File5-5 Incorrect

 その日、私は超能力を得た。現存するあらゆる能力よりも強力と自負できる程の力だ。そして私は、この力を生涯誰にも明かさないと誓った。そのはずだった。


「違う」


 そう、違うのだ。全てを思い出した。私は決して先を見ているのではない。私が脳裏に映しているそれは……。


「……何だっけ」


 次に出たのは、疑問と喪失だった。私が映す私自身は、私の能力を未来視だと信じて疑っていない。それなのに、今ここにいる私は私の能力を疑っている。つい数秒前までは鮮明に覚えていたはずだが、その正体がわからない。


「……駄目、思い出せないや」


 私は考える事をやめた。こうして私は、未来が見える日常に戻った。




    ■    ■    ■




「ようやく卒業だね。シデリアはどうするんだ?」

「探偵になるよ。南区の警察署に私の部屋も用意できた。アカランこそ、本当にそんな仕事で良かったんだ」

「ああ、どうせわかってるんだろ?」

 学校を卒業し、私たちは各々が職に就く。私が選んだのは探偵。私の能力があれば楽ができる上に、警察と同程度の権限を持つ為いろいろな場面で役に立つ。一方でアカランが選んだ職は下水道の清掃員。

「お互いに良い仕事に就いたね」

「俺の仕事を『良い』なんて言えるのはお前くらいだろうな」

 私はアカランに私の力を教えている。それを踏まえ、アカランは私の発言の意図を完璧に汲み取った。

「たまには顔でも出しに行くよ。探偵は暇な時間が多いから」

「汚いところまで来なくていいだろ。こっちこそ桃源郷中を回るから、いつでもお前のところに行けるぞ」

「そうだね。いつか議事堂の上で二人でサボってみたい」

「お前とならいつか叶うかもな」

「そんな願い事みたいに言わないでよ。ただのサボりの計画なんだからさ」


 一旦、アカランとはここでお別れ。次に会うのは四日後、彼は早速私の事務所に来る。




 警察署に入り、用意された私の事務所の扉を開ける。想造していたものと何一つ違わない空間だが、いざ現物を目の前にすると少し嬉しくもなる。

 机の上に数枚の紙が綴じられていたが、無視した。内容は全て知っている。上の人たちが私に未解決の事件を投げてきているのだ。まるで私の実力を試すかのように。

「……ふう」

 椅子に座り、落ち着く。何一つ不便のない生活。自由が始まった。


 ――ほんとうに?


 この先の私の人生は、本当に私の思い通りになるだろうか。答えは否。私は知っている。私の予知を無視する存在がいる事を。三年後、私はソレに直面するのだ。


 扉を叩く音がした。お客さんか、警察の誰かだろうか。

 受動的に立ち上がり、……そして私は歩くのを躊躇った。


「……嘘」


 知らないのだ。今日ここに誰かが来る事はない。そのはずである。

「……早すぎるよ。ちょっと」


 それでも私は、歩き出す。部屋の入り口の扉を開ける。


「あ……」


 私は彼を知っている。無数に広がる私の可能性の中で、彼に出会うという情報が僅かに存在している。僅かであるはずなのだがそれは非常に濃く、私の人生を大きく狂わせるものであると私は理解している。そして、彼は私が予知できない人間でもある。

「アノン……」

「覚えていたか」

 彼はそう言った。彼とは初対面のはずなのに。

(……初対面?)


「ねえ、アノンさん。あなたと会うのは初めてじゃないよね。……なんだ、わかっちゃった」


 彼と出会う未来を全て手繰る。私の能力は未来視ではないと、彼から教えてもらった。それに、私の能力が推測できるような場面は今までに幾つもあった。今だってそうだ。思えば簡単なものだった。何故私はこの可能性を考えなかったのだろうと過去の自分を馬鹿にしたいくらいだった。

 だから私は、アノンに答えを提示する。


「時間遡行。違う?」


 私は何度も、何度も何度も。あらゆる分岐を体験できるほど、無限にも手が届きそうな位の時間を経験した。その末がこの未来視だ。知っていて当然だ。知らなくて当然だ。私がかつて起こした事は知っていて、一度も試していないことは知らない。私は、この世界を何度も巻き戻した。故に、私の能力は未来視ではなく時間遡行なのだ。



 ……そう、確信したはずだった。



「不正解だ。君の主観からすれば時間遡行と違わないだろうが、君の能力は決して、ただ時間を戻すだけの低俗なものではない」


 違う。アノンはそう告げた。

「何故君は戻る度に忘れている? 何故君がここにいて、私はここにいる? 記憶を少しでも保持する時点で、確実に同じ行動を取ったところで同じ未来を選択するなど不可能だ。既視は必ず相違を生む。ではなぜ、君は幾度と同じ未来を選択できている?」

 彼には一つも反論できなかった。私の能力は時間遡行でもないと、ただそれだけを理解した。


 だから私は、彼に求めるしかなかった。


「アノン、教えてよ。私の能力ってなに?」

 求めてしまった。私は彼に尋ねた瞬間、未来に映る一人の人間の声を思い出した。彼女はアノンという強烈な記憶に隠れながらも、確かに大切な事を私に教えてくれた。

(……あ)

 彼は自ら知識を他者に与える事はしないが、他者が彼に求めればそれがどのような残酷な事実でも述べてしまう。思い出したときには既に、何もかもが手遅れだった。



 私は、私の能力を認識してはいけないのだ。



「君の能力は、この世界を君の夢に閉じ込めるものだ」




    ■    ■    ■




 その一言では、半分しか理解できなかっただろう。ただしアノンの呪詛は止まらない。

「君は死ぬたびに『この世界は夢であった』と完結させ、外側に新たに世界を創り出す。無自覚であったが故に夢と化した世界と同一のものしか生成されなかったが、君の願いさえはっきりとしていれば、君は君が望む理想郷を創り上げることだって可能だ。……そう、この世界は今や、君のものだ」


 到底、信じられるような話ではなかった。


「何度もこの世界を繰り返してきたことに起因するだろうが、君は以前の君が一度も体験したことのない出来事まで知っているかのように振る舞う事ができる」


 思えば、初めから疑問は尽きなかった。しかし新たに生まれる疑問は、全て目の前の男に摘み取られる。何を尋ねても真相が返ってくる。彼自身が神様だと自称してしまっても信用するだろう。

「全部……、私が作ったの?」

 全部というのは当然、その言葉の意味のままだ。桃源郷も、探偵という職業も、……そして。


「君が最も大切にしているあの少年、アカランは一度でも君を否定したか?」


 言わないで。それ以上、言うな。


「この世界に彼ほど情報が濃い人間は他には居ない。彼こそが数千数万にも及ぶ生成を経て君が完璧に作り上げた、君の理想の男だ」


 アカランという人間を作ったのは私。こういう人が好きだ、という私の願望を体現したのが彼。彼を好いていて当然なのだ。

 全てを喪ったようだった。何も知らなければ、きっと今でも幸せに過ごせていたのだ。

「知識とは無ければ無い方がいい。たった今、充分に理解しただろう」

 呆れたように、全てを吐き出したアノンは呟いた。


「アノンはさ……、神様、なの?」

「違うな」

 つい口に出してしまったその問いは、即時否定された。

「確かに私やアディは君の能力の影響外にいるが、仮にも君の定義する神様が君の思っている通りの存在だとするのであれば、その役は私たちではない」

 これほどの存在でありながら、彼は神を自称できないのだ。

「さて、ようやく君は自らの力を知った。では、世界を丸ごと創り変えられる力を手にして君は何を望む。どのような世界を渇望する」

 私の力さえあれば、私は私の望む完璧な世界を創り上げることができる。しかし、私の望む私の世界は私が納得するだろうか。既知しかない世界は、……きっと退屈だ。


「私は……、」


 私が何かを告げようとした直後の事だった。景色が歪み、私は何かに引っ張られるような感覚に陥った。アノンのいるこの場から勢いよく引き剥がされる。

「何、これ……!?」

 苦痛はない。不快感もない。全てのものが一瞬で通り過ぎるような、ただ異常な光景だった。




 そして気づいたときには、私は見知らぬ大地に立っていた。




    ■    ■    ■




「アディ。君の方法は最も遠回りだ」

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