File2-4 ジオ
「アディ」
不老の男と別れた私たちは現在、地下水道を歩いている。彼は現在はついてきていない。アノンは彼とジオを会わせてはいけないと言っていた為に彼を地上に置いてきた。
「何?」
「今回は、君が世界に何かをする必要は無い」
「なんだ。なら良かった」
「私が壊す事になるだろう」
「……え?」
てっきり、世界を残す選択肢を選んでくれたのかと期待してしまったが、そんな甘い事は無かった。
「今から会いに行くのって、どんな人?」
私は話題を変える事にした。こんなジメジメしたところに、私たちの探している者がいるのだろうか。
「ジオ=ズール。かつて我々と同じ組織に属していた者だ。普通の人間であれば、彼を見た瞬間彼を神やそれに近い存在であるかのように感じるだろうが、私も君もジオより上位にいる。決して怯む必要はない」
「ジオさんって、悪魔なの?」
不老不死の男が言っていた事を思い出す。男と一方的な契約をし、男を不老とした存在。私が知る伝承の悪魔と特徴が酷似していた。
「自らを悪魔と名乗る事もあるが、アレは悪魔からは程遠いものだ。会えばわかる」
アノンや不老の男がジオと呼んだ存在であり、フィリスは元第十二席と呼んでいた。
「元第十二席って、どうしてそんな呼び方が?」
「昔の事だ。世界を渡れる人間を序列化していた」
彼の言う昔とは、数十や数百年の話ではないだろう。
「アノンは何番目?」
「いつか、成り行きで語る時間があればその時に話そう」
答えてくれなかったが、それでもすぐに判明するような気がする。
やがて、私たちは突き当たりに到着した。水の流れは直角に曲がっているが、人が歩ける道はここで終わっている。
「我々がこの世界に入った事をジオはまだ知らない。全く、呆れた奴だ。自らが管理する世界の内側すら蔑ろにするとは」
アノンが指を鳴らすと、紫色の光と共に突き当たりの壁に扉が現れる。
「さて、この世界の偽神様に会いに行くとしよう」
■ ■ ■
扉の向こう側は至って普通の小部屋だった。机と椅子が一つずつ、他には何もない。本当に、何も無かった。
『……おや、誰かと思えばアノンさんですか。お久しぶりですね。リエレアの件以来でしょうか』
部屋の主は、スーツを着たごく普通の大人。……ではなかった。近代的な仕事着である点は正しいのだが、人間と呼ぶには少々無理がある。
……ジオの首から上には、頭の代わりに時計が置かれていた。
「……この人が、ジオさん?」
「ああ。何代も前のアディはジオとは初対面ですら嫌悪する程仲が悪かったが、今はそうでもないみたいだ」
『成長ですね。嬉しいものです』
「変化だ。成長とは似て非なる」
時計頭の彼は発声器官を持たない為か、発言は全て私の頭の中に直接入ってくる。それが少し気持ち悪い。
『現在のアディさんは何代目でしょう。そろそろ三桁に登りますかね』
「七十五代目だ。先代が長過ぎた。ジオ、それでこの世界はどうだ」
『今のところは平気ですよ。フィリスさんに少しだけ多くの仕事をさせていますからね』
「結局、外部の手が無いと存続は不可能か」
『ええ。困った事に。かつて世界全てを管理していた我々でさえ、我々抜きで世界を存続させるには至らなかった。……だが貴方はまだ諦めていない。そうでしょう? アノンさん』
「私だけではない。君もまだ諦め切れていないようだが」
『余興ですよ。この世界が該当するとは思えません。それにアノンさん』
ジオは一呼吸置いて、アノンに告げた。
『前置きは、これくらいでいいでしょう』
口調は変えずに、しかし空気は一変した。
「そうだな」
『……いつか、この日が来ると思っていましたよ、第三席アノン』
「ああ、全くだよ、第十二席ジオ。お前から力を受け取った人物に会った。お前は新たに継承者を生み出さないという伊神迅との契約に違反した」
私の知らない名前が出た。しかし私の疑問を置いてけぼりにし、アノンとジオの会話は続く。
『……ええ』
「お前はそういう奴では無いと思っていたが。規律を破る程に、お前は摩耗していたのか?」
『どう捉えて貰っても構いません。私には弁解する材料も、動機となる証拠も無いのですから。……私は確かに、あなたたちとの規律を破りこの世界の人間の一人に力を与えました。それは私の意思によるもので間違いありません』
「……本当に、お前の意思なんだな」
『あなたも随分と変わられた。以前までのあなたのままであれば、今頃私は躊躇なく裁かれていたでしょうね』
「そうだな。私は個人的な情を考慮すれば、お前を罰するつもりはない」
『ええ、それはわかっています』
「しかしこれは決められた事だ。私には我々が課した規定を破ったお前を始末する義務がある」
『……ええ。その通りですね。私は規則を逸脱し、罪を犯した』
「弁解は聞かない」
『話しませんよ』
アノンが虚空に手を伸ばすと、一本の漆黒の杖が現れる。ジオも指を鳴らし、現れた懐中時計を右手で掴み、構える。私でもわかる。これから、この二人は戦うのだ。
「邂逅の意図を違えるな。これより私が行うのは制裁だ」
『……ええ、ええ。充分に理解していますとも。そして私が行うのは抵抗。決して対等な立場の闘諍などではありません』
「せいぜい足掻け、無意味に終わるな。お前の記憶を、お前の証を、私に刻め」
『核心まで植え付けてご覧にいれましょう。足掻きますよ、最期までね』
ジオが時計の頂点にあるボタンを押すのと、アノンが杖を振るのはほぼ同じタイミングだった。
『……"
「"
お互いが、アディが理解できない言語で呪文を唱える。瞬間、世界が崩れ始めた。
■ ■ ■
言葉では形容できない、神の領域の制裁が始まった。
二人にとって、この世界の状態などはどうでもいいものだったのかもしれない。二人が本気でぶつかった瞬間、世界は砕け壊れてしまったのだから。私は、二人の行末を見守る事しかできなかった。
私はアディとしての力を持ち、彼らのように世界の上に立つ存在としての自覚があると思っていた。それなのに、私には彼らが何をしているのか全くわからなかった。しかしただはっきりと、二人の会話のみは聞き取る事ができた。……それくらいしか、できなかった。
「君の権能はそんなものだったか?」
『私の力はもう、殆ど他人に与えてしまいましたからね』
空一面に、まるで世界外側に球状の膜があるかのように、ジオから鮮血が飛び散り付着する。それも一瞬の出来事で、次の瞬間には血は全て消えて無傷のジオがアノンと交戦していた。そんな"訳のわからない"抗争が、長期に渡り繰り返されている。
「……綺麗」
この上ない渾沌のはずなのに、それでも両者の無駄の無い動きに震えた。圧倒的な力のみでは届かない領域の戦い。しかしそれも短期に終わる。
「"
再びアノンが呪文を唱えた途端、……世界が再び狂い始めた。
否。今まで狂っていた世界が、元に戻っていくのだ。そこで私は実感した。抗争が始まってからこの瞬間まで、世界は全く壊れていなかった。一度剥がした世界という貼り紙を、再び同じ場所に貼り付けるような。一度衝撃を与えて粉砕させた陶器を、時間を戻すように修復するような。幾らでも形容でき、そのどれもが完璧な喩えと為り得ない。しかし確実に言える事は、目の前で起こっている現状が真実だという事だ。
アノンの杖が、ジオの心臓を貫いていた。これが、この争いの結果。宣告通り、アノンはジオを制裁した。二分と経っていなかった。
「ジオ。……お前を十二席に指名したのは、私にこんな真似をさせる為じゃなかったはずだ。……お前の最期は、これで良かったのか」
返事は無い。既にジオという時計頭の紳士の存在はアノンによって消されている。目の前にいるコレは、ただの死体だ。
アノンが杖を引き抜くと、ジオの身体から血が流れていく。それは止まる気配を知らず、部屋の地面を埋め尽くしていく。とっくにジオの総体積を超える量の血が彼から流れ、行き場を欲しがる血は部屋を抜けて地下水道に直接垂れていく。
「この世界は、これで終わりだ。ジオの総質量はこの世界よりも多い。暫くすれば世界はジオの血に沈むだろう」
アノンが杖で天井を軽く突くと、地表まで巨大な穴が空いた。アノンは私を抱え、その穴から地表まで跳んだ。
国中がパニックになっている。川は緋に染まり、蛇口からは錆びた鉄を彷彿とさせる臭いを持つ赤い液体しか出ず、彼方此方で水道管が破裂し水に混ざった血が噴き出る。
「存在するだけで世界を壊す。それが我々だ。彼も例外ではない。世界一つを墓にする程、我々の影響力は強すぎる」
これが、
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