第11話

 矢野美也子(ヤヤ子)side



 昼休みから一切話すことなく、放課後になって即行でひとり帰宅。

 部屋に入ってベッドにぼすりと倒れ込み、ぐるぐると思考を巡らせていた。


 なくてはならないものがある。


 それは水だったり、食べ物だったり、衣服であったり、それらを買うお金であったりだ。


 逆になくてもいいものもある。


 お菓子であったり、ゲームであったり、友達であったり、嗜好品の類のものだ。


 私にとって橋下千尋という男は、後者に分類される。


 友達のように気兼ねなく笑い合える。

 恋人のように甘い空気に胸を焦がされる。

 セフレのように快感を求め合うがままに体を重ねられる。


 そんな関係の彼は最高の嗜好品で、手放すことは出来そうにない。


 だけど、分類上、なくてもいいものにあたる。


 その上、私たちの関係には名がない。


 友達であれば、千尋を好きな人がいようが、側にいることが許されるだろう。

 恋人であれば、千尋を好きな人がいようが、堂々と彼女として側にいれるだろう。

 セフレであれば、千尋を好きな人がいようが、隠れて側にいれるだろう。


 しかし。


 友達でなければ、親しい女が近くにいることは許されない。

 恋人でなければ、身を引かざるを得ない。

 セフレでなければ、隠してまで近くにおいてはもらえない。


 だから私は、


『矢野と橋下ってどういう関係?』


 恋する乙女の顔をした涼葉の問いに、答えることができなかった。


 ベッドの上を転がって足をバタバタさせる。


「いやだぁ〜〜〜〜〜!! 友達みたいにまだまだ遊びたい! 恋人みたいにまだまだ甘くなりたい! まだまだセックスしたーい!! 千尋と一緒にいたーい! あ、痛ぁ!?」


 落ちてじんじんするお尻を押さえながら、再びベッドに転がり込む。


 そもそも何だ? 千尋と涼葉に、一体、何が起きた?


 千尋と涼葉がお昼を食べに行った。千尋と千尋に恋してるらしい涼葉がお昼を食べに行った。


 何で??? いや、涼葉は千尋が好きだからお昼に誘ったのはわかる。でも、どうして涼葉は千尋を好きになったの?


 わからない。でも、緊急事態なのはわかる。


 昨日の千尋の言葉を思い出す。


『それ聞いても、全然。好きな人が出来たら出来たでその時。俺は今の関係を心地いいと思ってるし、俺からやめようとは思わないよ。まぁ、ヤヤ子のことが好きで仕方ないってやつが出てきたら、うーん、身を引かなきゃなぁ、とは思うし、ヤヤ子がやめたいって言うんなら従うけど?』


 の


『まぁ、ヤヤ子のことが好きで仕方ないってやつが出てきたら、うーん、身を引かなきゃなぁ、とは思うし』


 ここ。


 涼葉が千尋のことを好きならば、私は身を引かなければいけない。


 それはそう思うけど、


「いやああああああああああ!!!」


 千尋。中学二年生からの付き合いの男の子。最初は気が合うなって思って、よく話すようになって、気を許し合えるようになって、体まで許し合えるようになった男の子。


 今では千尋抜きの生活なんて考えられない。

 

 なのに、身を引く? 無理! 無理!


 こ、この際、身を引かなくてもいいのでは? いや、だけど、涼葉に好意を寄せられたら千尋なんてころり、と……。


「や、やばい。涼葉と千尋が付き合ったら、いよいよ、このままの関係は続けられない。千尋と一緒にいられないじゃん」


 声に出すと絶望感が増す。


 ど、どどどどうしよう。


 千尋とは絶対に一緒にいたい。ならば、今の名前のない関係ではダメだ。名前のある関係にならなければ、一緒にいることは許されない。


「一緒にいるためには、友達になる……は嫌だし、セフレになる……はダメだし、こ、恋人かぁ? 涼葉と付き合う前に恋人になるしかないのかぁ?」


 いやいや、本当にそうか?


 もう一度考えてみる。


 友達……友達は無理。まだまだえっちなことしたいし。

 じゃあセフレ? いやセフレはダメ。えっちだけの冷めた関係なんて寂しすぎる。

 ならば、こ、恋人ぉ? でもそんな重い感じを受け入れてはもらえないだろうし、千尋と重い感じの関係になるなんて想像もつかない。


 カレー味のうんこか、うんこ味のカレーを選ばされている気分になって、頭を抱える。


 というか、そもそも選ぶ権利なんてあるのか?

 

 ……ない。


 千尋が友達にはなれない、セフレにはなれない、恋人にはなれない、そう言った時点で一緒にはいられないのだ。


 まずい、それに時間もない。早く答えを出してその関係に落ちつかなければ、千尋と涼葉が付き合ってしまい、一緒にいられなくなる。


「た、試してみよう。まずは友達でいけないかどうか、試してみよう」


 私はまず千尋の友達になろうとすることに決めた。

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