File0-2 触れてはいけないもの

「どうしてこんな事になっているのか、理由を説明して貰いたい」

 私はアディとアノンの二人に出会い、そのまま彼女たちについていく事になった。そしてアノンが文句を言うようにアディに質問した。

「魔王を倒したいんでしょ。私たちの役割も多分同じだから、奇遇ね」

「質問の意図を汲み取って欲しかったのだが」

 アディは私を連れてきている理由について、敢えて話題を逸らしていた。

 アディたちは荒れた荒野を歩いて進んでいる。……私だけは歩いている訳ではなく、アノンの肩の上に乗っているが。

「あの……、歩けます」

 私はアノンの肩から降りようとしたが、アノンはそれを止めた。

「今の君であれば、地面に足がつくだけで死ぬだろう。微量な毒が撒かれているな。本来であればここには存在しなかったものだ」

 よく目を凝らすと、地面の上に微量な霧がかかっているのに気づいた。

「アノンさんたちは大丈夫なの?」

「こんなもので死ねるものなら死んでみたいものだ」

 どうやらアノンやアディには足元の毒は効かないらしい。

「ところでアディ、先程の質問だが」

「アノン、わかってるでしょ?」

 アディが一言だけ放ち、アノンを黙らせた。やはり何かを隠しているような気がする。


「みんなはどこの村から来たの?」

 何気なく発した私の質問には、アディが答える。

「とても遠いところよ。私が生まれたところはもう無くなってしまったけど」

「魔族にやられたの?」

「いいえ。私が壊したの」

 簡単に、アディはそう言った。

「君ではないだろう」

「実質私でしょ。私はアディなんだから」

「……はぁ、そうだな、君の世界は君が壊した。」

 溜息と同時に意味深な台詞を吐く。


「着いたわ」

 先頭を歩いていたアディが言う。前方に人と獣を合わせたような三メートル程の巨体と、その部下と思わしき獣の群れが見えた。

「あれは……」

「魔王直属の四人の部下。四天王と呼ばれている。この世界の仕組み上、まずはアレを倒さなくてはいけないようだ」

 私は四天王という名前を知っている。魔王に仕える四人の手下で、そのどれもが最強格の魔族だ。

「あれを、倒せるの……?」

 悍ましい見た目だ。とても生身の人間が敵う存在ではない。

「問題無いわ」

 向こうもこちらの存在を認め、威嚇した。

「何用で来た、人間」

 周囲の獣たちがこちらに向かおうとするのを、その四天王は静止させた。

「はじめまして。私はアディ。君の名前は?」

 まるで友人にでもなるかのように、アディは全く恐れずに獣に挨拶をした。

「随分と俺を舐めているな。俺が誰だか知っているだろう」

「それはそっちもじゃない? 私に勝てると思ってるでしょ」

 アディが挑発する。

「……それは、俺の爪が決める事だ」

 彼が腕に力を入れると、彼の双拳に鋭利な爪が生える。

「いいね。そういうの嫌いじゃないよ」

 アディも虚空に手を伸ばすと、何もない空間から小さなナイフを取り出した。

「まさかそれで戦うつもりか?」

「そうだよ。これ一本。あ、ハンデとかじゃないよ。今の私が使える武器はこれだけだからね。でも、……これだけで充分」

 ナイフを回して遊びながら、彼に手招きする。

「あ、そうだアノン、その子絶対守ってね」

「君も人使いが荒くなったな」


 アノンが一歩後ろへ下がる。……その一歩で私を抱えたまま一瞬にして数十メートル程後退した。

「俺は土の四天王、ギル。一対一が所望であれば、何も拒む事は無い。いざ手合わせ願おう」

「いや全員で来てもいいんだけど。ちゃんと話を聞いてくれる人相手だと逆にやりづらいなぁ……。あ、私はアディ。あれ? そういえば私はさっき名乗ったね」

 両者が構えて数秒後、ギルが脚で地面を蹴る。弾丸のような速度でアディへと突進する。

「うわはっや……」

 すんでのところでアディが避ける。ギルが急停止し、向きを変えてすぐさま突進を再開した。

「おっと、見た目に反してスピード系だったのね」

 爪でアディを引っ掻くように腕を振り下げ……、


 スピードの乗ったその腕は、アディのナイフ一本に簡単に止められていた。


「な……」

「駄目よ。相手の力量はちゃんと見た瞬間に理解できるようにならないと」

 ギルが一旦距離をおく為に後退する。

「ならばこれで……」

「いや、もう終わっちゃったわ」

「何を……」

 ギルが疑問を言いかけ、その直後。


 ギルが倒れた。


「何を……した……」

「お、まだ意識を保っているなんて。このナイフね、触っちゃいけないの。柄の部分ですら危ないんだ、これ。私もあんまし使いたくないの。持ってるだけでたまに意識飛びそうになるから」

 アディがナイフを放り投げると、それは虚空に消えた。

「それじゃ、またね。アノン、後はよろしく」

 ギルが何かを感じ首だけを動かして後ろを見ると、高身長の男が立っていた。そして、アノンを抱えた私とギルとで目が合った。戦闘域からは離脱していたはずだが、アノンは一瞬でギルの前に現れていた。

「全く、君は相変わらず汚れ仕事を私に押し付ける」

 アノンがギルに触れると、一瞬でギルは消えた。あり得ないほどに、あっさりと。

「別に君が倒しても変わらないだろう」

「いやよ。私殺したくないし」


 かくして、魔王が誇る四天王の一人はあっけなく退場した。主人を失った周囲の獣たちは四方八方に散っていった。

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