第24話
気怠い体を引きずって登校する。
一睡もできなかった。
それは昨日のヤヤ子とのやりとりのせい。
『セフレとして近くにおいてよ』
それに俺はうんと肯けなかった。
理由は明白。ヤヤ子のことを大切に思っているからこそ、そんな関係を築くことを拒んだのだ。
そしてその意図をしっかりと伝えたつもりなのだが、
『私は千尋に恩を売ったつもりも何もないから! 情けかけんな! 馬鹿! アホ! 面倒くさい女で悪かったな!! 私も恋して千尋なんか忘れてやるから勝手に幸せになっとけ!!! 馬鹿! アホ!』
と誤解されてしまった。
別に情けをかけているつもりはない。純粋に、他を全て捨ててでもヤヤ子といたい。
だけど、大切に思う理由に、恩があるからっていうのも事実。
今俺が、『ヤヤ子が望めば、他の全てを捨てられる』のは、ヤヤ子と純粋に一緒にいたいという理由の中に、辛い時期を救ってもらったことが絶対に混じる。
それは捉えようによっては、情け、というふうに見れてしまうのかもしれない。いや、情けと捉えられてもおかしくない。
完全に誤解というわけではないのかも。
逆の立場になって、ヤヤ子に、俺に恩があるから他を捨てて一緒にいる、なんて言われたら、俺も情けをかけるなと思ってしまうだろう。それどころか、怒りまでするだろう。俺を理由に自分の幸せを捨てるな、だとか、今までの互いに求め合う関係が情けで一緒にいてもらう関係に変わるじゃないか、だとかいうふうに。
ヤヤ子を、俺とヤヤ子の関係を大切に思っているからこそ、より怒りが大きくなる。とまで思って、今更ながらに気持ちがわかる。
ヤヤ子からしたら嫌だったんだろうな。
でも、だからって、どうすれば、という話。
俺がヤヤ子に恩を感じているのは事実。恩があることなんて一切関係なしに、俺は全てを捨てれる、と騙したくない。でもだからって、ヤヤ子の意向を汲んで、セフレとして雑に扱いたくはない。
全く、どうしていいかがわからない。
ただ、ヤヤ子の言う通り、このまま名前のない関係で居続ければ、いずれきっと側にはいられなくなるのはわかる。
一回、ちゃんと話し合おう。とはいえ、俺に答えがないのは失礼だから、答えを作って。
そうと決まれば、まずはヤヤ子に謝って、話し合いの約束をしよう。
俺は教室にたどり着くと、席に座っていたヤヤ子に話しかける。
「なあ、ヤヤ子」
顔を背けられる。
「あのさ、昨日はごめん」
そう言っても、返ってくるのは無言。
どうやら本気で無視を決め込むつもりみたいなので、諦めて自分の席へ戻る。
相当怒ってる。というよりは、意地になっている、に近い感じがする。
こうなったら、何を言っても無駄だろう。
時間が解決してくれることを祈って、自分の席で頬杖をついた。
***
「橋下、お昼いこ」
昼休み。涼葉がそう声をかけてきたので、俺はヤヤ子に一緒に行くか聞こうとした。
だけど、ヤヤ子の姿はすでにない。友達とお昼を食べに行ってしまっている。
「いいよ、食べに行こう。誘ってくれてありがとう」
ゆっくりと立ち上がった時だった。
「待て、待て、待て!」
急いで駆け寄ってきたのは、鈴木くん。
「な、なあ、涼葉、俺と飯食おうよっ」
「は? 何で?」
「いや何でってそりゃ、さ……ほら、俺と飯食った方がよくね?」
「よくない」
「いやいやいや、よくないわけないって。俺の方が面白え話できるし」
「別に面白い話聞きたいわけじゃないし」
「で、でもさぁ、ほら、橋下って地味じゃん? そんな奴と涼葉が飯食ってたらさ、普段涼葉と一緒にいる俺らまで下に見られるって言うか」
涼葉の眉が吊りあがって、ぴきっ、と空気が凍った気がした。
「じゃあ私は二度と鈴木と関わらないから。それでいいでしょ?」
「え、ちょ、それはよくねえって」
「橋下、行こ」
「ご、ごめん。涼葉、俺が悪かった」
「謝られることなんてないから謝らなくていいよ」
涼葉が本気で怒ってるのを見て、俺は慌ててとりなす。
「俺は何も思ってないから全然いいって」
「橋下、これは私の問題。普通にそういうことを言えちゃう人間と関わりたくない」
「あー、えっと、多分、鈴木くんも本気でそう思ってるわけじゃないって」
「いや思ってなかったら、そんな言葉は出てこないでしょ」
「えっとまあ思ってはいるだろうけどさ、こうなんというか、許容できないレベルには思ってないだろうし、ね?」
目配せすると、鈴木くんは「お、おう」と頷いた。
それでも不満げな涼葉に諭すように俺は話しかける。
「そのさ、ほら、俺が涼葉を独占してるみたいに見えて、友達として寂しくてつい、みたいな感じだからさ」
「橋下になら、独占されてもいいよ」
「あ、ちょっと今、そういうこと言うのは……」
「あはは、冗談。橋下が取り成そうとしてくれるのが可愛くて、意地悪した」
そう言うと、涼葉は鈴木くんに顔を向けた。
「鈴木。許すのは今回だけだから」
「わりい、涼葉」
「いいよ。それに謝るのは私にだけじゃなくない?」
「……悪かったな、橋下」
謝った鈴木くんの顔は、見るからに悔しげだった。
また涼葉の顰蹙を買うと思ったので、俺はパンと手を叩いて鈴木くんの顔に意識がいかないようにした。
「さ、さぁ、飯食いにいこう」
「そだね」
涼葉と2人並んで、歩き出す。
教室を出る前に振り返る。そして見えた鈴木くんは恨むような顔つきをしていた。
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