C1 銀を撒く少女
File1-1 アディ
私たちは神様ではないと、少女が縋った神は言った。それでも少女は、世界を救った彼女たちを信仰の対象としてみる事に躊躇しなかった。少女からすれば、そのふたりは紛れもなく神様そのものだったのだから。
――そして今、少女が信じた神の座に、少女自身が坐している。
■ ■ ■
何故かはわからないが、私は真夜中に目が覚めてしまった。この世界では真夜中だが、もしかすると私のいた世界では今は朝だったのかもしれない。
「アノン?」
寝る前に隣にいたはずの男は部屋には居ない。
「うーん、何処へいったんだろ」
アノンを探す為、私は小屋の外へ出た。
「……雪だ」
白い雪が降っていた。寒い場所であるという情報は私には伝わっているのだが、それだけだ。私は今、白の薄着しか着ていないが、特に寒いという不快感は無い。
(私がアディだから、って事なのかな……。)
寒さに対する耐性があるのだろう。そう勝手に解釈する事にした。
「…………していない。全く、君はいつも勝手だった」
近くのベンチからアノンの声が聞こえる。
(あ、いた。)
私は気づかれないようにそっと、アノンの声がギリギリ聞こえる距離でアノンの独り言を聞いた。
「真面目で純粋だ。私よりも狡賢かった君とは違って。それと……」
会話相手は誰だろうか。私には見えない誰かと会話しているようでもある。
「……それと、今回のアディは君と同じで盗み聞きが下手らしい」
アノンが、後ろにいる私の方を向いた。そして、目が合った。
「ひっ」
初めからバレていたのだ。
私はアノンの隣に座ると、アノンに尋ねた。
「さっきのって……?」
「耽っていただけだ。先代はもういない。私の勝手な独り言だ」
先代。私に全てを受け継がせた彼女は、もういない。
「先代さん、仲が良かったんだね」
「そう見えていたか」
「悪かったら思い出に耽ったりしないって」
「……そうだな。確かに、先代と過ごした時間は今までのアディの中では群を抜いて長かった。鬱陶しいくらいに」
しばらく、ベンチに腰掛けたまま降る雪を無言で感じている。
「出発しよう」
私は提案した。
「珍しいな。アディからその言葉が出るとは」
「先代さんはずいぶんと怠惰だったんだね」
「ああ。酷い奴だった」
私は立ち上がり、……そして止まった。
「この世界では何をすればいいの? というか、そもそも私は何のために世界を渡っているの?」
魔王の討伐、そして塔の破壊。まだ二つの世界しか見ていないが、この世界でもやはり目的は違うのだろうか。
「我々の役割は二つ」
アノンは語り始めた。
「まず一つ、停滞した世界に変化を与え、救う事。そしてもう一つは、停滞していない世界を見つける事だ」
停滞。何度も聞く言葉だ。
「私のいた世界も停滞してたの?」
「ああ。世界の停滞にはおよそ三つのパターンが存在する。君の世界は同じシナリオが永遠と繰り返されているパターンだった。魔王を倒した勇者が新たな魔王となり、戦争は終わらない。そして二つ目、膠着した状態が永遠に続く世界。この世界や君がアディとなったあの機械の世界に該当する。永遠に現状が維持されている世界だ。三つ目は……その時になったら話そう」
話が長くなるようだったので、私はベンチに座り直した。
「停滞を終わらせるって、どうやって? 私の世界も終わったの?」
「君のいた世界は単純だ。魔王を倒した存在が勇者でなければいい。これにより新たな魔王は生まれず、ループは起こり得なくなった」
「……だいたいわかった。この世界はつまり、繰り返しじゃなくて同じ時間で止まってる……みたいな感じだから、何も難しいことを考えずに直接元凶を倒せばいいんだね?」
「少し言葉は違うが、およそはその認識で構わない」
停滞から救う事に関しては理解できたが、もう一つ疑問がある。
「停滞していない世界ってないの?」
それを見つける事、とアノンは言った。
「数百や数千年ではない。未来永劫、停滞せずに発展と衰退を繰り返し生き残り続ける世界を探す。これが我々の真の目的だ」
スケールが大きい。アディからすればそれは途方もない話で、現実味のないものだった。
「今まで、停滞しなかった世界は?」
「候補はあったが、どれも滅びた。世界を超越する我々でさえ、輪廻の無い永遠を手にする事は不可能だった」
「そういえば私、強くなったのかな」
ふと、自らの奥にあった疑問を口にする。
「実感は無いか?」
「うーん、あんまり」
「アディ、先代の剣はあるか?」
アノンに言われ、私は虚空から形見である細剣を取り出した。
「それが君の武器だ」
軽く振ってみるが、あまり使い慣れない。少し重いと感じてしまう。
「それじゃあ、銃は?」
「君の銃は世界を渡る道具であり、継承に必要なものでもある。君がその銃以外で死ぬ事は無い。武器としても扱えるが、攻撃として使用すれば一撃で先程の世界のようになるだろう」
機械の世界の事を思い出す。塔に一発攻撃を仕掛けるつもりで撃った弾丸は、その一発で世界を崩落させた。
「あ……あれは、使わないでおく」
少し震えながら、私は細剣を手放した。剣は重力に従い落下し、地面に着く前に虚空に消える。
「剣は普通に使えるんだ」
「本来の持ち主ではないためだ。威力が大幅に落ちるが、次代のアディが使うには丁度いい」
「前のアディさんが使ってたナイフみたいなもの?」
「その解釈で正しい。二つ前のアディも、あのナイフを継承の道具として扱った」
威力が下がる、とは言ったが、先代が使っていたナイフは下がったにしては強すぎていた。
「機会があれば、その細剣で戦う事もあるだろう。君の強さは後に嫌というほど実感する」
「それでアノンさん、この世界では何をすればいいの? 誰を倒せばいいの?」
アノンは答える代わりに、上空を指差した。
「上?」
「原因不明の異常気象だ。本来この国に雪が降る事は無いが、一年中降り続けている。これを解決する事がこの世界を停滞から救う手段でもある。それとアディ、"さん"は不要だ。既に君は私と同じ領域にいる」
相変わらず雪は降り続けている。
「……アノン、もしかしてこの雪の原因もわかってるでしょ」
「察しがいいな。君はどこか先代に似ている」
「からかわないで」
雪が止む気配は無いし、強くなることも無い。まるで自然的とはかけ離れたかのように、常に同じ強さで雪は降り続けている。
「悪魔だ。数千年前に大地を凍らせ人類史を滅亡寸前にまで陥れた悪魔が復活している。悪魔は形而上の生物であり、人間に取り憑く事で存在を得ている」
「それ、私より強い?」
「あり得ないな。目を瞑っていても倒せる」
一蹴。
「悪魔の名はロナ。現在は山頂の城跡に閉じこもっている」
「それじゃあ出発ね」
「ああ」
私は山とは反対方向に歩き出した。
「そちらではないが」
「近くの村はこっちでしょ。色々話を聞いておきたくて」
「世界に住む人間にはあまり関わらない方がいい。……後悔する」
「そんなの私じゃないとわからないよ。やって後悔するのは別にいいの。行くよ」
「やはり君は、先代には似ていない」
アノンは呆れながらも、村へと続く道を往く私に同伴した。
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