File8-7 追憶:語られざる英雄譚」
『その昔、この国に巨大な龍が現れました。龍は暴虐の限りを尽くし、国は滅びようとしていました。そんな中、異なる世界から一人の英雄が現れます。そして激しい闘争の果てに、龍は遂に倒されました』
『英雄は龍の心臓から六振りの水晶の剣を生み出しました。透き通ったそれらは無限とも呼べる六種属性の魔力を蓄えており、それらの担い手となった六人の魔術師は剣を用いて国の発展に大いに貢献しました』
『火、水、土、風、そして光と闇。それらを冠する六振りの剣は、世界の均衡の為強大な力を持つ六つの国にそれぞれ与えられる事となります』
■ ■ ■
かつて、その少女は凡人だった。少女が産まれた国は小さくはあれど"魔法"の発祥地として、今もなお大陸一の魔法国家としてその名を馳せていた。そんな中彼女には魔法の才は無く、ただ軽い水の魔法が使えるのみだった。
父は国王の次男であり、均衡と平和の象徴である六剣のうち水の剣の保持者であったが、政治に全く興味がなく、少女が産まれる数年前には既に城下町に住居を移していた。母ともそこで出逢ったらしい。
少女が産まれて直ぐ、母は何処かへと消えた。しかし少女は父との生活に満たされていた。
少女が成人を迎える頃、国全体に及ぶ大災害に遭遇した。黒く巨大な樹が、国の上空から逆さ向きに生えていた。逆樹は街へ攻撃を始めた。
水の剣を所有する父を含め、魔術師たちは逆樹を迎え撃ったが攻撃はどれも逆樹に届かず、遂には国は滅んだ。
少女だけが、生き残った。樹から放たれる光線が偶然当たらなかった、というだけの話だろう。しかし、全てを失った少女に生きる術は無かった。
――そこに、
■ ■ ■
世界の転写。少女が時計の男から得たその力は、少女から諦める選択肢を奪った。自らの意思で過去へと戻る事は可能だが、それだけではなかった。少女が死んだときもまた、その力は無意識にはたらいてしまうのだ。
少女はただ、無心で自己を磨き続けた。最善の行動を模索し、数百、数千。人道から外れる事も躊躇わない程に遡行を重ねた。父を殺して剣を奪った。自ら国を犠牲にした。他国まで巻き込んだ。
数えるのを辞めてから更に時を巻き戻し、才能の無かった少女は遂にその努力のみで逆樹を滅すまでに至った。……しかし、それは始まりに過ぎなかった。
世界中で、様々な大災害が立て続けに起きた。逆樹はそのうちの一つでしかなかったと、少女は痛感した。
砂の都、切断症、巨人の腕、終末人形。ひとつ災害を防げば、次の災害が訪れる。いつしかそれらは神災と呼ばれるようになった。
世界の存続を求め、少女は模索を続けた。
終末人形。世界全土に人と同じ形の黒い影が現れ、人間を狩り尽くす最後の神災。それに対抗する手段を探していく中、少女は一つの事実に気が付いた。
自らの手で神災を生み出す事により、終末人形の出現を先送りにできる。これにより、少女は犠牲者を最小限に留めつつ世界に神災と認めさせる災いを新たに四つ造ることに成功した。これにより、終末人形は九番目の神災となった。
億の月日が流れたが、未だに解答は得られていなかった。少女は研鑽を積みながら輪廻を永遠と繰り返していた。いつしか、父から奪った水晶の剣すらも不要になる程に、自らは強くなっていた。
――そして世界の外から"彼女"が現れた。
■ ■ ■
リエレア=エル。誰にも触れられず、誰からも触れられない世界の観測者。……そして、第二席、"垓化"であるフィリス=シャトレの継承者。彼女がこの世界にやってきてから、全てが変わった。世界の輪廻にリエレアは含まれない。この日少女は初めて、時間遡行を認識できる存在に遭遇した。
たった数回の輪廻を超えただけで、少女は神災の根源に辿り着いた。天上の十七席第十五、"乖離"ティフシスレイン。少女はリエレアやその他の協力を経て彼を殺し、……誰にも悟られないようにその座を強引に奪った。この時点で少女は天上と単独で渡り合える程になっていた。一方でリエレアは第二席をフィリス=シャトレから正式に引き継ぎ、世界を離れた。
少女は再び一人になった。鍛錬を怠らず、ただひたすらに人外の領域へと自らを進ませ続けた。
ティフシスレインは死んだが、彼が遺した神災は無くならない。少女は終末人形への対処に勤しむ事になる。
数百、数千、数万。途方もない刻を重ね、少女は最早、人間などとは呼べない程に己を昇華させていた。数千万の終末人形への対処として、"全て自らの手で滅ぼす"という暴挙に出て、それを成し遂げた。それと並行し、後に来る神災に備え全世界の人間を地下に隔離し、その肉体と精神を凍結させた。
終末人形への対処が済んだ矢先、次の神災は訪れた。
正体不明の塔。他者の力を奪うそれへの対処を、少女は世界に住む数人の協力者と共に模索し始めた。数十回の遡行の後、塔の正体が別世界からやってきた造物が天上の力を得て暴走したものであると判明した。
彼女と同じ種の権能を持ち、一度見た技を完璧に"転写"できる力を得た第十二席の継承者の一人、加藤
独力で世界の移動に成功した異才、塔を構成する物質を生み出したテセラクト=コロン。
テセラクトと同じ世界からやってきた、塔の思考回路を作成した絢瀬朱莉。
最終的にこの三人と協力し、少女は塔を処理する手段を整えた。
……しかし、足りなかった。どれほど繰り返そうとも、あと少し、必要な要素が足りない。あと一人、自らに匹敵する人物が欲しいと願った。条件に合致する人物は、この世界には存在していなかった。
少女は外からの助けに頼る事にした。世界の時間を擬似的に凍結し、世界の外から人間が来た時に時間を再び進める。これ以上ない博打に出た。
数億年。その果てに、その時は遂にやってきた。
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