File1-2 麓の村と膝枕

 綺麗な満月が南の空高くから世界を優しく照らしている。

 月が見えるという事は、現在雪は降っていない。地面には雪が積もっているが。

「それで、君は何故ここに来た」

 村は当然ながら活気が無い。誰もが寝ている事くらい、わかっていたのだ。

「……待とう」

「私は反対だが」

「私ね、色々な世界の事、知りたい。いつかこの世界が無くなっちゃうんだとしても、……この世界があったこと、ちゃんと覚えておきたくて」

「だからといって、今からここで待ち続けるつもりか?」

「えっ、そうだけど」

「……阿呆か、君は」

 アノンが上を指す。

「日が昇るまでは六時間程だな。それでも待つか?」

「待つよ」

 即答。

「……そうか」

「教会に籠って来るかどうかもわからなかった神様を一週間待ち続けた事もあるから。六時間なんて短いものだよ」

「……」

 アノンはそれ以上は言い返さずに、私と朝を待つ事にしぶしぶ賛成した。



    ■    ■    ■



(最悪だ。)

 口には出さずとも、アノンは今の状況を嫌った。

 村の中央にある広場のベンチに、アノンは座っている。そしてその膝の上で、ぐっすりとアディが眠っている。

 ……眠っているのだ。先程起きたばかりだというのに。

 それだけならばよい。問題は、今が朝だという事。つまり、村人たちが起きているのだ。

 道行く誰もが二人を珍しいように見るが、二人に話しかける人間は居ない。アノンに近づこうとする人間など、無知な人間くらいだ。


「お前さんたち、どこから来た」

 昼が近づき、ようやく一人の老人がアノンに話かけた。

「……だから何も知らない人間は嫌いだ」

「はて?」

「変更。対象はN9。"EabuEwene"」

 アノンが呪文のような詠唱をした直後、空間が歪んだ。目の前の老人は消えた。

 消した訳ではない。老人はこの時間、彼の家の中にいた。そのように老人の情報を書き換えただけ。外にいる人間は誰も老人が消えた事に気づいていない。



    ■    ■    ■



「おはよう、アノン。……ん!?」

 私は起きると、アノンの膝の上で寝ている事を自覚した。

「えっと……え?」

 何かまずいような気がして、私は急いでその場から離れた。アノンの顔と彼の膝を交互に見る。

 膝枕、というものを経験したのは初めてだった。

「……私、すごいとこで寝てた?」

「ああ。凄いところで寝ていたな」

 アノンの膝の上で、町の人たちが行き交うベンチの上で。

 私は顔を赤くした。

「私の上に倒れてきたのはそちらの方だ」

「それ以上言わないで! そ、その、じゃあ始めましょうか。聞き込みとか」

 膝枕、かなり恥ずかしい。

「君が過度に干渉するというのなら、それに私は同行できない。この村の事は君一人でなんとかするべきだろう。私にもやる事がある」

 アノンが指を鳴らすと、彼は消えてしまった。

「もうっ!」

 アノンは私の心情なんて全く考えていないんだわ!

「……あれ?」

 アノンが私の側を離れる事は今まで無かった為、彼があっさりと消えた事は少し疑問だった。



    ー    ー    ー



 様々な人に聞き込みを行い、この世界について詳しく知る事ができた。聞き込みに関しては驚くほどスムーズだった。村の住人は誰もが優しく、私の知りたい情報はおよそ手に入った。

「えっと……、まずこの世界が冬から変わらなくなったのは一年前で、ロナっていう悪魔が人間の身体を乗っ取って復活したから冬になっちゃったって事」

 ここまではアノンの情報と一致する。

「ロナはいま山頂の王宮跡に篭っていて、どうしてそこから出てこないのかはわからない。力を蓄えてるって説が有力。そしてロナは山頂の国に住んでいた十二歳の少年の身体を媒体にした。……子供の身体だから不完全な復活になっちゃったのかな」

「それは無いだろう。復活は媒体が人間である事以外、必要な要素は無い」

 情報を口に出しながら整理していたが、そこにアノンが現れた。

「少年の名前はクエクトで、王国の第二王子だ。一年前までは山頂に一つの国があったが、悪魔の復活と共に滅んだ。住民は全員氷像となり、クエクトのみが悪魔に取り憑かれる形で生き残ってしまった。……ここまでが、本来この世界が辿るべきだったシナリオだ」

 意味深な語句で解説を締める。

「べき? 今この世界はどうなってるの?」

「それは、実際に王宮跡に行った方が早いだろう」

「……そうだね。情報は集まったし、次は悪魔からも色々聞きたい」

「君は変わっているな。だが悪魔との対話は望めない」

「それはどうかな」

 私たちは村を出て、王国跡のある険しい山へと向かい始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る