File8-1 偶然の四人、必然の一人」

「全く、強引なんだから……」

 私はリエレアによって次の世界に"飛ばされた"。半分は私のミスだが。そもそも、私もある程度同意の上であの扉を受け入れた為、ミスだとも思っていない。

「さて、と」

 私は周囲を見渡す。私が生まれ育った世界と同じ程の文明が栄えていた跡があるが、建物のほぼ全てが風化してしまっている。この世界は、荒廃してしまっていた。

「中心だとか重要だとか言うから、それなりの文明を期待してたんだけどな……」

 私が立っているのは海岸沿いの街跡で、海に近い部分は広大な砂浜となっている。きっとここにも建物はあり、時間の経過と共に完全に削れてしまったのだろう。

「とりあえず、まずは……」

 世界に降りて最初にすること、それは人間を探す事だ。伊神迅の設定通りであれば、どんな世界であれ人間がいるのは確実である。

「いる。けど、これは……地下?」

 沢山の人間の気配がする。およそ数十メートル程下だ。そして、それらの人間には全く動きがない上に、規則正しく存在している。眠っているのだろうか。

「……いや、ちゃんと地上にもいる。けど……この近くで地上にいるのは四人かな……、あ」

 地上の人間のうちの一人が、真っ直ぐこちらへ向かってくる。海の反対側、緩やかな傾斜になっている土地の上の方にある、錆びた宮殿のような場所からだ。向こうは私の存在に気付いているようだった。私もそちらへと歩き始めた。


 数分後、お互いを目視できる距離になった。向こうもこちらを視界に入れた。

 長身の痩せ細った女性だった。眼鏡をかけて白衣を着ている事から、それだけで頭が良さそうな人である印象を受ける。

「初めまして。私は絢瀬あやせ朱莉あかり。貴女、"外"から来たんだよね。名前は?」

 絢瀬朱莉と名乗った彼女は私の前で立ち止まり、自己紹介をした。彼女は世界の外を知っている。その上で、外から来た私を全く恐れていない。

「うん。私はアディ。もしかして私のことも知ってるのかな」

 朱莉は私の名前を聞くとすぐにメモを取り出し、それに書かれている文字列に一通り目を通した。

「アディ……いた。第三席の継承者さんね。アノンが一緒にいるって聞いてるんだけど……」

 アノンの事も知っているようだった。

「そのメモは?」

「私たちのリーダー、ソフィアちゃんが纏めた世界の外の知識だよ。あなたは過去に一度、この世界に来てるはずなんだけど……覚えてない?」

 記憶には無いが、心当たりはある。

「えっと、多分それは前の私だね。私がこの世界に来るのは初めてだよ」

「……前?」

 彼女のメモにはアディというシステムに関しては記されていないようだった。

「私、代が変わってるんだ。以前にこの世界に来た"アディ"が何代目かは知らないけど、私はここに来た事は無いよ。それとアノンは今はいないよ。私ひとり」

「ふーん、後でソフィアに言っておかないとね。さて、あなた一人でこの世界に来たときの対応はこのメモには何も書かれてないんだけど、どうしようかな。アディさん、この世界へは何をしに来たの? 前と同じなら、この世界の状態の確認かな? 停滞しているかどうかを確かめにきた。そんなところでしょ」

 半分は正解である。もう半分はリエレアからのお願い。リエレアの言っていた"友達"の中に、おそらく彼女も含まれるだろう。

「この世界は停滞してないよ。でも、あなたたち天上が掲げる目的とは程遠いけどね。この世界の永遠は、一人の人間によって維持されてきている。ただ一人の人間の記憶だけが、今までずっと連続している」

「ずっと……?」

「ソフィアちゃんが第十二席の継承者なの。転写の権能でこの世界の過去を何度も重ねてる。所謂タイムリープね。私にはそんな感覚は無いんだけど」

 また、ジオの継承者だ。今まで辿ってきた世界にも、私が見落としているだけでジオの継承者は大勢いた可能性がある。それほどまでに、ここ最近でジオの継承者に高頻度で合っている。


「……と」


 その場の空気が変わった。


「長話になっちゃったね。本来ならすぐにソフィアちゃんを呼んで移動する予定だったんだけど」

 朱莉が周囲を見渡して言った。私も同じく周りを見渡す。

 気がつけば、周囲は人の形をした黒い影で溢れていた。各々が同じく影で形作られた剣や鎌などの武器を持っている。

「なに、この人たち? ……いや、そもそも人間?」

「第九神災・終末人形。詳しい事は後で話すけど、人が外にいると勝手に出てくるの。アディさん、対処よろしく。私は戦えないから、ちゃんと私のことは守ってね」

「随分と他人任せだなぁ……」

 私は虚空から細剣を取り出し、適当に薙ぎ払った。扇状の延長上にいた影は、纏めて……


「……あ、あれ?」


 消えない。どころか、私の攻撃を受け止めた。


「アディさん、もしかしてそれ全力?」

「いや、違うけど……、もしかして全力にならないとまずい?」

「この影、天上の一人が生み出したものだから、一体一体が継承者に匹敵する程強いの。だから……本気、出してね」

「ああもう! 制限解除リミットゼロ!」




    ■    ■    ■




 全ての影を蹴散らし、私は朱莉に質問した。

「……それで朱莉さん。さっきはどうしてそんなに冷静だったの?」

 彼女が戦えないというのは本当だろう。なら何故、死を恐れていないのか。

「ごめんね、ちょっとだけ嘘ついてた。私は狙われないの」

「はい?」

 朱莉は周囲を見渡し、影が居ない事を確認すると続けた。

「終末人形は生まれた瞬間、一人の心臓だけを狙って動く。そして生み出される終末人形は心臓ひとつにつき五百体。私の為に用意された人形は既にソフィアちゃんに倒させたから、もう私を狙う人形が生まれる事は無い。まあ、あなたを狙う人形の攻撃が偶然私に当たるかもしれないから、少しは怖かったけどね」

 思えば、奴らは正確に私の心臓部を狙っていたような気がする。届いてはいないが。

「そういえばちょうど五百匹だったね。もう私も狙われないの?」

「そうだね。安心していいよ。それにしても流石第三席の継承者だね。終末人形は継承者でも単体相手に苦戦するのに」

「……あれ、人口の五百倍も出てきたら普通に文明が無くなるレベルだと思うんだけど」

 実際、ソレらには手応えがあった。それほどのものが無数に現れれば、世界が終わるのは確実だろう。

「そうだよ。実際、ソフィアちゃんはアレの対処法を考えるのに何千も何万も時間を戻したの。まあ結局、『自分が強くなって数千万体の終末人形を全て犠牲が出る前に狩る』ってい奇行が最適解だったんだけどね……」

 彼女が言うソフィアとはとんだ化け物なのか。

「ソフィアさんって、今も時間を戻してるんだよね」

「そうね。今まで何度も、きっと、気の遠くなる……なんて言葉すらも生ぬるいほどの時を、ずっと一人で過ごしてる」

「一体、何の為に……?」

 何度も時を戻している。であれば、その理由は何だ?

「それは、本人から聞いた方がいいかも。私も全部を把握してるわけじゃないの。……さてと、それじゃあ、私たちの拠点に行こうか。みんなが待ってる」

 朱莉が足を踏み出した直後、……その足を止めた。


「なんだ、そっちから来たんだ。ちょっとだけのんびりし過ぎちゃった」


 私たちの前には、いつのまにか一人の女性が立っていた。栗色の長髪、大人しそうな顔、赤を基調にした質素ながらも凛々しさを感じさせる制服。そして、彼女が提げている水色の剣からは得体の知れない力を感じる。私が持っている魔剣イーフェよりも明らかに上位の武器だ。

 彼女が剣を抜き、鋒を私に向けた。


「初めまして。私はソフィア=クラウス。アディ、私と戦って」




    ■    ■    ■




 私たちの前に現れた女性は、剣を私に向けたまま私の回答を待っている。彼女が、先程朱莉の言っていた彼女のリーダー、ソフィアだ。確かに、その佇まいや仕草は今までのどの相手よりも強者のものだ。

 殺意は感じられない。ただ、力試しという体で私に提案しているだけに過ぎないのは理解できる。

「いいけど……、私、勝っちゃうよ?」

「それなら、それでいい」

 私はイーフェを取り出し、彼女へと向ける。

「私、先に帰ってるね。ソフィア、よろしく」

 朱莉がソフィアに言うと、ソフィアは右手を軽く振った。それだけで、朱莉がこの場から消えた。

「転移……?」

 朱莉を引かせたということの意味を理解する。この力試しは、……部外者を許さない程の化け物同士の戦いなのだと。


「本気で来なさい。世界を壊す程に」

「いやいや、本当に壊しちゃうよ?」

 本気で攻撃をすれば、この世界は簡単に壊れるだろう。

擬似制限リミッターセット、ランクD」

(とりあえず、最初は様子見で……)

 自らに制限をかけ軽く剣を振ると、国一つを吹き飛ばす程度の威力を誇る暴風となってソフィアへと襲い掛かる。


 ――ソフィアはそれを手持ちの剣で両断、相殺し、そのまま私へと突っ込んできた。


「わっ……えっ……?」

 完全に予想外だった。

「本気でと、言ったはず」

 ソフィアが剣の柄で私を突いた。瞬間、私は後方数十メートル程吹き飛ばされる。

「いっ……」


――痛、い?


「たあああああああ!!!!」


 砂の上を何度も転がり、そのままうつ伏せで倒れる。一瞬、私の身に何が起こったのかがわからなかった。既知ではあるが未経験だったある種の感覚に襲われる。

 痛いというその感覚を、私はアディとなってから初めて感じた。私を傷つけられる存在に、私は初めて遭遇したのだ。慣れない痛みに悶絶するが、なんとか剣を地面に突き立てて体勢を立て直す。


 ――彼女は、危険だ。


 先の一撃で、存分に理解した。


「もう一度言う。本気で来て。世界を壊す程に」


 殺される。そう、直感した。私は剣を捨て、巨大な銃に持ち変える。

制限解除リミットゼロ

 私に掛けられている制限を解除する。ソフィアに照準を向け、世界を壊す一撃を構わずに撃った。


 弾丸は、ソフィアの剣により着弾前に両断された。


「……嘘」

 あらゆる法則を上書きして世界を崩壊させる、終焉の一撃。それを一刀で消した。あまりにも理解ができない。しかし、だからこそ、ソフィアが化け物であることを認めざるを得ない。

 弾丸を斬ったソフィアはそのまま再び剣で切り掛かってくる。今度は柄ではなく、刀身で直接斬る構えだ。銃を横に構え、剣を防いだ。

「くっ……ん……!!」

 私は今、全力を出している。銃を使わずとも一つの世界程度であれば苦もなく滅ぼせる私だが、それでもソフィアからの攻撃を防ぐのに手一杯だった。

 私がアディという名を得てからは一切感じる事の無かった感情が、間違いなく表層に現れている。私はこの感情をよく理解しているし、単純な言葉で言い表す事もできる。


 ――"恐怖"だ。


 私は今、ソフィア=クラウスという女性を明確に畏怖している。

(……強い)

 氷剣と銃身と鍔迫り合いの後、私は一歩、後ろに跳んだ。ソフィアも追撃はせず、剣を構え直す。まるで私に合わせているようだった。よく言えば正々堂々、悪く言えば手加減。ソフィアは、余裕だった。

 気持ち悪い感覚が止まらない。目の前の相手に抱いている感覚は、いままで私がアノンにしか感じることがなかったものと同じ。


 ――ああ、この人、私よりも強い。


 アディとして、相手の力量をはかる事はできる。しかし今までは、そんなもの何の役にも立たなかった。誰もが私より弱いのだ。だからこそ、相手の方が強いという感覚を私は今初めて理解した。


 ――ダメだ。私、勝てないかも。


 全力で戦わないと、目の前の敵に勝つ事はできない。けれど、全力って何? 今までに、全力を出した事はあった? 全力って、どうやって出すの?

 銃を投げ捨てる。こんなものでは彼女には届かない。代わりに、私は先代の形見である紫の細剣を構えた。彼女との一対一の戦闘においては、銃よりもこちらの方が使い勝手が良い。

 お互いが一歩も動かない。お互い、構えだけで次の一手がわかるのだ。ここからは読み合いであり、この両者が止まっている瞬間、お互いは脳内で最善手を潰し合うシミュレーションをしている。


 一瞬、ソフィアの方が早く行動を開始したように見えたが、私とソフィアはほぼ同時に動いた。そして一秒もしない間に、私たちの位置は入れ替わった。

 一瞬の間に打ち合った回数は四桁にのぼる。しかし私は、防ぐ事で手一杯だった。傷は無いが、全身が痛む。これ以上の戦闘は全力では行えないと、身体が警告している。制限をかけていない、私の全力をもってしてこの結果だ。

「誇っていい。私のこれを受け切ったのは、あなたが初めて。」

 ソフィアが再び構える。それだけで、私はこれからのソフィアの動きを理解できてしまう。先程とパターンの違う剣戟を、もう一度行おうとしているのだ。

「構えなさい。受け切りなさい。」

「っ……!」


 そうして、休む間もなくソフィアが動いた。




 ソフィアの攻撃が来る事はなかった。私の意識は、ソフィアの前に現れた一人の少女に向いていた。

「そこまでだ、ソフィア。充分に"回収"できた」

 私よりも背が低いゴシック系の黒服を着た金髪の少女だったが、彼女の立ち振る舞いはとても大人びていた。

「急に出てこないで。危うく斬るところだった」

「久しぶりに冗句を聞いたよ」

 少女がこちらを向く。

「初めまして、君がアディだね。私はアスミ。アノンが居ないのは残念だが、まあ今はいいだろう」

 アスミと名乗った少女は私に対し一切の恐怖を感じていない。彼女だけではない。この世界で会った人間は、誰もが私をまるで対等の人間であるかのように扱う。

「アスミさんも、強いの?」

「私より強い。理論上は」

 その質問にはソフィアが答えた。

「理論上?」

「まあ、後でわかるさ」

 少し恥ずかしそうにしながらも、アスミはソフィアの評価を受け入れる。

「ソフィア、本題に入った方がいいんじゃないか?」

「その前に、移動する。もう一人、紹介する人間がいる」

「人間かどうか怪しいけどな」

 私が観測した地上にいる人間は全部で四人。となると残りの一人だろう。宮殿跡地の方に、二人分の反応がある。片方は先程の朱莉だ。

 ソフィアが剣を軽く振ると、私たちの前に紫色の扉が現れる。その色には見覚えがあった。

「それ……"外"との扉?」

「違う」

 一蹴。

「ただの転移だよ。君が知っているものと色が似ているのはただの偶然だろう」

 アスミが補足した。

「複数人の移動はやはり門状のものが楽でいい」

「ソフィア、その台詞ゲートを開くたびに言ってないか?」




    ■    ■    ■




 扉を潜った先は、古びた建物の中庭だった。恐らく先程見えていた宮殿跡地だろう。

「戻ったぞ、テセラクト」

 そこには既に二人の人間がいた。一人は先程会った絢瀬朱莉、そして私はもう一人の方を見る。

 修道服に身を包んだ長身で黒髪の女性だった。少し優しそうな印象を受けた。

「こんにちは〜、あなたがアディさんですね〜。お話は朱莉さんから聞いていますう〜」

 ゆったりとした声だった。他三人とのギャップを感じる。しかし私を全く畏怖していないところを見るに、やはりこの世界の人間は他とは違う印象を受けた。少なくとも、彼女らは今までのどの世界よりも世界の外を理解している。

「さて、全員揃ったな」

 アスミが一歩前へ出ると、テーブルの上に地図を広げる。

「ソフィア、説明を任せる。なにせ私たちも知らされていないからな」

 アスミに言われると、ソフィアが地図の一点を指す。

「私たちがいるのはここ。そして」

 指を地図の西の方に移動させ、その端で止める。

「ここに、私たちが倒すべき敵がいる」

「敵……?」

 制限世界の魔王のような存在だろうか。否、ここは明らかに制限世界ではない。

「アディ、手伝って。アレは貴女にとっても無関係ではないはず」

「……十七席に関係してる人?」

 私が質問をすると、ソフィアは軽く頷いた。

「近くまで移動する。ついてきて」

 ソフィアが軽く手を振ると、再び紫色のゲートが出現する。

「待てソフィア。それはどこに繋がってる」

「敵のすぐ近く。視認されない限界の場所」

「……まあいいだろう」

 アスミが一番にゲートを潜る。他の皆もそれに続き、最後に私とソフィアが同時に飛び込んだ。

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