File0-3 人類を護る者
「まだ……実感がないや。本当に倒しちゃったんだ」
現在アディたちは、荒野を抜けて火山の麓の森を歩いている。私にとっては少し暑いが、我慢できない程ではない。
「あ〜つ〜い〜。アノン、なんとかして〜」
……アディは相当窶れていた。
「暑いの、嫌いなの?」
「大嫌いよ! もうほんと。私の住んでた場所は雪山だったから」
そうとはいえアディは言葉に反して意外と余裕そうだ。
「ねえアノン。やっぱり四天王全員倒さないとだめかしら? 制限解除してもいい?」
「わかっているだろう」
「はいはい、わかっているわ。停滞の詳細が判明するまでは世界を壊さない」
「見えたぞ」
森の奥に巨大な塔が立っているのが見えた。
「二人目、火の四天王が居座っている塔だ」
「とっとと処理しちゃいましょ」
軽い気持ちで、三人は塔に入っていった。
「あの……アディさん」
聞きたい事があり、私は金髪の少女に質問した。
「ん、どうしたの?」
「さっきのナイフ……、あれ、何だったんですか?」
先程は何が起こったのかわからなかった。原因もわからず急に相手が倒れ込んだのだ。
「あ〜あのナイフね、私のお師匠さんの遺品なの。説明すると難しいんだけどね……、普通人をナイフで相手の心臓とか脳とかを刺すとさ、死ぬわよね」
「え……えっと、はい」
物騒な台詞を軽く放つ少女に少しギャップを感じる。
「"心臓を刺した"から、"人は死ぬ"。この後半の部分を固定しちゃってるの。だからあれに何かしらの形で当たっちゃうと、結果の部分だけがあらわれちゃう。でもこれも不完全でね。さっきみたいにたまに頑張る生物がいるの。人から離れている程結果が現れるのに時間がかかるみたい」
あまり理解できなかった。アディも私に理解させる気がないのだ。
急に、アノンが足を止めた。
「アノン? どうかした?」
アディが尋ねる。
「無駄足だったな」
アディもすぐに理解したのか、溜息をついた。私だけが状況を理解できなかった。
「"特異点"だ」
「とくいてん?」
「あー、やっぱり。多いのよね、何年も放置されてる世界だと」
二人の会話がさっぱりわからない。
「アノン、この子にもわかるように説明」
「火の四天王は既に死んでいる」
前代未聞だ。四天王が既に倒されているなんて話、存在する訳がない。
「原因はわかってるの?」
「痕跡はある。倒されたのはだいぶ前だが、すぐ近くに犯人はいるはずだ。……いや、犯人はこの塔の頂上にいるな」
「あら、無駄足じゃなかったって事ね。良かったじゃない」
私たちは塔を登っていった。途中、何か厳重な仕掛けで護られている扉がいくつもあったが、アノンが軽く触れるだけで仕掛けごと壊れてしまった。
そうして三人は特に阻まれる事もなく、塔の頂上へと辿り着く。
「外から駆け上がった方が早かったわね」
「味の無い事を言うな」
「あら、アノンにしては珍しい感想」
最上階の巨大な玉座に座するのは、その座の大きさにそぐわない、目を瞑った一人の女性。蒼く長い髪に、翠と朱の和風の装束。一目見るだけで美しいと思えるような、そんな人物。
「特異点って人間だったのね。珍しい」
人間なのだが、私から見れば彼女は充分過ぎるほどに異常だった。
彼女が目を開け三人を認識する。彼女は立ち上がった。
「……私、水の四天王。ステラ」
「ここにいた四天王は君が殺したのか?」
アノンが質問すると、ステラは返事の代わりに右手を振った。途端、部屋の周囲に陽炎が現れた。
「火と風の四天王は、もういない」
突風が吹き、炎がアディたちを襲う。アディが爪先で地面を軽く叩くと、炎が一瞬で消えた。
「取り込んだのね。他二人の四天王の力を」
「そう」
「どうして?」
「変化が欲しかった」
再び、ステラが腕を振る。彼女の手前から大量の水が現れ、濁流のように三人に襲いかかる。
「仲間だったんじゃないの?」
アディが濁流に向かってナイフを投げると、水が瞬く間にナイフの先端一点に吸い込まれていった。
「私は人間。魔族の敵。それに、四天王が死んでも魔王はそれすら気付かなかった」
ステラが右の掌を上に向けると、その上に黒い球体が現れる。それをアディに向かって投げつけた。
「君が魔王を倒しても良かったんじゃない?」
アディが球体を手で弾く。球体は壁に激突し、その周囲が溶けて無くなった。
「それはできない。魔王もまた、元人間。遥か昔に世界を救った英雄の成れの果て。英雄は自らを魔族の身体にした。……私は、人間を殺したくない」
ステラが攻撃をやめた。
「英雄は魔族の殲滅が不可能だと知った。魔族は倒した数だけ新たに生まれ、その数が変化する事は絶対に無い。だから英雄は自らを魔族の頂点とし、魔族の統制を図った」
「それがこの世界の事情ね。だいたいわかったわ」
「魔王を倒す。それは統制されていた魔族の解放を意味する。そうすれば間違いなく、……人間は滅びる」
魔王が人間の世界を侵略しているのではない。魔王はむしろその逆、統率の取れてない魔族たちの侵攻を抑制し、人類を魔族から護っていたのだ。
「でもまあ、少なくとも行き先は変わらないわね。失礼するわ」
アディが背を向けて立ち去る。他二人もそれに続いた。
「待って」
ステラが呼び止める。
「一つ、身勝手な頼み事をしたい」
「聞くだけ聞いてあげるわ」
「……私を、殺して」
「それはできないわね」
アディは即答した。
「それはあなた自身の問題よ。部外者の私に押し付けようとしないで」
「……」
ステラは何も言い返せなかった。そのまま三人は塔を後にした。
「私の……」
誰もいなくなった塔で、ステラは呟いた。
■ ■ ■
アディたちは魔王城の近くまで来ていた。
「アノン、どうするの?」
アディが尋ねる。抽象的な質問だが、彼女の質問の意味をアノンは充分に理解している。
「変わらないさ。当初の予定通りに魔王を処理する」
「でもそうしたら……」
「我々の目的は何だ」
アディの言葉を遮り、アノンがきつく問い詰める。アディは反論するのをやめた。
「あの……」
ずっと二人の会話を聞いていた私が、アノンに問いかけた。
「目的って、魔王を倒す以外にもあるんですか?」
アディたちには何かの目的があって、その過程で魔王を倒す必要がある。そのように聞こえるのだ。
アノンが立ち止まった。
「……その質問には、アレを処理してから答えよう」
三人の行き先に、一人の男が立ち塞がっていた。
「これは驚いた」
アノンが表情を変えないまま言う。アディも感心したような顔だった。そして私は、目の前の男を知っていた。この国では知らない人間は居ないという程に有名な存在だった。
「魔王……!」
魔族を統治する、悪の根源。全人類の敵。その彼が目の前にいた。
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