに、テセラクトの気配は全くしない。

「契約って?」

「第四席以降の十七席の継承、及び継承者の発現を禁ずる。天上解散後、伊神迅が最後に設定した規則だ。私にはテセラクトを断罪する責務があった。ガルディーニャに任せようとも思ったが、テセラクトは既に彼では制裁できない位置にいた故」

 思えば、これが初めてではない。十二席のジオも、伊神迅が定めた規則を破り、アノンによって消された。

「……終わった……んだ」

 緊張が消え去り、全身から力が抜ける。私は地面に座り込んだ。

「アノン」

「どうした」

「……私、死ぬのが怖かった。テセラクトさんに撃たれそうになったとき、助けてって、……そう、思っちゃった。私はもう人間じゃないのに。アディなのに、……強い、はずなのに……!」

「仕方ないだろう。テセラクト=コロンは確かに常識を逸脱し過ぎていた。十七席の座を普通の人間が強引に奪い取ったのは、百億の時の中で初めての事例だった。それこそ、……伊神迅が現れない事が不審な程に」

「そう、それだよ!」

 リエレアが割って入った。

「何でテセラクトさんがあんなに暴れたのに、迅は来なかったんだろ」

「君の考えでは、伊神迅は来るはずだったと」

「うん、当然。或いは……いや、まさか……」

 リエレアが険しい表情を見せる。

「迅がテセラクトさんに気付いてない訳がない。あれ程世界群を、十七席を掻き乱した存在を迅が観測できないはずがない。そう、寧ろ逆だよ。迅はテセラクトさんを……ずっと見ていた。その力でどこまで至れるのかを測っていたんじゃないかな……?」



『正解だよ、リエレア』



 私の頭の中に、文字が羅列される。声は聞こえない。ただ「誰かがそう語った」事実のみが私の中に植え付けられる。ソフィアも私と同じく動揺を見せていて、アノンとリエレアは少し上を向きはしたものの平然としている。ここにいる全員に、同じ言葉が与えられた。

「あなたが、伊神迅さん、なの……?」

 返事は無い。

「……無駄だ。言葉のみを置く状態にある伊神迅がこちらからの問いかけに応える事は少ない。だが……そうか、伊神迅は確かにこの世界群を観測している。一言貰えただけでも充分過ぎる」


 それから少しの間待ってみたが、脳内に言葉が流れてくる事は無かった。


「アノン」

 ソフィアが名を呼ぶ。

「質問なら聞こう」

「テセラクトもイブも消えた。神災を生み出していたティフシスは死んだ。……だから、終末人形を倒した先に産まれる神災は存在しない。違う?」

「その通りだな。ティフシスが他に何か仕組んでいる可能性は否定できないが」

「アノン。知ってる事を話しなさい」

 ソフィアがアノンに詰め寄る。

「私は何も知らないが」

 しかしまるで子供の相手をするかのように、アノンはソフィアを遇らった。

「アノン」

 私が少しきつくアノンに当たると、彼は少しため息をついた。

「本当に知らないさ。私が知っている限りでは、君が終末人形と呼ぶソレで終わりだ。だが……ティフシスが何かを仕組んだとしても、その数は有限だろう。更に言えば、終末人形は言わば彼の最高傑作だった。何が来ても君ならば対処できるだろう。おめでとうソフィア=クラウス。君の億の葛藤は、無事に果たされた。今後全ての神災を排除しこの世界が天上の干渉無く平和と呼べる状態になった暁には……そうだな」

「私の席をあげるよ」

 アノンが何かを言う前に、リエレアがそう言った。

「リエレア……?」

 彼女は一歩下がり、右手を前に向けた。

「天上第二席、リエレア=エルの名の元に"垓化"の権能を行使する。私に第四席"宣告"の権能を一時的に付与。続けて"宣告"する。私はソフィア=クラウスから第十五席"乖離"の権能を剥奪。続けて、ソフィア=クラウスを"転写"に加え"垓化"の継承者に任命する。そして最後に、私から"宣告"の権能を削除。……これでよし、と」

「正気か? リエレア」

あまりの唐突さにアノンが心配する。私も同じ感想だった。

「私は本気だよ。……ソフィアさんが今まで苦しんでたのは勝手に居なくなっちゃった私にも責任があるし……」

「それについて、私は別にあなたを責めていない。……何故今まで戻って来なかったかは気になるけれど」

「えっと、それは本当にごめん。事情とかがあった訳じゃないの。……はい、この話はおしまい!」

 リエレアが手を叩いて会話を終わらせた。これ以上は、話す事は無い。




「転写を行使する。みんな、世界から離れて」

 ソフィアが魔法陣を展開する。私は銃を取り出し、真上に向けて紫の弾丸を射出した。それは空中に着弾し、虚空からできた割れ目が私とアノン、それからリエレアを包む。

「リエレア。……あなたも行くのね」

「行き先は二人とは違うけどね。……でもまあ、また直ぐに会えると思う」

「そうね」

 リエレアが軽く手を叩くと、彼女はその場から消えた。

「ソフィアさん。……頑張ってね。それとアスミさんや朱莉さんにもよろしく」

「ええ」


 そして、私たちも中心の世界を離れた。




    ■    ■    ■




『この物語は綴じてはいけない。彼女はまだ、前へと進んでいるのだから』

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