File3-6 全てを理解し、歓喜した
蹂躙が始まった。英雄の欠けたこの国には、滅び以外の道は無かった。街も人も、余さず蹴散らす。魔族の進軍の後には、何も残らない。
阿鼻叫喚の地獄絵図を前に、……私は、落ち着いていた。
この結末は変えられないのだ。仮に私が魔族の侵攻を完全に止めてしまえば、……アノンはきっと、別の方法で人間を処分する。そしてその手段として挙げられるものもまた、容易に想像がつく。それはアノン自らの手で制裁する事。どちらにせよ、この国の終焉は確定していた。
「仕方ない。……うん、仕方ない事なの」
終焉、ではない。この世界は魔族の為の世界なのだ。人間を狩り尽くす行為は決して終末ではなく栄光であり、……そしてアノンは言わなかったが、きっとそれがこの世界のシナリオなのだ。
歪んだ世界を、無理矢理納得しなくてはいけない。それが私たち、救済代行屋の役割なのだから。
「……私って、何なのかな」
自問する。自答はしない。きっと私一人では答えなど出ないのだろう。
「アノン」
その名を呼ぶ。しかしアノンは私の前には現れない。
「……まあ、いいか」
私は魔族が蹂躙した後の都市を、まるで観光でもするかのように巡り始めた。
■ ■ ■
書店は荒らされ、燃えている。フランシスカが私に薦めた本が目に入った。……それは真っ二つに千切れていた。私はその本の残骸を拾い上げた。
雑貨屋に置いてある妖精を模したぬいぐるみはそのままの姿だった。それだけが無事だった。私はそれを拾い上げ、虚空に落とした。このぬいぐるみは、この世界の形見だ。
公園には多くの死体が転がっていた。子供から大人まで。私と話した事のある子供もいた。……全員が、死んでいる。
「あ……ああ……」
嗚咽。
「……だ、め、……だよ。やっぱり、……悔しいよ、アノン」
思い出は決して溢れる程ある訳ではなかったが、それでもこの国での出来事は大切なものだ。失って、ようやく思い出す。
「……私、大切にしてたんだよ。どんな小さな事も。ちゃんと覚えていようって。……でもね、私が全部を覚えたいのは、消えるからじゃないの。……そんな悲しい理由じゃ、ないのに……」
この国が生きていた頃の景色を覚えているのは、私だけ。……それはとても、悲しい事だった。
「……私の意味って、何?」
再びの自問。答えは無い。
「何の為に、こんな事をしてるの……?」
アノンであれば、私の疑問に答えてくれるだろうか。
「どうせ世界が壊れるなら、いっそ……」
いっそ?
そう、一瞬だけ思った私は私の思考を疑った。……そして、肯定した。納得もした。
「……そう、そうだったんだね」
私の中で、全てが繋がる。
「……ははっ」
そうして、私は私の結論を導き出した。
――いっそ、初めから壊してしまえばよかったんだ。
自然と笑いが込み上げてきた。こんなにも愉快で、こんなにも、気持ち悪い。それでも私は笑った。狂ったように笑った。どうしようもないこの世界を、嗤った。
「あははっ、だから"救済代行屋"なんだ! いずれ停滞し静かに狂っていく世界を、私たちが先に壊して永遠という望まぬ苦痛から"救済"する! なんだ! こんなに簡単だったんだ! 何をもって救ったことになるのか、ずっとわからなかった! ……でも今ならわかるよ、アノン!」
おかしい。楽しい。間違ってる。嬉しい。許さない。愉快。どうでもいい。悲しい。気持ち悪い。あらゆる感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、私はどんどん狂っていく。
狂った感情を無理矢理整理する。……否。その感情は、私の内にある不明な力により勝手に整理される。私はすぐに正常に戻った。
「……次は、もっと上手くやるよ」
私は銃を取り出して、真上に撃った。弾丸は途中で弾け、紫の光が私を包む。
「……じゃあね、アノン。私、あなたのこと大っ嫌い!」
そうして私のみが、次の世界へ渡った。
■ ■ ■
『人類にとっての唯一の希望は、盤外からの制裁により砕かれた』
一人残された世界で、アノンは終焉を紡ぐ。
『最強の障壁が取り除かれた魔族は決起し、全世界への進軍を開始する』
アノンが言葉を選ぶたび、世界は少しずつ、しかし目に見える速度で狂っていく。世界の外側から、段々と無が迫ってくる。
『そして無事、世界から人間は取り除かれた。世界は存続する条件を失った』
虚無が世界を覆い尽くす。
『以上をもって、世界の幕引きとしよう』
そうして、世界は畳まれた。
「さてフィリス。君が私に押し付けた役割は滞りなく終わらせた。では、今度はこちらの要望を君に叶えて貰うとしよう。反抗期の娘を改心させるだけの、君にとって簡単な役割だ」
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