第25話


「昨日はありがとね」


 学食のランチを食べ終えた時、不意に涼葉がそう言った。


「昨日って、猿渡さんに言っちゃったやつ?」

「そう」

「あぁ、あれ、ちょっと恥ずかしいわ。ごめんね、何か熱くなって変なこと言っちゃってさ。あのあと空気とか大丈夫だった?」


 そう言うと、涼葉はカラカラと笑った。


「気にしてたんだ」

「まあ」


 正直、ヤヤ子のことで一杯一杯で考える余裕はなかったけれど、差し出がましい真似をして後悔したことは覚えていた。


「大丈夫。変な空気にはならなかったよ」

「そっか、良かった」

「うん。それどころかさ、猿渡が私のことを大切にしてくれることになった」


 涼葉は嬉しそうに口元を緩める。


「今日もさ、あれこれ私に聞いてきて、鬱陶しいくらい」

「あはは、そうなんだ?」

「そう。それで、涼葉はやっぱり面白いだとか、今までごめんねーだとか、べたべたしたいだとか、変わりようが凄すぎて戸惑いしかない」

「しかないことはないんじゃない?」

「うん。嬉しい」


 涼葉の顔が明るい。気が楽になっている証拠だろう。


「もしかして、俺、お役御免になりそう?」

「それはダメ。橋下は私のことを大切に思って」

「何かその言い方、俺なしでも良さそうな気がするんだけど?」

「絶対ダメ」


 涼葉の顔から冗談が消え失せたので、わ、わかった、とどもりながら言った。


「うん。橋下がいないと私はダメだから。昨日のことだって死ぬほど感謝してるんだから」

「そこまで言われると、嘘くさいんだけど」


 照れ隠しにそう言うと、カバンをゴソゴソした涼葉から、チケットを手渡される。


「嘘じゃない。だから、これ」

「何これ、遊園地のチケット?」

「そっ。猿渡にもらったんだ」

「くれるの? 高く売れるかな?」

「一緒にいこ?」


 冗談を言っただけなのに、涼葉から本気の圧を感じたので、すぐさま訂正する。


「冗談だって、俺も一緒に行きたい。でも、本当に俺とでいいの? 仲良くなったんだから、猿渡さんと行った方がいいんじゃない?」 

「ううん。橋本とデートするからちょうだい、って言って貰ったから」


 恥ずかしそうに言う涼葉にどきりとする。


「なんてね。猿渡が橋下たちも一緒にいこーって、くれた奴なんだ。残念ながら」

「あ、ああ、そうなんだ」

「ドキドキした?」

「うん、まあ」

「そか」


 涼葉は嬉しそうに口元を緩める。


 本当に勘違いしてしまいそうになる。俺も鈴木くんのことを言えないな。


 なんて思って気づく。


 もしかしてヤヤ子は、涼葉との仲を疑って、あんなセリフを吐いたのだろうか。たしかに涼葉は思わせぶりなことを言ってたし。


 もしそうなら誤解を解けば……いや、結局それは問題の先送りにしかならない。遅かれ早かれ、同じ壁にはぶつかる。


 ヤヤ子のことが好きな人はすぐ現れるだろうし、極々薄い可能性でも俺のことが好きな子が現れるかもしれない。


 そしてその逆もまた然り。ついさっきだって、俺は涼葉にドキドキしていたし、好きな人ができる可能性だってある。


 結局、俺たちの関係をどうすべきかは、ここで答えを出さないといけないのだ。


「ま、そういうことで、橋下、もう一枚あるから、これは矢野に渡しといて」

「え、ヤヤ子?」


 不意にきた名前に内心動揺する。


「そうだよ、たち、って言ったじゃん」

「あぁ、そういえば」

「うん。あれ? 橋下と矢野、何かあった? そういや、今日話してるとこ見なかったし」


 どう答えようか悩んだのち、正直に吐くことにする。


「ちょっと拗れてて、気まずいというか」

「ん。そうなんだ」

「まあ涼葉は気にしなくていいよ。ちゃんと解決するから」

「わかった。そう言うなら気にしない。週末に遊園地だから、それまでに渡せそう?」

「どうなるかはわからないけど、それまでに解決するよう頑張るよ」


 俺は涼葉にそう言いきった。


 だが、解決するどころか、一切のコミュニケーションすら取れず、週末を迎えることになるのだった。

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