File4-2 再会
幾つ、世界を壊しただろう。数える事はやめたが、それでも私の中の黒い淀みが無くなる事はない。私は未だ、私の感情を制御できずに世界を壊して回っている。
自暴自棄になっている、と自覚しているつもりではある。今の私は壊れてしまっていて、ただ笑いながら世界を壊していく災害に過ぎない存在であると、自らを客観的に捉えることはできるがそれだけだ。私は私を鎮める方法を知らない。
私は悪か。その問いかけには、一概に是であるとは言い難い。普通の人間からすれば烏滸がましさを感じるだろうが、今の私は、私の愚行を悪だと断言する事ができないのだ。
私の行いは開けなくなった本を燃やして処理するようなものだ。薄々と気付いてはいた。私が巡っている世界は全て物語のようなもので、住人は物語の登場人物でしかない。作り物の世界だ。消す事になんの躊躇がいるだろうか。
……それも、自らを正当化しようとしている屁理屈である事に違いないのもまた、重々承知している。
私は周囲を見渡した。ここは私が初めて見るタイプの世界だった。
ビル。信号機。電車。自動車。初めて見るものだらけのはずなのに、知識はある。だから私は、ここが日本の東京という都市を模している世界だという事を知っている。そして何故だか、このタイプの世界は何か特別なものであるような気がしてならなかった。他の世界と比べて、明らかに情報量が多い。
ふと、空気が変わった。ビルの一角が爆発し、崩れて落ちた。異常な出来事だが、私の関心はビルの爆発には向いていなかった。
まるで爆発を想定していたかのように、人々は発生源から逃げ始めたのだ。
異常が起これば、人は逃げる。それは当然の摂理なのだが、……気持ち悪い程に、逃げる人間たちの行動は統率がとれている。誰一人として戸惑う人間はおらず、一直線に逃げていく。
やがて壊れたビルの隙間から、巨大な生命体が姿を現した。ビルの二十階程度の高さだ。
「……へえ」
怪人と、この世界では言うらしい。姿形はさまざまだが、私の前にいるそれはふたつの顔、四本の腕を持ち、まるで菩薩のようだった。その色は黒く、神聖なものとはかけ離れているが。その巨大な菩薩は崇高な理由があり町を破壊しているのだが、そんなこと、私にとってはどうでもいい。
――あれを倒すのは、私の役割ではない。
あの怪人には、対となる存在がいる。それらに任せれば、それで良い。
誰も居なくなった町の中心、一番の特等席で、その闘いを傍観しようとする。きっと私は、戦いに飢えているのだろう。見る事もする事も好む。私は争いを望んでいるのだ。
「……おかしいね。前まではそんなことなかったのに」
私が力を得たから驕っているだけなのか、それとも元々私はそういう性格だったのか。……どうでもいい。
しかし、いつまで経っても戦闘が行われる気配は無かった。
「……どうしたの?」
怪人は町を破壊する素振りは見せているものの、最初に被害に遭った場所以外は大した被害になっていない。……むしろ、無傷だ。
まるで誰かを待っているように、怪人はその場に留まり続けている。
「あー、そっか」
全てとは言わないが、私は理解した。
「アレを倒す人が居ないんだ。あそこで戦闘が始まる事がこの世界のシナリオだから、その人が現れるまではあの怪人は動けないんだ」
行動可能範囲、という単語をかつてアノンは言っていた。明確なシナリオが存在する世界では、世界にとって重要な生命は定められた位置からは移動できないのだ。
私は行動可能範囲から無理矢理移動しようとした存在を知っている。私の居た世界にいた魔王とその側近。彼らが範囲を越えたときに起きたペナルティは、言うまでもない。あの怪人もまた、あの場所から動けば負荷が掛かってしまうのだ。そもそもあの怪人にはあそこから移動する動機など無いが。
やがて怪人はゆっくりと頭を下げ、地中に消えていった。それと同時に、そこらじゅうから逃げていたはずの人間が現れた。壊れた建物も、ゆっくりと元に戻っていく。……しかしそれに気付く人間はいない。まるで怪人が現れた事など忘れ去られたかのように、人々の生活は元に戻っていた。
「……気持ち悪い」
世界の矛盾が気持ち悪い。それに気づかない町の人々が気持ち悪い。……そして私だけが世界の本当の姿を見ている事が、何よりも気持ち悪い。
「あれを倒す人がいないから、この世界は停滞してるんだ。じゃあ私が倒しちゃえば……」
そこまで言って、私は言葉が止まった。
「……"代行"って、そういう事?」
救済代行屋と名乗っていたが、なぜ代行なのか。私はその理由に辿り着いたような気がした。
「人の代わりをやってるんだ」
現れなくなった英雄の代わりに、魔王を討伐する。先に進めない人間の代わりに、観測塔を奪還する。優柔不断な魔王の代わりに、人間を滅ぼす。そうだ。私はいつだって、誰かの代わりをやっていた。
「……だから、何?」
そう。代行が表す意味を勝手に解釈し、例えそれが正しかったとして、だから何なのだ。
「さて、これからどうしようか」
私が次に起こすべき行動を考えていた最中、突如として空が暗くなった。一瞬で夜が訪れ、地面が振動する。周囲にいた人々は慌てふためき、再び散り散りになる。
「はあ、やっぱり気持ち悪い」
怪人は現れていないが、逃げ行く人々はある一点から遠ざかるように走っている。まるでどこから出現するのかわかっているかのように。
「こんなに短い間隔で出てくるものなんだね」
先程の怪人が地に消えてから、十分と経っていない。それでもそういうものだと納得し、私は発生源を探した。
大きな公園だった。遊具の類は無いが、草原が広がっている。
地面から、巨大な二つの鋏が顔を出した。そして間もなく、本体が地上に現れる。
まるで機械の蟹のような怪人だった。
「いや、もはや人じゃないじゃん、それ」
先程の菩薩よりも人間味が無い。
「……
私は私に制限をかける。遊びたくなったのだ。
「救ってあげるよ。それが私の役割なんでしょ」
蟹は私を認知すると、機械音のような雄叫びを上げた。完全に私を敵と認識している。
「さて、少しは私を楽しませてくれるかな」
世界は娯楽だ。私の欲を満たす為の道具だ。そして私は、細剣を手に取った。
いっそこのまま、世界ごと切ってしまおうか。頭の中にその考えが浮かんだが、否定する。それはよくない。
「……どうして、『良くない』なんて思ったんだろ、私」
世界はいつか壊れるものなのだ。今壊れる事に何の理由もない。
「……違う」
私が世界を壊す事を、私のどこかで否定し続けている。背反する感情の隆起が激しい。
「……いつ、終わるのかな」
ぽつりと、呟いた。その自分の言葉で、私はかつての私を思い出したような気がした。
「そっか」
――そうだ。私はずっと、救いを求めていた。
剣に力を込めると、剣と同じ紫色の光が剣から伸びる。
「……とめて。私を」
細剣を両手で持ち、上に構える。声と行動が一致しない。
「誰か……私を止めてよ!!!」
力の限り叫びながら、私は剣を振り下ろした。
■ ■ ■
「なんとか間に合ったの」
聞いた事のある声がした。私の剣は蟹の怪人の前に現れた巨大な白い壁に阻まれていた。
「……どう、して」
そこにいたのは、別の世界で会った事のある人間。アノンが観測者と呼ぶ、世界を終わらせる役割を持った存在。特徴のない事が特徴とも言える、異質な女性。
「……フィリス、さん?」
彼女が指を鳴らすと、白い壁が小さくなっていき、一辺二十センチメートル程の白い立方体になった。
彼女の存在についてもだが、それ以上に私の一撃を止めた事に対して、私は驚いた。
「ひとまず、あれは止めておくの」
フィリスが立方体を軽く突くと、その一面から小型の立方体が無数に飛び、蟹型の怪人の周りを浮遊し始める。
「よろしく」
フィリスの号令で、無数の立方体は全て蟹の手足を貫通する弾丸となった。蟹は動きを止めた。……倒してはいないが、撤退する気配もない。
「フィリスさん……、どうしてここにいるの」
私は彼女に質問する。しかし彼女の返答は、私の予想していたものではなかった。
「はじめましてなの、アディ。私はフィリス=シャトレ。この世界の観測と破棄を担当しているの」
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