File6-3 さがしたこたえ
草原を越え、辿り着いたのはひとつの大きな町。……しかしその規模にしては、その町はあまりにも活気が無かった。道行く人々の目は虚ろで、焦点が合っていない。きっと彼らに話しかけてもまともな返答は得られないだろう。
「アノンはなんでこんな状態になってるのかはわかってるんだよね」
「ああ、そうだな。だが……」
「言わないで。自分で理解してみる」
私は周囲を観察する。
「世界のタイプは私がいた世界に似てるね。お城が見えるし、魔法を使ってる人もいる。きっとファンタジーって区別されてるタイプだ。今日は休日かな。昼間なのに子供の数が多い。住民に意識はないけど、あてもなく放浪してるわけじゃない。子供まで何かに駆られるように行動してるけど、赤ん坊が立って歩いてる訳じゃないから単純な思考操作って訳でもなさそう。まるで目的を持たせてその通りに動かされてる人形みたい。ここにあるのはちゃんとした町で、ここの人たちもそれに準じて行動してるんだ。人口はこの街だけだとおよそ数十万人くらい? それくらいの人間を全て意のままに操るなんてこと、流石にできるはずがない。でも誰にも操られてないという選択肢も薄い気がする」
一通り、世界の状態を羅列する。そして私は、この世界の現状を説明するひとつの推測を立てた。
「……アノン、もしかしてここには世界の外を知ってる人がいる?」
「何故、そう思う」
「言わなくてもわかるでしょ。この世界が停滞してる要因は間違いなく自我のない人たち。この人たちは"普通の生活"を演じてる。まるで迅さんの目的である永遠を能動的に体現してるみたい。誰かが文明を進めないようにしてるんだ」
「概ね正解だ」
推測の域だったが、アノンは肯定した。
「問題はこの世界がこうなった原因だね。これほどの事をやってのけるって事は、もしかして継承者か十七席本人かな」
「ああ。継承者がいる」
「即答するんだ。誰の継承者?」
それを尋ねると、アノンは少しだけ黙った。
「アノン?」
「……すまない、そうだな、その答えに関しては直接本人から聞き出すのがいいだろう」
アノンが前方を見据える。一人の少女が私たちを見ていた。
黄金の剣を携え、騎士のような服を身に纏っている茶髪の少女だった。フランシスカに似た様相だが、背は私より高い。そして何より、彼女には自我があると一目でわかった。
「あれ、久しぶりのお客さんだ!」
向こうが私たちに近寄る。
「初めまして、私は世界を救った英雄だよ。"外"から来る人は久しぶりだなあ、君たちは? あ、そうだった、自己紹介を間違えちゃったね! 外から来た人たちには違う挨拶をしないと。私は天上の第十二継承者、ウェヌスだよ」
「……十二? それって、ジオさんの継承者ってこと?」
矛盾が生じている。確かアディシェスの話では、継承者は一人しか選べなかったはずだ。私は以前、アレフというジオの継承者に会っている。
「そう! あなたジオ様を知っているのね! どう? 会った事は? あの方は今も元気にしてる?」
私はアノンの方を向いた。ジオについて、真相を口にしてよいのかどうか悩んだのだ。
「ジオは私が始末した。十七席解散と同時に彼に与えたルールを順守しなかった為だ」
なんの躊躇いもなく、アノンは事実だけを告げた。
「……は?」
ウェヌスにとって、予想外の答え。一瞬、ウェヌスはアノンの言っている事がわからないような素振りを見せていた。とても真実とは思えなかったのだろう。
「理解はできていると思ったのだが、詳細が必要か?」
「ジオ様が、死んだ?」
「ああ。私が殺した」
ウェヌスの怒りが込み上げてくるのを感じた。
「……十七席第十二、『転写』の権能を行使する」
ウェヌスが唱えると、世界が少しだけ揺らいだ。彼女の周りに黄金の剣がいくつも浮遊する。そして彼女は腰に提げた黄金の剣を引き抜こうとし、……意外にも、その手を止めた。彼女はアノンに恐怖していた。
「何……何なのお前! 全然強そうに見えないのに! ジオ様から貰った力を使っても全く勝てそうにもない! 変だよ! 何者なの!?」
狂ったように感情を吐き出す。彼女にはアノンが恐ろしいものに見えているようだ。
「こちらの挨拶がまだだったな。私たちは救済代行屋。私がアノンで、彼女がアディだ。……いや、君と同様、君との挨拶は言葉を変えた方が良さそうだ。改めて、私は天上の十七席第三、アノン。既に十七席は解散された故、この呼び名は不適当ではあるが今はこう名乗った方が理解が早いだろう」
「第、三席……?」
それを聞いて、ウェヌスは宙に浮かせた武器を全て消滅させた。ウェヌスはその地位の意味をよく理解していた。
「今更そんな大層な地位の人が何をしにきたの?」
「ただ通りかかっただけの偶然だ」
「そんな訳ないでしょ!」
「嘘を吐く必要があるか?」
「……本当に? 本当に、偶然なのね?」
「君のような人間には何度も会っている。今更君を特別視する事はない」
「……」
ウェヌスは黙ってしまった。
「ウェヌスさん、この世界、これはどういうこと? 何をしてるの?」
少しの沈黙の後、落ち着いたウェヌスに私は尋ねた。
「ジオ様から課題を貰ったの。永遠を模索しろって。それがこの力をくれたジオ様への感謝になるんだって」
おおよそ私の予想通りだった。能動的な永遠の再現だ。
「これが私の回答だよ。みんなの意思が邪魔だったの。だから私の思考で上書きしちゃった! だからほら、今もこの世界は動いてる。どう? アノンさん。 私は合格?」
「……浅いな」
アノンはウェヌスを一蹴した。
「残念だが、そのような結論に至った世界は無数にあった。君自身が数十億年もの間自我を保ち続けられている事には敬意を表するが、それだけだ。停滞による永遠は我々天上の望むことではない。この世界で天上が望む永遠を持っている可能性があるものは、強いて挙げるとするならば君自身のみだ。この世界自体に我々が求めるものはない」
アノンにそのつもりはないのだろうが、その言葉は容赦なくウェヌスを貶める。
「だったら……、だったら、私の努力は何だったの!? どうしてこんな、こんな……」
「我々は計画を中止した。現存する世界が全て停滞している事を確認し次第、消去する」
「馬鹿にしないで!」
「自惚れるな継承者。君はただ世界中の人間から思考を剥奪しただけだろう。それをさも崇高な論理のように豪語するのは些か納得し難い」
ウェヌスは再び黙ってしまった。珍しくも、アノンは少しばかり苛立っているようだった。
「この世界も、停滞を解けばもはや存続は不可能だろう。アディ、全て壊していい」
そうして、アノンは私に促す。しかし。
「ダメだよアノン。それは私の願う"救い"じゃない」
「……そうか」
「意外。アノンが壊すのかと思った」
「少し前の私であれば、君を見限りそうしていただろうな。それとアディ、気付いているとは思うが……」
「何?」
「……気づいていないのか?」
アノンは前方を向く。先程までいたはずの人間が、消えていた。
「……あ」
■ ■ ■
ウェヌスは見失ったが、別に構わない。外へ出る術を持たない彼女とは、いつでも会うことができるのだから。
「そうだアノン。答えて」
「それは、ウェヌスがジオの継承者である事か?」
「そう。継承者は一人なんじゃないの?」
ジオは既にアノンによって殺されている為、アレフが死んだ後に新しく継承者が産まれる事は無い。そしてかつてのアノンとジオの会話から察するに、アレフはジオが生み出した最後の継承者だ。ウェヌスは間違いなく、アレフよりも前から継承者だったはずなのだ。
「"例外"だ。天上の十七席は皆、与えられたルールを逸脱する例外がひとつだけ存在している。ジオが持つ"例外"は一度に何人でも継承者を生み出せる事だ。実際、ジオの継承者は多い時で六桁は居た」
「十万人も……?」
「それでも彼からすればまだ足りなかったらしい」
例外がある、という情報は全く知らなかった。
「つまり、アノンにも何か例外があるんだよね?」
「今この瞬間こそが例外と呼べるだろう。私が持つ例外は君自身だ。第三席の継承者は、私の意思無しに他の人間に力を渡す事ができる」
私が先代を殺した瞬間の事を思い出す。嫌な思い出だ。
「他の十七席は違うんだね」
「ああ。継承者が死亡した場合でも、別に殺した人間が新たな継承者になる事は無い。当人が再び誰かを継承者に選べるようになるだけだ」
私の成り方が特殊なだけだった。
「例外については些細な問題だ。何故伊神迅がそのようなものを設定したのかは知らない。本当に迷惑で無駄な仕様だ」
アノン自身、例外という事項に関しては納得していないようだった。
「質問は以上か?」
「わかってるでしょ」
今の私には、アノンに聞きたい事は無い。本当に無いと言えば嘘になるが、重要な話ではないだろう。
「それじゃあ、ウェヌスを探しにいこうか」
「既に見つけているだろう」
「つまらないことは指摘するんだね。その通りなんだけどさ」
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