其の三
俺が異世界に召喚されて、ユウキと再会した日から約一ヶ月が経過した。
大体の事情を把握した天上界での出来事から、早速ユウキは俺を勇者パーティーに加えた。
俺が呼ばれた性質上、ユウキから離れるこたはできない。
仮にもし俺が死ねば、異世界を救うことはできなくなる。
ただの一般人以下の俺を守るためにも一緒にいなければならない。
と言っても、戦闘に同行するわけではない。
ユウキたちが出掛けている間は街で待機している。
俺が来たおかげか、最近のユウキは勇者の力のコントロールが上手くいっており、魔王軍討伐は順調らしく、まあ、足手まといは家でお留守番というわけだ。
その為、俺は俺でマイペースで平和な異世界ライフを送っている。
初めは特別な力がなくてがっかりしたが、元々なかったものを欲しがっても仕方ない。
気持ちを切り替えて俺なりに異世界を楽しむことにした。
積極的に街に出掛けては、目についた店や商品を見て回った。
これが案外楽しく、毎日のように出掛けた。
生まれた時から魔法が当たり前のこの世界の住人にしてみれば、俺の反応は珍しいらしく、怪訝な視線を向けられるが、俺はそんなことは気にしなかった。
そんな日々の中、天上界での仕事も一応こなしている。
呼ばれる頻度はその都度違うそうだが、今の所は大体週一と言ったところだ。
内容も大したことなく、はぐれた輪廻待ちの魂を呼び戻すだけだ。
しかも、別に全て戻さなくてもよくて、可能な限りでいいそうだ。
じゃ、なんでこんなことやらせているのか疑問に思うが、役割を与えてそれを実行させることに意味があり、結果は関係ないそうだ。
本当に結果を求めて仕事を手伝うと考えると、全世界の魂を管理している鬼神の仕事量は無限の量に近く、到底俺たち二人で賄えるものじゃないと、冷静にユウキに言われて、納得した。
しかし、人間は役割を与えられて、それをこなしているに過ぎないと言う鬼神の言葉が妙に忘れられなかった。
因みに俺たち地球にも異世界人はいるのかと質問したが、俺たちの世界の女神は放任主義の気まぐれだそうで、滅多に異世界間偉人召喚は行なわないそうだ。
そんなことで、この異世界自体は平和とはまだ程遠いが、俺は比較的平和に過ごせていた。
しかし、そう順調に物事は進んではくれなかった。
「いい加減に我慢の限界だわ!」
声を荒らげながらテーブルを力いっぱい叩きつけたのはユウキのパーティーメンバーの一人である、女剣士だ。
名前はあまり覚えていない、ローザだったかな、いや、ローラだったか………
「急にどうしたんだ、ミリィ?」
全然違った。
怪訝な表情を浮かべながら問い質したユウキだが、俺もよく事情は判っていない。
事前のユウキからの情報で、女剣士は大国の王族らしい。
「………役立たずは要らない」
ユウキの問に対して、当の女剣士ではなくて、魔法使いがボソリと呟いた。
問に対する答えにはあまりにも言葉足らずで何のことを言っているのか考える必要がある。
ユウキの話では彼女はこの異世界では有名な魔道国家出身で、そこで主席の魔法使いだそうだ。
魔法使いにも色々いるとは思うが、この無口で陰気な雰囲気は俺の魔法使いのイメージと近いところがある。
「タタノア。それでは言葉足らず過ぎますよ。わたくしたちが言いたいのはそちらの男のことです」
魔法使いをファローするようにいつもニコニコ笑顔の僧侶がその笑顔を湛えながら、俺を指さした。
彼女は女神を主と崇める聖教会の所属で、その中でも総本山である聖王国出身の聖女だそうだ。
聖女に認定されている人は何人かいるらしいが、彼女は表面上は聖女然としているが、腹の底に嫌なものを感じる。
だから、俺は最初の印象の僧侶と心の中で呼んでいる。
状況を整理すると、今は俺とユウキと女剣士と魔法使いと僧侶の計五人で丸テーブルを囲んでいる。
この状況自体がが珍しかった。
何せ俺がパーティー加入した初日以来、一度もこの五人で集まったことはなかった。
大体の理由は察しがついているし、さっきの発言からでも判る通り、どうやら俺はこの三人に嫌われているらしい。
俺も別に気に入ってもらおうとは思わなかったので、ユウキには悪いが一人で食事を摂っていた。
ユウキもそれには渋々納得したが、たまには一緒に食べようぜ、ということで最初は週一で一緒に食事をしていた。
しかし、余程女連中と食事するのが嫌なのか、徐々に女連中よりも俺と一緒に食事をするようになった。
恋心を抱いているかは定かではないが、パーティーの中心であるユウキが同郷の友とはいえ、後から入った見知らぬ男とばかり一緒にいるのが気に入らないのだろう。
それなら五人で食事すればいいじゃんと、思うが、それは嫌らしい。
なんて我儘な奴らだ。
恋慕なら俺のことなんて気にする必要はない、俺もユウキもストレートだ。
しかし、ユウキの話を聞いていると、どうも女連中にはそれぞれ別の思惑もありそうだ。
とは言え、みんなの勇者さまが後から現れた魔力ゼロに取られたと言った気分なのかもしれないが、俺の知ったこっちゃない。
が、女連中が突いてきた問題は食事のことではなかった。
「ツバサ? こいつがどうかしたか?」
「この男がパーティーに入ってから一回も魔王軍討伐に同行してないじゃない!働かないならパーティーを抜けてよね!」
「ミリィ、だから彼は戦えないんだって。でもこのパーティーには居てもらわない困んだ」
「じゃ、なんで困るか言ってよ!居て困ることはあっても、居なくて困ることはないわ!」
「それは言えない………」
何とも歯切れの悪いユウキの返事だが、当然これには理由がある。
天上界や鬼神、この異世界の女神の話をすればこの話は丸く収まるのだが、鬼神の神位魔法で俺とユウキはこの事情を説明できないのだ。
どこまでも上位者の都合を押し付けてくるが、天上界のことなど信じてもらえないとも思うので、致し方ない。
だが、向こうが俺のことを気に入っていないように俺もこの女連中が気に入らない。
勇者であるユウキの力をあてにしているなら、素直に言うことは聞くべきだろう。
こいつらの所為でユウキの気苦労牙絶えない。
ユウキと言う強大な武力を用いながら、魔王軍との戦いが中々進まないのは、一重にこの女連中とその背後にある国家間の争いだ。
これは予想でしかないが、政治的思惑は俺がいた世界と大差ないだろう。
困っている人を助けずにはいられないユウキは戦争が長引いていることに心を痛めている。
しかし、だからと言って、割り切って眼の前の女連中の頼みを断ることもできない。
だから、秘密を共有している俺がユウキの味方で居続けなければならない。
「働くべき………」
「そうね、わたくしも働かないヒモを養うつもりは毛頭ないですわ」
根暗な魔法使いもニコニコ笑顔の僧侶も女剣士に同調している。
こいつらに養ってもらってるつもりなどないが、傍から見たらそう見えなくもない。
しかし、逆に考えればいい機会かもしれない。少し街中散策にも飽きてきたところだ。
「判った。じゃ、次は同行するよ。それでいいだろ?」
俺が同行を了承するとは思っていなかったのか、女剣士は一瞬、素っ頓狂な表情を浮かべた。
「わ、判ればいいわ。しっかり働きなさいよっ!」
いちいち喚かないと気が済まない女剣士に、はいはいと、適当に返事を返すと、ユウキが真剣な表情で俺に詰め寄った。
「おい、ツバサ!正気か?お前には俺みたいな力は宿っていないんだぞ?」
「判ってるって。まあ、何とかなるだろ。危なくなったらお前が助けてくれたらいいし、それに俺とお前が揃えば何だってできただろう?」
小学生の頃を思い出した。
俺はユウキと一緒なら何だってできた。
意地悪な上級生だって、近所のうるさいおっさんだって、ユウキといれば怖くなかった。
どこまでも走って行けたし、何者にも立ち向かうことができた。
それを思いだしたのか、ユウキも俺の顔を見ながら不敵に笑った。
「あぁ、そうだ。そうだったな………」
二人で小さく笑うその姿が不気味に映ったのか、女剣士と僧侶は怪訝な表情を浮かべていた。
こうして俺も異世界での初冒険がスタートする。
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