其の五




 重傷の俺はユウキに連れられて、すぐに街の俺たちが泊まっている宿屋まで戻ってきた。

 俺がベッドに横になると、ユウキは部屋を出て、数分後に戻ってきた。


「この街の協会に連絡してもらった。すぐに治療できる魔法使いが来るはずだ」


「そうか、ありがと。それにしても何で俺の場所が判ったんだ?」


「あぁ、それも勇者の力だけど、ツバサの居場所だけは特別に感知できるようにユーウラトスの女神によって配慮されているんだ。女神にとってもこの世界を救う為にはツバサを死なすわけにはいかない。俺もツバサには死んでほしくない。まだまだお前とやりたいことが一杯あるからな」


「そんなことになってるのか。まぁ、せいぜい俺の身の安全を守ってくれ」


 俺は何でもない風に装ったが、ユウキは依然として真剣な表情を崩していなかった。


「それにしてもなんであんな場所にいたんだ?俺がもう少し遅れれば危なかったぞ」


「あぁ、それは………」


 俺が事の顛末を説明しようとした時、部屋の扉が開いた。

 協会からの魔法使いかと思ったが、ユウキのお供の例の女連中だった。


「ユウキっ!急に飛んで行くから何事かと思ったよ。心配するじゃない!」


「ごめん、説明できなかったことは謝るよ。でも、ツバサがピンチだったんだ」


「えっ!?」


 そこで女剣士は初めて俺を認めて、目が合った。

 一瞬、驚きで目をひん剥いていたが、すぐに心配そうな表情に戻った。

 一流女優ほどの演技力はないみたいだが、お人好しを騙す演技ぐらいはできるみたいだ。

 魔法使いも僧侶も部屋に入ってきて、俺を認めて、一応心配の言葉を吐いていたが、俺の目には二人も微かに動揺しているように見えた。


 この状況では女剣士の行ないを俺が咎めても、ただの水掛け論になりそうだ。

 この女が俺を殺そうとした物的証拠はないからだ。

 体が治ってからユウキに相談でもするか。


「丁度良かった、ノラーサ。ツバサを治療してくれ」


 そうか、僧侶は治療魔法が使えるのか。

 ユウキの言葉に一瞬、表情が崩れた僧侶だったが、すぐにニコニコ笑顔に戻った、しかし、この状況で笑顔を作るのは違うんじゃないか。

 すぐに僧侶は思案顔になり、わざとらしく指を顎で擦った。


「うーん、わたくしの魔力も無限では御座いませんからね。治療ですか………」


 やっぱりこの僧侶も女剣士とグルなんだろう、そうなると魔法使いも怪しい。

 あの霧とか魔法で作為的にやった可能性がある。


「いやいや、ここは別に戦場でもないし、残りの魔力量にこだわる必要ないだろ?それにまだ今日は大した戦闘をしていない。君の魔力が減っているなんてありえない」


 これは単純な嫌がらせだろうな。

 暗殺に失敗して、その相手を治療するのはどうも癪にさわるってところか。

 俺も殺されかけた奴とグルの奴に治療されたいとは思わない。


「ですが、わたくしにもわたくしの事情と言うものがありまして………」


 もういいぞ、ユウキ。もうすぐ協会の魔法使いが来てくれるんだろ、だから………


「―――いいから早く治療しろっ!」


 俺が心の中でユウキに語りかけていると、ユウキの怒声が部屋に響き渡った。

 多分、ユウキのこんな怒った顔を見たことないのか、女連中は鳩が豆鉄砲を食ったような間抜けな顔をしている。

 俺もこんな怒った顔のユウキを見るのは久しぶりだ。


 あれは俺たちがまだ小学五年生ぐらいだったか。

 若菜が上級生の男子から嫌がらせを受け、大事にしていた人形を取り上げられて、それにユウキがブチギレて、そのまま上級生に殴りかかって、大騒ぎになったことがあった。

 当然、俺もユウキの隣にいた。上級生四人に対してこっちは二人だけで打ち負かしてやった。

 あの時も負ける気なんて一切しなかった。

 本当に懐かしい記憶だ。


「おい、ツバサ。何が可笑しいだ?」


 無意識に俺は笑っていたらしく、ユウキに怪訝な表情を向けられた。


「いや、小学生の頃にお前が上級生の男子相手にブチギレたことあっただろ?若菜が人形を取り上げられて泣いた時の。あの時のことを思いだしちゃっただけだよ」


「あぁ、そんなこともあったな。でも、お前も一緒にブチギレてただろ」


「まぁな。でも、滅多に怒らないユウキの貴重なシーンだったよ」


「そうかもしれねぇけど、ツバサ。あの時はお前の方が酷かったぞ。男女ってからかわれてた若菜に対して、こいつは男っぽい見た目してるけど、しっかり女だ。だって玉ねぇもんっ!って返した時は笑いを我慢するの大変だったんだぞ」


「あ?俺そんなこと言ったっけ?」


「言ってた、言ってた。しっかり覚えてるぞ。あれ以来だぞ、若菜が女の子っぽい格好し始めたのは」


 それに関してはあまり記憶にない。

 確かに小学校高学年で若菜の印象が変わった気がしたが、それって俺の所為だったのか。

 ユウキの顔を再度見やるが、さっきまでの怒りは感じられなかった。

 緊張していた空気が一気に弛緩した所為か、俺とユウキはどちらからとなく、声を出して笑い合った。

 ユウキのお供の女連中は俺たちの様子に付いてこれず、ただただ呆然としていた。


 それからすぐに協会からの魔法使いが部屋を訪れてくれて、俺は治療を受けることができた。

 その際、僧侶が慌ててわたくしが治療します、と言ったが、ユウキに冷たく断られ、いつものニコニコ笑顔が消えていた。

 ユウキが断らなくても、俺が断っていたが、どことなくユウキの雰囲気が変わった気がする。

 それは俺に懐かしい小学生時代を思い出させてくれた。


 協会の魔法使いの治療が終わり、ユウキは俺以外の人を全て追い出し、部屋には俺とユウキだけになった。

 少しの沈黙が流れる。

 俺にとってはユウキとの沈黙は苦にならないが、今のユウキは少し苦しそうに見えた。


「あいつらがやったんだな………」


「………」


 俺は沈黙で答えた。

 沈黙は肯定と同義だ。


 ユウキもさっきの女連中とのやりとりで気がついたみたいだ。

 いや、本当はもっと前から違和感には気づいていたのかもしれない。

 それでも、何年の付き合いかは知らないが、旅をしてきた仲間を信じたかったんだろう。

 女連中が俺のことを嫌っているのは当然感じていただろうが、まさか、直接害そうとするとは思わない。

 俺が逆の立場でもそこまでは考えなかったと思う。


「ツバサ、今夜この街を出るぞ」


「あぁ、俺は構わないが、あの三人は………」


「連れて行かない。ダチを傷つける奴らとは一緒にはいれない」


「判った、この世界を救うのはお前だ。俺はお前に付いて行くだけだ」


 ありがとう、と小さく呟いたユウキの表情は今まで見たことないほど悲しそうだった。

 ユウキと一緒にいた小学生の頃はやんちゃばかりしていたし、素直に感謝の気持ちを口にするのは照れくさかったが、人ってのは変わらない部分と変わった部分ってのはあるもんだ。


 そして、その夜。

 覚悟を決めたユウキはお供の女連中に何も告げず、俺と共に街を去った。


 

 

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