File4-0 遺却

 何もない真っ黒な空間に、白い椅子が一つ。一人の少女が椅子に座っており、アノンはそれに向き合うように立っている。この空間にいるのは、その二人だけ。

 少女は白を体現したような様相だった。短く切った銀髪と、オフショルダーの服に短めのスカート。また、彼女の周囲には白い立方体がひとつ、浮かんでいた。

 彼女以外の黒が、彼女の白を強調している。


「キミがこの空間に来るのは久しぶりだね、アノン。大変な事になっているみたいでなによりだよ。まさかアディに見限られるなんてね」

「そういうフェムトも、だいぶ生意気になったようだな。ここは君の為の場所ではないが」


 彼女はフェムト。元十七席の七番目であり、アディの代が変わるたびにわざわざアディたちに会いに来る、元十七席の中でもとびきりの異常者だ。

「それで、キミはフィリスにも頼んだんだろ? まさかボクにまであの子を止めろって言うんじゃないだろうね」

「言うさ。君はアディを止める事に反対しない。仮に君が手を貸してくれないとわかっているならば、今頃私は強制的に君を使役していた」

「……よくわかってるね。その通りだよ。ただ……ボクのノクノトは戦闘の為の道具にしかなり得ない。キミの力にはなれないよ」

「それに興味は無い。今は、君の『遺却』の力を借りたい」

 遺却。それはフェムトの持つ権能の名前だ。

「ボクについて来いって?」

「早かれ遅かれ、どうせ来るつもりだっただろう」

「……いいよ、アディに会って、全て忘れさせてあげる。ただ……少しだけ、ここに居てもいいかな。観測の途中なんだ」

「ああ、構わない。今頃アディはフィリスから世界の真相を聞いている頃だろう。知を無に帰すのは、君の能力が一番安定している」

「ボクが一番都合が良かったんだ。でもねアノン、気をつけた方がいいよ。世界は常にキミを中心に回っている訳じゃない」

「君が私に意見か。変わったな」

「キミを嫌っているボクがわざわざ言っているんだ。その理由も考えて欲しいね。……で、どこまで消して欲しい?」

「フィリスに関する記憶だけでいい」

「それくらいなら簡単だよ。もっと細かい事を要求してくると思った。んで、報酬は?」

「成り行きだが、第十二席を始末した」

「それ、今回の件とは関係ないよね。でもまあ、あの時計頭が死んでくれたのは嬉しいし今回はその充分過ぎる前払いで動いてあげるよ」


 フェムトが、椅子から立ち上がった。


「観測が終わった。出発しようか。この後は『侵食』クンにも呼ばれてるんだ。なるべく早く済ませておこう」




    ■    ■    ■




 計画通り、アディはフィリスの記憶を失った。アノンとアディは次の世界へと旅立った。


 誰も居ない空間で、フェムトはひとり、笑いを堪えていた。


「安心しなよアディ。キミはすぐに思い出すさ。何せ、キミの中にはあの悪魔がいるんだから。……言っただろう? アノン。ボクも君が嫌いだ」

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