第12話


 登校してすぐ、今日も昨日に引き続きうつ伏せになっているヤヤ子に話しかける。


「おはよう、ヤヤ子」


 ヤヤ子はビクッと起き上がり、ぎぎぎ、と首を回してこっちを見た。


「お、おはようございます、橋下くん」

「はあ? 何か変なもんでも食べた?」

「い、いえ。食べてはございませんわ」

「何その喋り方」

「そうでしょうか。前から私はこの話し方ですわ、おほほほ」


 ヤヤ子がキモい。一体、どうしたというのだろうか。


「それで、橋下くん。今日の私はどうかしら?」

「どうって何が?」

「距離感ですわ」

「距離感?」

「はい。友達、みたいでしょうか?」

「いや、こんなやつ友達にしたくない。距離感で近い遠いで言うなら、遠ざけたい」


 そう言うと、ヤヤ子は何故かガクンと項垂れた。


「どうしたん? 一体?」

「友達の距離感がわからなくって……ごめん気にしないで」

「少なくとも、お嬢様ではない気がするけど」

「わかってるよぉ〜」


 涙目になっちゃった。

 よくわからないけど、何か悩んでいる様子。心配になって、事情を聞くことにする。


「なあ、ヤヤ子」

「何?」

「悩み事があるなら聞くよ。ヤヤ子は俺にとって大切な人だからさ、しんどいことがあるなら俺がなんとかするよ。いや、できないかもしれないけど、なんとかしようとしてみるよ」


 ヤヤ子は、「千尋……」と名前を読んだあと、ぽーっとしたかと思えば、うがあ、と頭をかきむしる。


「こういうのがダメなんだぁ!!」

「いや、何がダメなのさ。もしかしてキモかった?」

「そうじゃなくてさ。ダメじゃなくてさ。いいから、ダメっていうか、うぅ……」


 相当な悩み事のようだ。


「何悩んでるかわからないけどさ、気が楽になる方法は知ってるよ」

「え、なに、教えて」

「ふっ、楽しませてくれるじゃねえか、って思うこと」

「あぁそれ、聞き覚えある」

「そりゃそうよ、だってヤヤ子から聞いたもの」

「私、そんなこと言ったっけ?」

「うん。『嫌なことに対して、ふっ、楽しませてくれるじゃねえか、って思うのがいいらしいんだけど、効き目弱いよね』って」

「それで?」

「ヤヤ子は『その代わりに、まあヌいたけど、って言った方が効く気がする』って言ってたよ」

「私、最低か? でもやってみる」

「やってみるんかい」


 ヤヤ子は腕を組んで俯いたあと、頭を抱えた。


「やだあああ! 脳が壊れる!」

「何でそうなる」


 ヤヤ子の内心が全く理解できない。


「うぅ……」


 ぐでーっと机に寝そべって唸るヤヤ子に、ため息をつく。


「何か俺にできることはない?」


 ヤヤ子は顔だけ横に向けた。


「……黙って私に付き合ってほしい」

「彼氏として?」

「え、付き合ってくれるの?」

「何その反応。ヤヤ子は付き合いたいわけ?」

「そうじゃないから、悩んでるんだい! とにかく!!」


 ばん、と机に手をついてヤヤ子は立ち上がる。そして人差し指を突きつけてきた。


「私が勝手にするから、千尋は何もしなくていいの!」

「まあそれでいいなら、そうするけど……」

「けど?」 


 俺は周りに目を向ける。朝からやってんねー、というニヨニヨした視線が向けられていた。


「っ!! こういうのがダメなんだぁ!」


 ヤヤ子は半泣きになりながらそう言った。


 ***


 ヤヤ子side


 始業前は酷い目にあった。まあ自爆なんだけど。


 友達として接してみようととしたけど、ダメだったな。


 まず第一に距離感がわからない。あまり親しくしすぎては友達の域を越えてしまうし、お嬢様みたいなのは距離が遠い、どころか我ながらキモい。


 第二に、こぅ、そのぉ、甘い感じになってしまう……いや、いやいやいや! あれは千尋が悪い! 千尋も千尋だ! 


『悩み事があるなら聞くよ。ヤヤ子は俺にとって大切な人だからさ、しんどいことがあるなら俺がなんとかするよ。いや、できないかもしれないけど、なんとかしようとしてみるよ』


 なんて真っ直ぐな優しい言葉をかけられたら、ぽっ、ってなるわ!


 うぅ……それにいつものノリになったら、周りから夫婦漫才みたいに見られて、友達じゃなくなるし。


 もうやだぁ……友達ってそもそも何? 


 仲良く遊んでも恋人じゃなけりゃ友達なんじゃないの? でも、なんじゃないから、夫婦漫才みたいに見られるわけで……。


 わからん。まったく、わからん。


「今日の授業はここまで」


 気づけば鐘がなり、先生が教室を出ていって昼休みに入ってしまった。


 今日はお弁当を持っていない。だから、友達と食べるのではなく、千尋と学食へ行くのが常だけど。


 それはしてもいいのか? いや、お昼をともにするのは、流石に友達の範疇だろう。


「千尋、お昼一緒にいかない?」


 私は立ち上がり、千尋に声をかけた。


「あー」


 妙に気まずそうな顔の千尋に疑問を覚えた時だった。


「橋下、お昼いこ」


 涼葉の声が聞こえ、そちらを向く。そこには、今日もクール系美少女きまっている涼葉がいて、内心あわあわと動揺する。


 ふ、ふふふ、二日連続、ご飯のお誘い!? す、涼葉さん、積極すぎやしませんか!?


「うん、昨日言ってたやつ、弁当に作ってきたから、中庭のテラスにでも行こうよ」


 は、はああ!? 弁当作ってきてるだと!? 千尋もノリノリやないかい!?


 ま、まずい。こいつら、そのうち付き合うぞ。


 早く千尋と名のある関係にならないと、一緒にいられなくなってしまう。


 どうする? どうすればいい?


「おーい、ヤヤ子?」


 目の前で手を振られて、我に返る。


「な、何、千尋?」

「ヤヤ子もいていいか? って聞いたら涼葉がいいって言ったけど、聞いてた?」

「き、聞いてなかったです」

「ええ……。まあいいや、それでどうする? いく?」


 友達以上に感じている男が他の女とイチャイチャしているところを、誰が好き好んで見たいと言うのか。私にNTR耐性はない、脳が壊れる。いや、別に付き合ってないからNTRもくそもないんだけど。


 まあ兎にも角にも行きたくはないことに変わりない。


「じゃあやめ……待って」


 待て待て。感情に流されるな。よく考えればこれはチャンスだ。


 友達かどうかの判定基準は涼葉にある。涼葉が、私と千尋が友達だ、と判断し、一緒にいていいと許可を下せばそれでいいのだ。


 そのため、これは、私と千尋が友達であると認めさせるチャンス。逃す手はない。


「やっぱ、行きたいです!」

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