File3-1 討つべきは魔に非ず

 アノンと私は要塞の最深部に侵入し、そこに鎮座されている淡く輝く結晶を砕いた。

「これでいいんだよね、アノン」

「ああ。これでこの要塞の防衛機能は全て失われた。後はこの世界の人間が勝手に突破してくれるだろう」

「ちょっと手伝ってく?」

「結果に変化は無い」

「じゃあ、いっか」

 私は虚空から銃を取り出し、上に向けて撃つ。天井に着弾する前に弾は動きを止め、紫色の光が私たちを包んだ。

「さようなら、みんな。頑張って」

 深い思い入れがある訳ではないが、渡されたは全ての世界での出会いを大切にしている。名前もない人たちだが、それでも少しでも覚えておきたい。そう願っている。




    ■    ■    ■




 そうして訪れた、次の世界。魔王がいて、その部下と思われる者も大勢いる。私が降り立った場所は、異形の化け物だらけだった。

「これ、もしかしてまずいやつ?」

 私はアノンに質問するが、アノンは全く動じていない。……というより、先程の軽い会話の後からアノンは黙ったままだ。

「うーん、みんな私に敵意はあるのに、何か変だな。えっと、とりあえず挨拶? はじめまして。私はアディで、この大きいのがアノン。よろしくね」


 私の自己紹介の後再び訪れようとした静寂は、白衣を着た蜘蛛の怪物によって消えた。

「不死兵、奴等を殺せ」

「待てフールクト!」

「奴等は危険だ。すぐに処理する」

 魔王が止めるが、蜘蛛はそれを無視した。

 怪物が命じると、彼の後ろにいた、様々な種族の骨を繋ぎ合わせたような一匹の異形が動き出した。高速で私へと跳躍し、腕に生えた刃を模した骨が私に襲い掛かる。


 敵の一撃を、私は正面から左手で受けた。当然、その刃は通らない。

「私は許すよ。私には余裕があるから」

 刃を軽く握ると、それは塵になって消えた。そのまま骨の異形の腕に相当する部分を掴む。異形は必死に抵抗しているが、全く動かない。

「アノン、これって私が壊しちゃってもいいやつ?」

「不死兵だ。名前と見た目の通り、ソレに生命は宿っていない」

 アノンは私の質問の意図を完全に汲んでいた。仮にこれが生きている生命体だったら、私は決してこれを壊す事は無かっただろう。

「良かった。全く罪悪感があるってわけじゃないけど、ちょっとは私の力も知っておいて貰いたいからね」

 私は掴んでいる骨を強く握った。その途端、不死兵は全身を砕かれたかのようにバラバラになった。残骸が、地面に転がった。


「私の不死兵が、一撃で……??」

 よくやく、蜘蛛の怪物だけでなくここにいる全ての魔物が畏怖を感じ始めた。

「グレーグ、あいつのレベルは幾つだ」

 蜘蛛の怪物が、恐る恐る大男に尋ねる。

「見る」

 鎧越しにもわかるくらいに、グレーグと呼ばれた巨体の目が光った。……そして、グレーグが動きを止めた。

「馬鹿、な」

 鎧の下の表情は見えないが、まるであり得ないものでも見たかのように動けなくなってしまっている。

「グレーグ、どうした。しっかりしろ」

「その、女、……勝てない。レベル、おかしい」

 巨人の声が震えている。

「そういえば君は制約を無視した解析スキルを扱えるんだったな」

 アノンが思い出したかのように呟く。

「桁、わからない。多い」

「ああ、二十一桁だ。レベルは六垓といったところだろう」

 アノンが認めたくない事実を発する。その瞬間、周囲の怪物たちの目が一瞬で変わった。誰もが畏怖の対象としてしか私を見る事ができない。彼のその言葉を出鱈目だと一蹴する者が居ないという事から、グレーグの人望が伺える。

「ねえアノン、どうするの? 私戦おうとしてないんだけど」

 実際、この世界を訪れてから私は一度も攻撃の意思を見せていない。異形たちがグレーグの言葉を聞いた後は、ただ視線を合わせるだけで、彼らは死を覚悟するように蹲ってしまう。

「敵意の無い事を示すのには慣れていない。アディ、君の対応に期待しよう」

「意地悪」

 誰もが天災を目の当たりに、狂気に呑まれそうになっている。しかし唯一、魔王だけが抵抗しようとしていた。あからさまに冷静さを保つのに必死なのだが。

「グレーグ。……奴のスキルを見たか」

 魔王の言葉で鎧の巨漢が我に帰り、再び解析を行使する。

「ひとつ、だけ。アディシェスの呪い」

 グレーグの呟いたその単語を、私は聞いた事がなかった。アディシェスの呪い。私の名を冠するそれが、私の持っているものの正体なのだろう。

(呪い……? アノンに聞いておこう。)


「グレーグ、あの男の解析も頼む」

「了解、した」

 グレーグは魔王に言われるまま、アノンのステータスも解析した。

「」

 何も言わず、突然グレーグが倒れた。

「グレーグ?」

 魔王が彼を呼ぶが、返事が無い。代わりに、アノンが自ら解説した。

「死んではいない。その巨漢は私のステータスを見て、あまりの処理の多さに脳が耐えきれなくなっているだけだ。明日にでも起きる」

 世界が壊れる程の存在である私を更に越える化け物だと周知された。もう何度目かもわからない恐怖。小さな魔族の中には逃げ出してしまうものもいた。

「ああそうだ、忘れるところだった。アディ、我々がこの場所に転移したという事がどういう事かわかるだろうか」

「え? いや、さっぱり……」

「本当か?」

 アノンに強く言われ、私は言葉を中断する。私は、アノンの質問の答えを知っているのだ。

「……わかってる。この人たちは停滞から救う為に倒すべき敵じゃない。私は彼らの手助けをすればいいんだね」

「ああ。そしてそれはつまり」

「大丈夫、わかってるよ」


 彼らの敵、つまり人間と戦えという事だ。

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