File6-5 せかいがおわる

「わからない……わからないわからないわからないわからないわからない!!! 何なのアイツら!!!」

 ウェヌスは狂ったように叫び散らした。先程邂逅した、秩序立ったこの世界を掻き乱す存在。ウェヌスはジオ以外にそのような存在を認めたく無かった。

「ジオ様の為に整えた世界なのよ! あんな他人の! しかも! ジオ様を殺した奴らの言う事なんて! 聞いてられる訳ないじゃない!」

 独りで煩く喚いているが、周囲はウェヌスを全く見ていない。当然だ。全ての個体がウェヌス自身とも呼べるのだから。

「ああもう! 腹が立つ!!」

 すれ違う一人の男を全力で殴る。男は数中メートルほど吹き飛び、絶命した。人が死んだというのに、やはり周囲に変化は無い。"私が私を殴った"のと、なんら変わりはない。

「……怖がっている? 私が? 世界を"所有"している、この私が……?」

 逃げた。その事実が、彼女を突き落としていく。

「このっ!!」

 飽き足らず、ウェヌスはさらに小さな少年を掴み、全力で投げた。


 その少年を、誰かが抱えた。ウェヌスの身勝手により絶命するはずの命が、救われていた。


「……嘘」


 いつの間にか、目の前にはウェヌスが恐れる二人がいた。



    ■    ■    ■



「どう、して、ここが……?」


 私はウェヌスと対峙している。彼女は海洋を一つ跨いだ別の大陸に居たが、私からすれば彼女が何処へ逃げようとも関係ない。三次元上、同一世界内であれば追える。……そう知ったのも、つい最近の話だが。


 ウェヌスは一瞬だけ絶望したような顔をしたものの、次の瞬間には既に剣を握っていた。

「殺してやるわよ……! 絶対に!!」

 ウェヌスが少しだけ呟くと、彼女の上空に大量の剣が出現する。彼女はアノンを見ていなかった。それで正しいのだ。アノンはウェヌスと戦うつもりはないだろうし、ウェヌスもアノンと戦おうとすれば先程と同じ状況に陥る。私を狙うのも当然だった。

 ウェヌスは私と同じ継承者だ。彼女の方が権能の序列が低いとはいえ、私に届く存在である事は間違いないだろうと思っていた。……しかし私には、彼女を確実に倒せる自信があった。


 彼女は、力を制御できていない。


 剣が数百本は生えているが、その中でもちゃんとコントロールできているのはせいぜい五、六本程度だろう。他は鋒が私を向いていなかったり、存在すら確定させていないものもある。せいぜい私の判断を少しでも鈍らせればいいと思っているのだろうが、それが逆に私に安心感を与えている。

 かつてアノンは言っていた。強大な力は、それが制御できないうちは低度のものであると。だから私は、彼女を見下してすらいる。


制限解除リミットゼロ


 私に掛けられていた制約が、全て消える。度を超えた力が湧き上がるのを感じる。私が全力で一撃を放てば、彼女や彼女の剣どころか、世界を容易く壊してしまう。

 ウェヌスが手を前に突き出した。宙の剣が一斉に襲い掛かる。

「……あなたの相手をするのは、この剣」

 私は虚空から剣を取り出す。黒と赤の、禍々しい剣。かつて私を貫こうとし、私もそれを受け入れようとし、それが叶わなかった剣。

「……イーフェ、行くよ」

 魔剣イーフェ。カーターやフランシスカが使った、彼女らの世界で最強の剣。それを一薙ぎすると、その衝撃波はウェヌスの黄金の剣のうちの八本ほどを正確に粉々にした。

 残りの数百本の剣は何一つ、私に当たらない。私は私に当たる剣のみを消し飛ばした。全てを消さないのは、彼女に私の余裕を見せつける為でもあった。


「ウェヌスさん。あなたでは私に勝てない」

「煩いっ!!」

 彼女は剣を構え、私との距離を一瞬でゼロにする。私を貫こうとした剣を、私はイーフェで弾く。直後、私はすかさず振り向いてイーフェで上空を薙いだ。ウェヌスの突撃と共に別方向から向かってきていた剣たちが消滅する。そのまま剣の勢いは殺さず、ウェヌスの二回目の突きに合わせて彼女の鋒をイーフェの腹で受け止める。


「何? 何なの? 何で見えてるの!?? ああもう、気持ち悪いっ!!」


 彼女のあらゆる攻撃を見切り、防ぎ続ける。私には一切届かない。ウェヌスの怒りが有頂天に達するが、その要因は彼女の攻撃が届いていないというものだけではない。


「何でお前は!! 反撃して来ないのよ!!」


 そう。私は先程からずっとウェヌスの攻撃を受け止め続けているだけで、彼女へは一切攻撃していない。どれほど時間が経とうとも、私は決して彼女を攻撃しない。


 ――五分程度が経過し、ウェヌスは私から距離を取った。この五分間でウェヌスが行った攻撃は多岐に渡る。不意打ちに近い、狡さを感じさせるものも多かったが私はそれら全てを防ぎ切った。

「……わかった。認めるわ。あなたには勝てない。……あははっ、何よそれ。最悪じゃない」

 ウェヌスは既に、戦う意志を持っていなかった。

「ああ忘れてたわ。そうだ。今までもずっとそうだったじゃない。なら、私は私のやり方をやるだけ」

 ウェヌスは剣を一本だけ出現させ、それを右手に持つ。攻撃の構えではない。

「この世界の全ての人間はねぇ! 全て私なのよ!」

 叫び、剣を一本、真上に投げる。それは空中でまるで何かに当たったかのように止まり、そこから紫色の亀裂が生まれた。

「……ウェヌス!」

 叫ぶが、遅い。

「探してやる! 私の望む永遠を! 私の全てを使ってでも!!」



 一瞬。紫色の光が彼女を包む。直後、ウェヌスは消えた。



「……逃げられた」

 ウェヌスは本来、世界の外に出る術を持っていなかったはずだ。持っていればきっと、すぐに使っていた。私たちがこの世界に入った瞬間の感覚を真似たのだ。この世界の全ての人間が並列的に思考する事で、彼女は外へ出る方法をこの一瞬で確立させた。

「追わないと。他の世界がめちゃくちゃになっちゃう!」

 彼女を追えるのはこの世界の内側の話。世界の外に出てしまえば追跡は困難だ。

「それには及ばない。座標を定めずに中途半端に世界の外への扉を開けば、行き着く先の世界は容易に推測できる」

 アノンは落ち着いていた。……彼はいつも落ち着いているが。

「ウェヌスが向かった先の世界には私の同類、それもジオを極度に嫌っている者がいる。放置しておいても問題ないだろう。我々は先へ向かうとしよう」

 そういうものなのだろうか。

「信用していいの?」

「私は信用しなくてもいい。だが、"彼女"は間違いなくウェヌスを制裁するだろう」

 ……信じる事にした。そもそも、アノンは嘘を吐かない。それに、彼の同類、それは元十七席の誰かという事だ。

「この人たちはどうするの?」

 ウェヌスが居なくなったからといって、意識のない人間たちに自我が芽生える様子はない。先程の並列演算の弊害か、血を流しながら痙攣している人間も多くいた。

「脳が存在しない時点で、彼らは既に世界から観測者と見做されていない。死体が動いているのと何ら変わりはないな。我々が世界から出れば、この世界は観測者を失いルールに則り自壊する」

 世界が消える条件。それは世界を観測する人間が消える事。

「……助けられないんだね」

「死者は生き返らない。抜け道はあるが、それは伊神迅が決めた世界群全体の絶対的なルールだ。基本的には覆らない」


 私は右手を外側に広げ、顕現させた銃を掴む。照準を定めず、目を閉じて真上に弾丸を放った。


「私は認めないよ。こんなものは救いじゃない。……こんな力を持っていても、私の願う救いには届かないんだ。……それがね、悔しい」

「覚えておこう」


 そうして、世界は閉ざされた。




    ■    ■    ■




『脳たるウェヌスを失った人間は観測者としての条件を剥奪され、この世界は存続の条件を満たせなくなった。"転写"の継承者が造り上げた停滞を模した世界は、部外者による救世により遂に終わりを迎えたの』

『ウェヌス。あなたは最期まで、私に気付かなかったの。もし私を知ってさえいれば、この世界の結末は……』

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