第13話
うちの学校の中庭には、テラスがある。廊下沿いの外に備え付けられたそこは、ウッドデッキになっていて、白い丸テーブルの席がいくつもある。その中の一つを占領した私たちは、千尋が開けたスープ用の保温容器を見て感嘆の声をもらしていた。
「うわっ美味そう」
「美味しそうだね」
「うわぁ、美味しそうだぁ」
「自分も言うんかい」
私たちに合わせて言った千尋にそう突っ込む。いつものノリだけど、これは大丈夫か? と涼葉の顔を窺うと楽しげに笑っていた。笑ってくれたことが嬉しくて悔しいので、涼葉からシチューに目を戻す。
「てか、こんな保温容器、千尋持ってたんだ?」
「いや、買った」
「それって私のため?」
涼葉が尋ねると、千尋は笑った。
「そう。涼葉のためだけに、わざわざ、えっさほいさ、と遠くへ足を運び、あれこれ悩んで苦労して苦労して買ったんだよ」
「うわぁ、恩着せがましくて感謝の気持ちがなくなるわ」
なんてやりとりを見て思う。こうやって相手に気を遣わせないようにするのは千尋の癖で、ずっと私に向けられていた優しさだ。それが他の女に向けられているのを目の当たりにして、ムッと妬いてしまう。
ハッ!? ダメだ。こんなんで妬いてちゃあ友達じゃあない。気を付けろ、私。友達だ、友達だぞ。
……涼葉のために、わざわざ買ったんだ。
いや落ち込むな、私! 友達だ!
「ね、橋下、食べていい?」
「もちろん、二つに分けて入れてあるから、片方をあげるよ。あーでも、ヤヤ子の分はないや。俺と一緒でいいよな?」
「ん? そりゃいいけど……や! よくない!」
っぶねえ。流石に、男と女が同じ容器のシチューをつつき合うのは友達越えてるだろ。
「千尋、わたくし、女子ですのよ? 気を遣っていただけますかしら?」
「え? 普段は……」
「いいから! わたくしは別の容器にしてくださいますかしら! あと、シチュー分けてくださいまして、ありがとうございまして!」
そう言うと、涼葉は笑った。
「何でお嬢様言葉なのかは知らないけどさ、矢野は私ので食べたらいいじゃん」
「え? いいの?」
「うん」
「あ、あざます」
美少女の涼葉と同じ器のシチューをすすると思うと、何かこう萎縮してしまう。
「じゃあはい。涼葉」
千尋は二つ重ねの保温容器の上の方を涼葉の前に置いた。
「わぁ〜、ありがと」
目をキラキラさせる涼葉は可愛くて、萎縮していたのを忘れて、にやけてしまいそうになる。
「どうぞ、召し上がれ」
「スプーン」
「ひっかからないか」
くすくす笑う二人。
何もわからず、置いてかれてる感じがする。それに、いい雰囲気……。
まずい、という焦燥感に煽られて、頭を掻き毟りたくなる。
ああもう、色んな感情に振り回されすぎてヘロヘロになりそう。
「はい、涼葉スプーン。ヤヤ子はある? ってないよな」
「持ってない」
「あぁ、じゃあ私はスプーンいいや」
涼葉はそう言うと、保温容器を両手で持つ。そして茶碗の抹茶を啜るように、桜色の潤んだ唇を容器につけた。
「美味しい」
……は?
今何をした?
「え、ちょ、涼葉?」
「何、矢野?」
「その、今シチュー直飲みしたよね?」
「した、それが?」
「え、あ、うん、いいんだけど」
あのクールな涼葉がシチュー直飲み。しかも何が変とか理解していない。
抜けた涼葉が意外すぎる。それに、もしや、という疑念がわく。
「あのさ、涼葉。この前、朝早く学校に来たよね? あれってどうして?」
「ああ、あの日ね。朝練ある日と間違えた」
クールで格好いいイメージがガタガタと崩れ落ちる。
「ああ、やっぱりそうなんだ」
「やっぱりって何?」
千尋の言葉に、やっぱりって何? とむすっとした涼葉。私も千尋の言葉に、やっぱりって何? と焦る。
やっぱりって何? 千尋は涼葉がそんな感じだとわかってたってこと?
だ、だとしたら、私が思っているより二人の仲は深いのかもしれない。
ま、まずい。早く友達って涼葉に認めさせないとっ。
や、落ち着け。あわあわしてちゃあ友達のように振る舞えない。平静になれ。
大きく深呼吸する。落ち着きが戻ってくる。よし。
「シチュー以外も作ってきてるから」
千尋がそう言って鞄から取り出したのは、重箱だった。
「うわっ重箱。橋下、流石に悪いよ」
「気にしないで。勝手に作ってきただけだから。今度からはお金もらうし」
「試供品か? 商売上手か?」
そう突っ込むと、千尋は乗ってきた。
「タダだし、一回、一回だけ食べてみなよ」
「麻薬商人になっちゃった。でも頂戴」
「あげましょう、鬼の征伐についていくならやりましょう」
「私、キジがいい。戦ってるところを空から応援してあげるね」
「もらったんだったら戦えよ」
なんて会話してると、涼葉はころころ笑った。
「二人って本当仲いい友達だね」
いつものノリだけど、友達っぽかったのか、今の? うん、言われてみればそうかもしれない。
ということは、涼葉がいつものノリを友達認定してくれたわけで。
なんだ、案外友達いけるじゃん。
これからもこのノリを続けていい。これからはこのノリだけ続けなければならない。
……どうなんだろ?
満足できな……いやいやいや! 千尋と一緒にいられるだけで有り難いこと! 高望みはするな!
落ち着け。ここは水でも飲もう。
と、したが、飲み物がない。
「わ、私、飲み物買ってくる」
そう立ち上がった時、椅子に足をひっかけてバランスを崩す。
まずい、こける。
目を瞑って覚悟したが、地面にぶつかる衝撃の代わりに、抱き留められる感触。
目を開けると、千尋の顔がすぐ近くにあった。
どきり、と胸に甘いときめきが訪れる。
「大丈夫か?」
「う、うん。ありがと、千尋」
恥ずかしくて視線を落とす。
そこには男の子の腕。何度も私を抱いた腕。
甘い快感を思い出して疼いてしまい、興奮に体が熱くなる。
私は思った。
友達は無理!! だってまだまだエッチなことしたいし!!
残りの昼休み。悶々とした気持ちを隠すのに精一杯で、大人しくなってしまった。
————————————————————————————————————いつもお読みくださりありがとうございます。
ストックが切れたので、続きを書くモチベーションに、コメント、星、フォローをどうかよろしくお願いいたします🙇♂️
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