File5-3 Ignorance

 その日、私は高熱に魘された。両親はそれをただの熱だと思い込んだが、私はその熱の正体を知っていた。


 得体の知れない知識が、頭の中に雪崩れ込んでくる。この時私は確信した。私は超能力者となったのだ。


「……」


 普通であれば、どのような能力を得られたかは使ってみるまで本人すらわからない。能力は発現しているが使い方がわからず、八十を過ぎてようやく自らの能力に気付いた例もある。死ぬまで知らなかった者もいるはずだ。自らの能力がすぐに認知できる類のものだった私は、かなり幸運と呼べるだろう。


「見える」


 その言葉は誰にも届かなかったが、それで良かった。

(……誰にも、教えないようにしないと)

 誰かにこの力を教えたが最後、私の未来は閉ざされてしまう。だから私は、私の能力を隠し続けた。




    ■    ■    ■




 数年の時が経った。両親は投獄され、最下層に堕とされた。……私は両親を止められなかった。否、私の移す未来に、両親と私が共に桃源郷に残るものがひとつも無かった。

 学校では常に一人だったが、別段苦しい事は無かった。犯罪者の娘だと私を忌む人もいたが、私はそのような人との関わりを避け続けているので特に問題は無い。未来視の力は余計な問題を引き起こさないので便利だ。


 気になっている少年がいる。彼は学校では常に二番手の成績で、何を考えているかわからないような、おとなしい少年だった。

「何してるの? アカラン」

 学校の昼休憩の時間、私は教室の隅で教科書を読んでいる彼に話しかけた。これから広がっている無数の可能性で、彼に話しかけることで良い方向に向かっていく選択肢が増える為だ。

(……えっ)

 そして彼を目の前にして、私は彼と共に過ごしている未来を改めて見た。彼は、私にとっての大切な人となり得るのだ。急に顔が赤くなったのを必死に隠そうとするが、アカランは私の所作などまるで気にしていなかった。

「シデリアさんだっけ。今は授業の反復だよ。それにほら、『君はこれから外に出る』」

 彼の言葉には重たい強制力のようなものがあったが、私には効かなかった。私の意思は常に未来を見ている為、現在を改変する力に抗うことができる……と、私は勝手に結論付けた。

「私には効かないよ、それ」

 彼の力は把握している。

「そうか」

「驚かないんだ」

「俺の力は半分くらいしか成功しないんだ。それよりもほら、試験が近いだろ? シデリアは大丈夫なのか?」

「問題ないよ。余裕」

 未来に配られる解答を写すだけ。

「流石は学年一位の天才だな。テストは常に満点、お前を妬む奴も多い。何かの能力で不正してるって声もある」

「私には能力なんてないよ。それに、能力の使用を禁じる法律は無いからね。千メートル走の世界記録は一秒を切ってる。これは認められた値だ」

「『能力は人間の標準的な機能。歩く事や話す事と同一視する』だったか」

「そう。能力を使った不正行為は不正行為じゃない。それがこの国の常識」

 狂った制度だ。


「次の試験、作問担当が変わるだろ? 点が落ちたらまた親に叱られるんだ」

「そう。でもアカランなら大丈夫だと思うよ」

「ははっ、人の心配はちゃんとするんだな」

「私の勘は当たるの。じゃあね」

 そう言い残し、私は彼と別れた。私には彼が次の試験で三位を大幅に引き離し二位になる未来が見えている。ついでに一位が私である未来も見えている。




    ■    ■    ■




 学校を主席で卒業し、私は最もこの能力が活かせる仕事、探偵業に就いた。

(最も活かせる……じゃないか、最も楽な仕事だ)

 未来を見て犯人を特定するだけ。動機も証拠も、未来が示してくれる。


「……あっそうだ。来週のレストランの予約をしておかなきゃ」


 私は来週、アカランと共に高級レストランでディナーを共にする。私が見ている未来で何度も確認するほどに、その食事会が待ち遠しい。私は事務所を飛び出した。

「シデリアさん? どちらへ?」

 部屋を出ると、今年から所属になった新人警官とすれ違う。

「もう一つの事件を調べにね。すぐに戻るよ」

「そうですか、よろしくお願いします」

 ちょろい。事件など、もう解決している。



    ■    ■    ■




 私はまだ営業が始まっていないレストランの扉をノックもせずに開けた。中にいるのは今日の料理の仕込みをしているアルバイト、エディア一人のみ。店長や他の従業員は各々が別の用事を済ませている。

「エディア、来たよ」

「なんだシデリアか。久しぶりだな」

「そうだね、二年ぶりくらい? 元気そうで何より」

 二年ぶりの再会だが、彼の容姿は変わっていなかった。相変わらず、料理人という立場が似合い過ぎている。

「で、何の用だ? この店に容疑でもかかったか?」

 彼は私が警察署で働いている事を知っている。

「店の予約。私は警察じゃないからそんなことしないよ」

 それに、この店が警察沙汰になる事はこの先三十年は無い。

「なんだ客じゃねえか。ビビらせるなよ」

 その後は適当に積もる話などをし、来週の予約をエディアに頼んだ。



「ああ、でもなシデリア。もっと嬉しい事もあるぞ」



「……あ」

 彼がその言葉を発して、私の未来にひとつの割り込みが発生した。……そして、その先の未来を見た。

「今夜、キャンセルが出るんだ」

「ご名答。どうする? 今夜にしておくか?」


 私には見えている。このままでは、私は見知らぬ二人に遭遇し、……そして殺される。その未来が確定しつつある。この状況を打破する唯一の方法は……。


「今日にするよ。予約入れといて」


 そうだ。あの二人は今日のあの席で食事をする。それを阻止すれば、何か変わるかもしれない。


 私がそう思って彼に言った直後の事だった。



 私は、未来が見えなくなった。




    ■    ■    ■




 私は部屋に戻り、ベッドにうつ伏せで倒れ込んだ。家に帰る事で事態が収束する事を期待していたが、私に変化は無い。


 見えない。見えない。見えない。


「どう、しよう……」


 何も見えないのだ。明日解決されるはずの事件も、来年の選別結果も、……そして、アカランと結ばれる未来さえも。何も見えない。何も、見えなくなってしまった。


「助けて……、助けてよ、誰か……」


 私は今までずっと、この力に依存して生きてきた。結局私は、この力が無いと何もできない。



 扉をノックする音がした。同時に、私の未来視がある一点を映し出す。決してそれは喜ばしい事ではなく、むしろ私に追い討ちをかけさらに突き落とすような残酷な未来だった。


(……私、どこで間違えちゃったのかな)


 優しいノックの音が、私を狂わせる。出てはいけない。出たらきっと、私が見ている予知通りの展開になる。そうは思っているのだが、私に選択肢は無い。私は予知に依存し過ぎた。予知に反して動くほうが、よほど恐ろしかったのだ。ここで私の人生を終わらせてくれる存在がいるというのであれば、寧ろそれは願っても無いことだとさえ思えてくる。私は私の生を手放すほどに追い込まれているのだ。……そして私は、縋るように玄関の扉に手をかけた。扉の前の二人が私を消してくれると期待し、そのドアノブを回し、前に突き出した。



「初めまして、なの」



 そこにいたのは、私が予知した彼らではなかった。一人の少女が、私の前に立っていた。


「フィリス……?」


 私は彼女を知っている。

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