File5-4 Enforcers
フィリス=シャトレ。私は彼女を知っている。しかし何故だろうか、私は確かに彼女の容姿と名前を認知しているのだが、私は彼女に関するそれ以外を何一つとして知らない。なによりも、私が目指していた未来に彼女は一度も登場しないのだ。それなのに、何故私は彼女の名前を知っているのだろうか。
「詳しい話は後でするの。今はあの二人がここに来る前に移動するの」
そう言うと彼女は、私の手を取った。瞬間、景色が変化した。
■ ■ ■
狭くはないが、出入り口の無い密閉されたような空間。古びた机や椅子が乱雑に転がり、長らくここが使われていない事を暗示させる。どこかの建物の地下だろうと予想した。
「ここは……?」
「桃源郷北区の実験施設の中なの」
……何度も確認するが、出入り口が無いのだ。フィリスは瞬間移動の能力を持っていたようだ。
「警戒しなくていいの。私はアノンたちとは違うの」
「二人を知ってるの?」
私の未来に見た、私を殺す者の名前。フィリスは異質な彼らを知っている。
「あなたは今、アノンとアディに狙われている。私はそれを助けにきたの」
「助ける?」
「アノンはあなたを殺そうとしている。私はそれを阻止する為にここにいるの」
殺す。やはり私が未来に見た彼の通り、あの男は私を殺そうとしているのだ。
「どうして、私を?」
私を殺そうとしているのか、という疑問には、フィリスは答えてくれなかった。代わりに、フィリスは別の事を言った。
「あなたの本当の能力と関係しているの」
本当の能力と言われ、私には思い当たる節があった。
「私の能力は未来視じゃないって、未来でアノンに言われるんだ」
「そう。私もあなたの能力は把握しているの。でも教える訳にはいかない。あなたがあなた自身の能力を認識してしまうとアノンの思惑通りになってしまうの」
何故、と聞こうとしたが、やめた。それ以上の疑問があった為だ。
「それならさ、どうして未来でアノンは私に直接能力を教えないの?」
私に能力を認識させることが目的なら、彼の口から直接話せば済む話だ。だが私に見えている未来の中に、彼が能力を教える場面は無い。それどころか、私自身で見つけろといった趣旨の発言がある。
「それはアノンの信条に反すの。アノンはね、『知る事』を何よりも嫌っているの。アノンは誰かから求められれば全ての質問に答えるけど、アノン自らその人の人生を変えるような情報を教える事は決してないの。アノンは知識を嫌っているから。だから……」
フィリスは少し戸惑っていた。
「……だから、未来視ではないという重大な知識をあなたに教えた理由がわからないの。本来ならそんな事するはずがない。つまりそれは彼の信念よりも優先されるべきことなの」
私はアノンという男を知らないが、彼女は違う。彼女はアノンがどのような人間かをよく知っている。
「と、とにかく、アノンにあなたの能力についてを聞いちゃいけないの。聞いたら最後、あなたは戻れなくなるの。それに……」
フィリスは少し戸惑いながらも続けた。
「それに、真実を知ってしまうと、あなたは確実に後悔する。知らない方が良かったと、必ず絶望するはずなの」
私の力については聞かない事にした。そのかわり、私は別の話題を彼女に提示する。
「私はさ、これからどうすればいいの?」
私はフィリスに尋ねた。私がアノンに狙われている、それをフィリスは阻止したいという事はわかるが、だからといって私自身は何をすればいいのだろう。
彼女の返答は、私が予想できるはずのないものだった。
「世界の外に出るの。この世界の理から外れれば、アノンはきっとあなたに価値を求めなくなるの」
「……世界の、外?」
何を言っているのかわからない。それほどまでに、彼女の言っている事は常識から外れ過ぎている。
「本当は知らない方が良かったの。でも、もうそんな事を言っている余裕は無いの」
フィリスが左手を軽く振ると、紫色の光が出現する。それは縦に伸びて扉の形を為した。
「この世界に存在する超能力者は全て、その力をこの世界の根幹に依存しているの。だから世界の外に出てしまえば、誰もが能力を失う。それで全て解決するの」
彼女はきっと、私たちを充分に俯瞰できる高次元の人間なのだろう。だから彼女は知っているのだ。私の能力の事も、きっとこの世界の仕組みについても。彼女はこの世界の人間からすればまるで神様のような存在なのだ。
「さあ、全部終わらせるの」
私が扉の前で決心をした直後、爆発が起こった。
建物全体が揺れ、私はバランスを崩してその場に倒れ込む。紫の扉も位置や大きさが挙動不審になり、最終的には消滅した。まるで間違いが正されるかのようだった。
「もう見つかったの」
天井の一部が崩れ、一人の長身の男が飛び降りてきた。フィリスは彼から隠れるように、瓦礫の反対側に移動していた。
「……アノン」
彼の事は知っている。未来で何度も見たが、いざこうして実物と対面するとわかる。彼はフィリスよりも遥かに異常だ。彼の様相や仕草は普通の人間だが、ただ異常だとわからせるだけの何かが彼にはあった。
「何故、この場所を私が認知できたのか。フィリス、どうやら君は私を全く把握できていないようだ」
アノンは彼に見えている私ではなく、瓦礫の反対側にいるフィリスに向けて話しかけた。
「どうしてここがわかったの」
「それは……、いや、ここで公開するのはやめておこう」
アノンのその言葉には違和感があった。それの正体は、すぐに判明する事になる。
「……アノン、私は質問をしているの」
「ふむ。君であれば私の真意は理解できていると思っていたのだが。であれば直接告げよう。――教えない。ただそれだけだ」
フィリスはひどく驚いていた。
「どうして……!? あなたは情報を求められれば開示するように造られているはずなの!」
「フィリスという群が総じて私を嫌うように変化したのと同様、私も変化しているのだ。ようやく、与えたくない情報を隠す事を覚えた。ただそれだけの話だ」
先程フィリスが言っていた通り、彼は誰であろうと知識を惜しまずに放出する。今の彼はフィリスの言っていた事と反するのだ。
「アノン、アディは一緒じゃないの?」
フィリスが言う。少しでも時間を稼ごうとしているのだ。その先に何があるかはわからないが。
「アディには別の用事を任せてある。私の次の手段は少しばかり強行的なもので、アディは否定するだろうからな」
「手段……? アノン、あなたは何をしようとしているの?」
フィリスのその問いに対しては秘匿すると思っていたが、アノンは彼女の問いに答えた。
「アカランと言ったか。彼を始末した」
その言葉を理解するのに、少しの間があった。アカランを殺した。彼はそう、その言葉に何の重みもなく告げた。
「う……そ……」
「本来であれば、彼の遺品や身体の一部でも持ってくるべきだったのだろうが」
「まさかそこまであなたが外道だとは思わなかったの」
温厚な性格のように思えたフィリスが、力強くアノンを軽蔑する。
「悲嘆するのはまだ早い、シデリア。我々は君の知る通り、世界の外側の存在だ。アカランは死んだが、私はそれを『無かった事』にできる方法を知っている。選択するといい。フィリスに従いアカランの居ない世界で生き続けるか、私に従い君の親友を取り戻すか」
「アカランは……本当に死んだの?」
「ああ。死んだとも」
「あなたについていけば、アカランは生き返るの?」
「結果的にはそうなるだろうな。約束しよう」
悪魔だ、と思った。彼は私に選択させる気などないのだ。私がどれだけアカランに執着してきたか、アノンは知っている。
「……フィリスさん、ごめん。私、アカランが居ない世界なんて生きたくないよ」
フィリスの側を離れ、私はアノンの方へと歩いていく。
「待ってシデリア!」
フィリスの静止を無視する。悪はアノンで、正義がフィリス。フィリスについていけば、きっと私やこの世界の未来は確約される。しかしその世界に、私の大切な彼はいない。
「……ごめんね。私、悪い子みたい」
最善の方法は、私にとっての最善ではない。私はアノンの側で立ち止まる。これでいいと、私がそう判断した。アノンの手が私の頭に触れ、瞬間、私は意識を失った。私は死んだ。
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