File2-1 無制限世界

「よかったの? 離れちゃって」

 私はアノンと駅前の高級そうなホテルの空き部屋に勝手に入ってくつろいでいる。アノンは椅子に座り、私はベッドで仰向けに。

「日を改めて、あの男に聞く事がある」

 アノンは一人で本を読んでいたが、私の質問にはしっかりと回答した。

「今日じゃダメだったのかな」

「まだ確証が無い。慎重に為らざるを得ないな」


「そうだ、アノン、ここは無制限世界だって言ったよね?」

 先程の言葉を思い出し、私はアノンに質問した。

「厳密には違うが、そうと捉えてもらって構わない」

 アノンは相変わらず本を読んでいて、私の方を見向きすらしていない。

「ここでは何をすればいいの? いまいちよくわからなくて」

 今までの世界は全て、明確な目標が存在していた。それが存在しない今、私はこれから何をすればよいのかわからないのだ。

「以前、停滞している世界の特徴を話した事があったな」

「うん。えっと、同じ出来事が繰り返し起こってるのと、そもそも何も起こらずに膠着しちゃってるのと、……そういえば三つ目って聞いてないよね」

「そうだな。無制限世界で停滞が起こっている場合、その要因は三つ目だ。……時間遡行が行われている場合」

 アノンがようやく読んでいる本を畳み、私の方を向いた。

「時間遡行?」

 過去へ戻る、という意味なのはわかる。

「基本的に、この世界群での時間移動は一つの世界にしか作用しない。世界の誰かが過去に戻った場合、時間を乱した存在を基準にして、過去のある一点を現在に上書きする」

「えっと、それって……、過去に戻ってないってこと?」

「ああ。自分以外全てを過去から引っ張ってくる為に、移動者はまるで本当に過去に戻ったかのような錯覚を覚える」

「あ、じゃあ停滞って……」

「気付いたか」

「過去に戻っても、またその時間が来たらその時代のその人が過去に戻っちゃうよね。なんとかして止めないと」

「そうだ。停滞の三つ目。それは同じ時間が永遠とループしている事による。だが……アディ、我々の目的を覚えているか?」

「えっと、停滞から世界を救う事と、……あ」

 思い出した。

「停滞せずに存続している世界の模索。この世界がそれに該当する可能性がある」




    ■    ■    ■




「そうだアノン、聞きたい事があるんだけど」

 再びアノンは本を読み始めたが、それを止めるように私は質問した。

「答えられる範囲であれば答えよう」

 本を畳まずに、アノンは質問を受けた。

「私、濡れてないよね。さっきまでずっと外にいたのに」

 傘をささずに外にいたが、アノンも私も濡れていない。

「法則から外れていることの例の一つだ。我々の性質は世界には通用しない。……だからこそ、一つの世界に長く居座ってはいけない。我々が無意識下で法則を逸脱する事により、世界はいつか必ずバランスを崩す」

 今まで何度か世界に留まるべきではないと言われてきたが、私ははじめて、それに対する最もらしい理由を聞いた。

「……さて、私はこの世界を少し調べるとしよう。アディ、しばらく好きに過ごしているといい」

 アノンが本を畳んだ。

「あ、待って……」

 私が引き留めるのを無視して、アノンは部屋から急に消えた。

「まったくもう。いつも変なときに勝手になるんだから」

 ベッドに横になる。そういえば最後に眠ったのは冬の世界に来たばかりのときだった。

「……あ。……っ!!!!」

 アノンの膝の上で寝ていた事を思い出してしまい、顔を真っ赤にして声にならない呻き声をあげながらベッドの上を転がる。

(……忘れよう。うん。ちゃんと忘れたい。)


 突如、入り口の扉が開いてホテルの従業員がやってきた。

「あっ……」

 私は思わず慌ててしまった。この部屋は勝手に使っているだけなのだ。言ってしまえば、不法侵入。しかし従業員の口から出た言葉は、予想外のものだった。

「お客様、ランチの用意ができております」

「へっ」

 彼はまるで私を一般の客をもてなすかのように振る舞っている。

(……アノンだよね。)

 彼が何かしたのだろう。私は冷静になり、従業員の厚意に甘える事にした。

「ここに運んで頂戴」

「かしこまりました」


 後に知った事だが、やはりアノンが事実を改変していた。

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