File2-3 どうでもいいこと

「近いうちに現れるとは思っていたが、まさか日を変えずに会いに来るなんてな」

 駅前の広場に、その男はいた。現在は深夜であるが、つい先程汽車が折り返して行った為、人が全く居ないという訳ではない。

「君は今、隣の国に移るつもりだっただろう」

「今日中に出発できれば会う事も無いと思ったんだが。……今日の最終便が行っちまった。俺の負けでいい」

 折り返し出発した汽車は既に見えない程に遠くへ行ってしまっている。その汽車に乗ってきた数人の乗客たちも、次々に駅から離れていく。やがて、人は居なくなった。

「君を追いかける事は苦ではないが。手間が省けた分、お互いに得をしたと思って貰いたい」

「最悪だよ、お前」

 男は吐き捨てた。

「結局、何処へ行っても変わらないのか」

「君が希望する場所に移動してもいいが」

「ここでいい。この国には思い出があるんだ」

 男は噴水の傍に座る。私はその隣に座るが、アノンは立ったままだ。

「あなた、名前は?」

 私は彼に質問した。

「呑気だな、お前はお前で」

「私は質問をしてるんだよ」

「……ねぇよ。名前なんて」

「私と一緒だね! なんか仲良くなれそう」

 名を持たない人間。世界から、名を持つ程の価値を与えられなかった者。彼とは親近感がある。

「そうか、お前も名前を捨てたのか」

「……はい?」

 しかし男の口から発せられたそれは、予想外の台詞だった。私はアディとしての思考回路により、その言葉の意図を一瞬で、完璧に把握してしまった。

「撤回。あなたとは一緒じゃないし、仲良くなれそうにもない。私にはもうアディって名前があるしね」

「お前も酷い奴なんだな」


 少し無言で時間を過ごした後、アノンから言い始めた。

「さて、本題に入ろう。とはいえ、我々からの質問は一つだけだ。ジオ=ズールという男について、今君が持っている知識以上に何か思い出せる事はあるか?」

 アノンがその名前を出したとき、男の態度が変わった。

「……アンタ、一体何なんだ? ジオを知っているのか?」

「ああ。少なくとも、君よりは詳しい」

「その上で俺に聞くのか」

「最後に会ったのはかなり昔だ。最近の彼に関して言えは、君の方が詳しいだろう」

「……五百年前に一度現れただけだ。かなり昔だよ」

「たった五百年か。それはいい手掛かりだ」

 アノンは時間の感じ方のズレを意図的に見せつけているようだったが、男は無視した。

「……悪魔だよ、あいつは」

「悪魔?」

 私は彼の言った気になる単語を復唱した。

「俺を一方的な契約でこんな身体にした。悪魔って呼ぶのが最も適当だろう。……俺から話せるのはここまでだ。それ以上は何も知らない。これでいいか?」

「ああ、充分だ。……そうか、やはり、ジオは君に力を渡していたのだな」

 少し残念そうに、アノンは頭を抱えた。

「さて、たった今、君には二つの選択肢が出来た」

「できれば今直ぐにお前たちから去る選択肢が欲しいところなんだがな」

「それは可能だ。私が提示する二つは、今直ぐに死ぬか、世界が壊れても尚生き続ける恒久な地獄を望むかだ」

「ちょっとアノン!?」

 私は彼の選択肢に納得しなかった。しかし、その返答として男から発せられた言葉に私は驚いた。


「死ぬ、という選択を、お前らは俺にくれるのか?」


 彼がそう言った瞬間、私は価値観の違いを実感した。彼は、死にたがっているのだ。

「そうか。死を望んでいたか。なら話は早いな」

「だが……待ってくれ」

「どうした。ああ、お前はジオに会いたいのか」

「いいや、それはもういい。お前たち、俺を殺した後に世界を壊すんだろ?」

「壊すのは私ではなくアディだが、……そうだな。その通りだ」

「へっ、私? やだよ? というかちょっと待ってよ。どうして世界を壊す話になるの? そして君もそう直ぐに納得しない!」

 ――いやいや、どうして君まで世界を壊す事に肯定的なの。

「アディとか言ったか。お前、俺がこの世界を大事にしてそうに見えるのか?」

「だからって壊していいようにも見えないけど」

「節穴だな。お前の目は」

 ――し、失礼な。

 直接的な争いでは彼に負ける要素は全くないのだが、口論ではどうしても彼には勝てないと自覚してしまった。

「自分の死しか考えてないんだ。この世界に興味はねぇよ」

 彼とは分かり合えない。そう思った。

「それで、君の要望を聞こう。何か言いたそうだったが」

 先程、彼は今すぐに彼が死ぬ事について異議を唱えていた。

「順序を逆にしてくれないか?」

 男は私たちに要望した。

「逆? どういうこと?」

「先に世界を壊して欲しい。……最期に、世界が壊れる様を見るのは変か?」

「ああ、承知した」

「ちょっとアノン!? 勝手に決めないで!」


 私、そんな事しないからね!?

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