File5-2 Addled
超能力は先天的に植え付けられているとされているが、その力に目覚めるのは生まれてから少し経ってからだ。私の力が発現したのは、私が九歳のときだった。超能力者がその力に目覚めるとき、決まって数日に渡る高熱を発症する。私も例外なく発熱したが、私に能力があるかどうかは保留となった。
私は私の能力を知ると同時に、見てしまったのだ。私が誰かに私の未来視の力を告げたが最後、私は充分な生活を送る事ができなくなる。希少過ぎるその力は国に使われ、どう足掻いても私に幸せな未来は訪れなかった。
その地獄を回避する方法はたったひとつ。誰にもこの力を教えないこと。私は能力を持っていないと隠し続けた。……そして、両親を救えなかった。
私の力と引き換えに両親を冤罪から守るか、私の力を言わずに何もしないか。できる限りの努力をしたが、両親を救う方法は私を堕とす他に存在しなかった。私は私を選んだ。
両親は正義という言葉を具現化したような人間だった。正しい行いを続け、私に対しても正しくあれと説いてきた。
投獄されるその日まで、両親はありもしない正義に縋っていた。正しく審判され、冤罪であることが認められると信じて疑わなかった。……その結果がこれだ。両親は私を残して最下層へと堕ちた。ありもしない正義に浸っていた両親は嫌いになった。
私はしばらく独りでいたが、私が能力を教えても影響がない人間が一人だけ存在した。それどころか、あろうことか彼は私の能力を決して他の人に口外しない。私は彼を好いてしまった。
それが、アカランだった。
■ ■ ■
私の事務所は家から徒歩数分にある警察署の二階だ。あまり署内に居る事はない為、事務所というよりかは倉庫としての役割の方が大きいが。
「お疲れ様です、シデリアさん」
「あーうん、おつかれ」
署内に入った直後、私は警察の一人に話しかけられる。去年からここに勤務する事になった新人だ。彼との間に上下関係は無いが、彼は事件を次々と解決してしまう私をかなり慕っている。
「今日も調査ですか?」
「北区の強盗事件をちょっとね。材料は揃って犯人も特定したから、休憩終わったら署長呼んどいて」
「流石ですね。では後はお任せください」
彼と別れ、私は私の事務所に入った。
嘘だ。私は先程まで役所の屋上でサボっていた。強盗事件の調査などは一切していない。
「えっと……犯人は北区四地に住むトニア=エラ、二十六歳。盗んだものは財布がひとつで、目的は財布の中の鍵。証拠は彼の家の二階で、日が沈むまでに家宅捜査をすれば財布からは何も抜き取られない。こんなところかな」
私の未来から情報を引き出す。他にも色々あるが、今はこれだけでいい。
ノックの音がした。署長がやってきたのだ。
「さて、仕事の時間だ」
■ ■ ■
事件は無事に解決した。犯人の自宅に隠してあった財布を警察が見つけた途端、犯人は全てを白状した。目的は財布の中の鍵だったり、その鍵は職場の金庫のものだったり、色々証言はしていたが私の仕事ではない。それにどうでもいい。
私は事務所に戻ると、机の上に纏められた報告書に目がいった。
瞬間移動、完全な記憶の保持、そして脳内の文字を紙に写す力。警察の中にも優秀な力を持つ人間は複数いる。それらの人物たちのお陰で、私が事務所に戻る頃には事件の報告書が完成され、そのコピーが私の机の上に置かれている。何度も見たとはいえ、超能力は便利だ。
「……ま、この報告書も見ないんだけど」
内容は一字一句言える。今更開く必要もないだろう。私は報告書をゴミ箱に捨てた。この事件が掘り起こされる事は一生訪れない。
これで、今日の仕事は終わり。楽な仕事だ。本当は事務所で客を待つ必要があるのだが、今日は事務所に居ても新たな事件は飛び込んで来ない事を知っている。私は帰る支度をした。
「……あっそうだ。来週のレストランの予約をしておかなきゃ」
今日中に予約をしないと、私の望む時間が選べなくなってしまう。私は急いで事務所を飛び出した。
「シデリアさん? どちらへ?」
「もう一つの事件を調べにね。すぐに戻るよ」
「そうですか、よろしくお願いします」
最適な理由も、私の未来視がでっちあげてくれる。
■ ■ ■
「エディア、来たよ」
私は外からでもその風格を感じられる高級そうなレストランに足を運んでいた。ここの従業員である体格の良い青年、エディアとは学生時代の友人だ。
「なんだシデリアか。久しぶりだな」
「そうだね、二年ぶりくらい? 元気そうで何より」
エディアは物の温度を可視化できる能力を持つ。彼はその力を使い、一流料理店のアルバイトをしているのだ。料理人としての風格があり過ぎてたまに店長やプロのシェフと誤認される事もあるが、案外その通りなのかもしれない。彼の料理は一流と呼んでもいいほどに美味らしいのだ。
現在は午後二時半。このレストランは夜に開店する為、今は客が居ない。
「で、何の用だ? この店に容疑でもかかったか?」
「店の予約。私は警察じゃないからそんなことしないよ」
「なんだ客じゃねえか。ビビらせるなよ」
そうとは言うが、客が居ないのでもはや客として来る以上の事をしている。
「それで、最近アカランとはどうなんだ?」
「いきなり人の恋愛事情を聞く奴がいるか。だからクリテセに振られたんだよ」
「そりゃ悪かったよ。そんで、そのアカランは元気か? あいつまだ下水道の掃除してるんだろ?」
「元気だし健康だよ。アカランは私もびっくりするくらい丈夫なんだよ。それにアカランとの仲は大丈夫だよ。ここの予約も二人分だし」
ごく普通の話だ。私はこういった時間を大切にしている。
「ところで、予約っていつだ?」
「アカランには今夜って言っちゃったけど、無理だよね。来週の土曜日、七時から。席は一番奥の窓際が空いてるといいな」
一番人気な席で、夕方以降にこの席を取ろうとすれば一ヶ月ほど待たなくてはいけないのだが、私はその日に席が空いている事を知っている。
「ああ、あの席か。……よく知ってるな、次の土曜日が空いてるの」
「空いてるんだ。嬉しい偶然だね」
白々しく返す。
「ああ、でもなシデリア。もっと嬉しい事もあるぞ」
「……はい?」
彼の発言に、私は耳を疑った。何気ない会話のはずなのに、私は恐怖さえ覚えてしまった。
彼はその言葉を発さないはずだった。
「今夜キャンセルが出た。今日予約できるが、どうする?」
「……嘘」
本来であれば喜ばしい報告であるはずなのだが、私にとっては違う。万全の、私の全てとも呼べるこの未来を見る力が、今日の事態を見通せなかった。
「あ、……ええ、と、来週でいいよ。今日はやめとく」
「そうか。それじゃ来週、楽しみにしてるぞ」
■ ■ ■
私は自宅へ帰るとすぐにベッドにうつ伏せになった。絶対的に信頼していたものに裏切られた絶望は計り知れない。
衝動でレストランの予約を今日にしなかった事は英断だった。私の未来視には今日レストランに行く未来は映っていない。仮に今日予約をしていたら……私はきっと、未知という重圧に潰れていた。
「……何かがおかしい」
今日の予約をキャンセルしたという人物について調べるべきだろうか。……無理だ。私の未来視にはそんな未来は映っていない。それでも、私は気になってしまうのだ。
「……七時」
夜の七時に外に出る自分をイメージする。私の脳内にレストラン前まで歩く私の姿が映る。
「……やっぱり」
そこから先は、わからない。未来が全く見えないのだ。
見えないのは未来全てではなく、私がレストラン前に行き帰るまでの間の事。その先は映っている。
確認しなくてはならない。私は万全の状態を整えるために、仮眠をとった。震えている私を少しでも落ち着かせる意図もあった。
■ ■ ■
夜七時。私は外へ出て街を歩く。私の未来視は何も映さない。恐怖でしかなかった。目を瞑って歩いているようなものだ。
(……これが、『普通』なんだよね)
未来が見えない普通の人間と同等ではあるが、未来視を当たり前に利用している私にとって未知の世界は怖すぎた。
「ついた」
レストランの裏手から、店の中をこっそり見る。予約が入っていない奥の席に、二人の客が座っていた。
片方は人形のように可愛らしい、茶髪で白の薄着姿の少女。そして彼女が楽しそうに会話をしている相手は、長身で黒衣の男性。親子だろうか。
「……知らない」
私はあらゆる未来の可能性を脳内に展開する。数年、数十年後の未来で、あらゆる選択肢を取った先の無数の可能性を、全て閲覧する。
「……っ、はぁ……」
脳に強い負荷がかかるが、それでも続ける。何千、何万、何億、何兆。限りなく無限に近い有限個の分岐を細部まで調べ尽くす。
「……もう、すこし……!!」
そしてなんとか、脳が限界を迎える前に処理を終えた。
「居ない……?」
直接相対する記憶だけではない。未来の視界の隅々まで、ありとあらゆる人間を検索した。……その中で、二人を見る事は一切無かった。
私は再び二人の方を注視する。
「っ!?」
男はこちらを正確に捉えていた。私が彼を見た瞬間、彼と目が合った。
――まずい。
私は一目散に逃げ出した。行き先は未来視が機能を再開する自宅。私は無我夢中で駆けた。
■ ■ ■
無事に家の中に入った。脳内に未来を映してみるが、決まった未来には辿り着けたようだ。
(この後は八時二十六分にアカランが訪ねてくる。彼と軽く会話をしてからレストランの予約を取った事を伝えて、彼が西区で買ってきた土産を受け取る。そしたらアカランとは別れて、夕飯を食べてシャワーを浴びて寝る。うん。完璧に映ってる)
安堵した。夢であってほしいと願っているが、今が現実であることは私が一番良くわかっている。
――玄関の扉を叩く音が聞こえた。私の安息は、一瞬で破られた。
「……!!!」
声にならない悲鳴を上げる。アカランはまだ来ない。となると、今扉の向こうにいる者は……。
再び、扉が叩かれる。向こうは決して焦っていない。出なければ別にそれでいいとでも言うように、扉を叩く音は均一で弱々しい。だからこそ、不気味なのだ。私を陥れる為の邂逅ではないように感じるが、それでも恐怖が優っている。
何分経っただろうか。私は意を決して立ち上がった。扉の向こうに広がる未知へと、震える足を一歩ずつ踏み締めた。そうして、私は玄関の扉を開けた。
二人の人間がいた。先程レストランの例の席に座っていた、大人の男と少女だった。
「……何の、用、ですか」
彼らは私が映す未来に存在していない。私が観測できるあらゆる未来に、この二人の姿は無いのだ。そこまで無関係な人間が、わざわざ私の目の前に現れた。
確信した。私の未来視が狂った原因は彼らで間違いない。
男が少しだけ、頭を下げた。
「あらゆる可能性を見通せる君は『未知』を感じた事が無いのだろう。我々という未知は君にとって劇薬になってしまった。その点は謝罪しよう」
彼らはアカランにしか話したことのない私の秘密を知っていた。
「初めまして、シデリア。私はアノン。そして彼女がアディだ。本来であれば直接君に会う必要は無いのだが、その場合は我々が世界を掻き回して君を壊してしまうだろう。我々は我々という例外がある事を、君に認知して欲しいだけなのだ」
私は何も言えなかった。彼らは何? 何故私の未来視に映っていないの? 何かの能力?
「君が我々を知らない理由は単純だ。我々はこの世界の外からやってきたのだから」
「安心していいよ。私たちはシデリアさんの味方。あなたを導くために来たの」
少女がそう言ったが、私は彼らが怖かった。
「まだ信用できてないみたいだな」
「当然だよ、アノン。私たちが来なかったらシデリアさんは全てが上手くいってたんだよ?」
「ああ、だがそれは望まれない」
「そうだね。この世界の為にシデリアさんには力を失って貰わないといけないから」
失う?
「超能力って、なくなるの?」
単純な疑問だった。
「通常であれば、不可能だ」
アノンがすぐに返答した。
「アディは他人の力を奪うことができるが、それは後天的に得たものに限る。超能力は先天的に君たちの遺伝子に組み込まれているものだ。アディでは君の力は奪えない」
「ねえアノン、私それ初めて聞いた」
「そうか。なら今知っておくといい」
私を除いて会話が続いていく。まるで彼らにとって、私がどうでもいいものであるかのように。
「ああそうだ。君の力は未来視ではない」
ようやく私に向かって話したと思ったら、彼は突拍子もないことを言った。
「……はい?」
「そもそも未来を確定させるなど、この世界のシステムでは不可能だ。せいぜい未来を自分から確定させるくらいで、無数に分岐する未来から任意に選べる力など、この世界の仕様に反する」
アディが、空中から鋏の片側を模した紫の細剣を取り出す。それは明らかに、私を害する為のもの。
「世界の上に立つ我々からの贈り物だ。自身の能力を認識し、せいぜい答えまで辿り着くといい」
アディが剣を軽く振った。その切っ先は私へと迫り……、
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