C3 灰が降り止まない

File3-0 厄災は訪れた

「……では、北の防衛にはメルを向かわせよう。戻ってきたばかりだが、頼めるな」

 大陸中央の魔族領、その中心に聳え立つ城の薄暗い大広間で、異形の怪物たちが会議を進めている。

「お任せを、魔王様」

 メルと呼ばれた、比較的人間の女性に近い形をした怪物が、玉座に座する角の生えた異形である魔王に返事をする。メルは人の形に近いとはいえ、腕を四本生やしている。

「少し、フールクトの不死兵を拝借してもよろしくて?」

 白衣を着た蜘蛛型の化物に質問する。

「構わない。幾ら欲しい」

 蜘蛛は流暢に人間の言語で返事をした。

「そうですね。……五匹で問題ないわ」

「確かに私の不死兵はレベル八十前後で、単体ですら人間の軍を相手にできる程だが……、北人の技術を侮るな。百は持っていけ。数はある」

「フールクト、過度に慎重なのは相変わらずね」

「慢心はお前を殺すぞ」

「気に留めておくわ。じゃあ遠慮なく百匹貰うわね。同時に投入して虐殺でも始めようかしら」

 適当に会話を終わらせ、メルはその場から立ち去った。


「メルのレベルは上限の百。四天王最強の戦闘力を誇る。不死兵も人間相手では単体で脅威となるだろうがメル一人でも充分殲滅可能だろう。しばらくは北は安泰だな」

 魔王が指先を少し動かすと、空中に地図が投影される。

「東の山脈を越えてくる輩は居ない。西からの侵攻はメルが殲滅させたばかり。グレーグ、南はどうなっている」

 異形の中のひとり、全身を黒い鎧に覆われた四メートル程の巨漢に向けて魔王が問う。

「問題、ない。我が眷属、八魔将、全員、南、いる」

「人間の様子はどうだ」

「人、動く、報告、まだ、ない」

「ふむ……」

 魔王は何か悩んでいる様子だった。そしてここにいる誰しもが、その理由を知っている。

「やはり、先日の事ですか」

 フールクトが魔王に尋ねた。

「ああ。あの人間の女……」

 先日、強固な守りを敷いているはずの魔王領に人間が入り込む事件が起きた。誰も領地への侵入に気付けず、しかもあろうことか魔王城の最奥まで侵入を許してしまった。玉座の間へ侵入するまで、誰一人として存在に気づかなかったのだ。




    ■    ■    ■




 数日前。


 玉座の前に、一人の人間の女性が急に現れた。そこに居合わせていたのは魔王を除けば四天王の一人、巨人のグレーグのみ。

「あ、まず最初に。あんまし意味がないから私のことは殺さないで欲しいの。えっと……、警告? じゃなかった。ちがうの。多分お知らせなの。もうすぐでここにふたりの人が来るから、彼らと仲良くして欲しいの。それじゃあ私は失礼するの」

「待て」

 魔王が彼女を静止させる。入り口には既に大量の骸骨兵が守りを固めている。

「手際がいいなの。はぁ」

「生かして返すと思うか? 人間」

 領地に侵入した人間は例外なく殺す。それは徹底している。

「ちょっと命乞いをしてみてもいい?」

「人間は敵で、倒すべき悪だ」

「やっぱり無理かぁ。仕方ないの、まだやる事があったけど、ここで死んでおくの。観測はアノンに任せるの」

 彼女は構わずに入り口へと歩き、……骸骨兵の一人に心臓を刺された。

「忠告はちゃんとしたの」

 ……そして、鮮血と共に彼女はあっけなく倒れ、動かなくなった。


「魔王、様」

 静まり返った広間で、グレーグが発言する。

「あいつ、怪しい、だから、解析、使った」

 解析。相手の能力値を測定する技だ。通常であれば自身よりレベルが低いか、せいぜい少し上程度の相手しか調べられないが、グレーグのそれはその常識を覆し、レベルに関係なく解析が可能だ。

「あの人間、レベル、最低値。スキル、何もない。ただの、非力な、人間」

「だろうな。だが……スキルが無いのに、どうやってここまで来た?」




    ■    ■    ■




 そして現在。

「二人の人間が来る。あの人間の言葉が引っ掛かる」

 魔王が普段にも増して守りを堅実なものにしている理由だ。彼女の言っていた二人の人間に対して防衛の強化が役に立つとは思えないが、それでも疎かにしていい理由もない。

「グレーグ。東の見張りも任せていいか」

 未開の地だが、そこから侵入される可能性も大いにあり得る。

「承知、した。全方位、魔導観測器、配置、する」

「……あれは魔力の消費効率が悪い粗悪品だが、仕方ないだろう。観測器を二重に敷いておけ」

「わかった」

 グレーグが玉座の間を去る。

「では私も、グレーグの手伝いをしに行きますかね」

 蜘蛛男もまた、この場から去っていった。

「はぁ、全く、何が起きようとしているんだ、この世界は……」

 誰もいなくなった玉座の間で、魔法が一人、呟いた。

 

 


 会議から数日後、魔王たちが危惧していた二人は訪れた。


 ――大広間の真ん中に。


 そのままの意味である。少し紫色の光を発したかと思えば、そこには既に二人の人間が立っていた。二人の前には、城の防衛機能など意味が無かった。

「おや、このパターンは珍しい」

 二人のうちの片方、黒衣に身を包んだ長身の男が呟く。

 続いて、もう一人。茶髪で白の軽装の少女が口を開ける。

「アノン、ここって魔王城だよね。魔王っぽいのもいる」

「アディも慣れてきたな」

「まあね。どうよ、先代っぽくなった?」

「似ていない」



 この二人との出会いが、魔王軍にとっての転機となる。しかしその結末は、決して大団円とはならない。どのような結末を迎えようと、この世界が幸せに綴じられる事は無いのだから。

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