第10話


 昼休みの鐘が鳴り、先生が教室から出ていく。


「何かあった?」


 朝からずっと頭を抱えてうつ伏せになっているヤヤ子に話しかけた。


「何かあった」

「それは何?」

「言えない……いや、言えないってことはどうなの? 言えないってことは言いたくないってことで……あああああ」

「怖」

「怖とか言うなあ!」


 ヤヤ子が起き上がってうがあと襲いかかってきた、かと思えば、身を引いてまた机の上にうつ伏せになる。


「どしたの?」

「いや、こういうのもやっちゃダメなのかな……って」

「何でさ」

「何でだろうね!」


 ヤヤ子は拗ねたようにそう言った。

 珍しい。いや、ヤヤ子がこんな感じに言うのは初めてではないだろうか。


「ごめん千尋。今は放っといてけれ」

「んー、わかったわ」


 何だか、一人にして欲しそうなので、話しかけないことにする。ヤヤ子のことは気になるが、涼葉のことも気になるのだ。

 朝から近づく機会を窺っているが、涼葉は相も変わらずトップグループの皆と会話をしていて隙がない。

 仲を深めようにも、割り込んで迷惑をかけては意味がない。大切に思っている人から大切に思われるからいいのであって、空気の読めないやつになっては大切には思われないのだ。

 ああ、何も出来なくてもどかしい。涼葉が目に入るたび、早く楽になってほしい、という焦燥感に似た感情を覚える。

 でもまあ、急いても仕方ないか。また、涼葉が暇そうな時を見計って声をかけよう。

 そう思った時、涼葉と目があった。


「あ、橋下」


 涼葉に呼ばれると、周囲の目が一斉に俺に向けられる。そんなのお構いなしといった感じで、涼葉は近づいてきた。


「お昼どうするの?」

「え、購買か学食に行くつもりだけど」

「一緒だ、じゃあ学食行こうよ」


 ざわっとクラスがどよめく。あの涼葉が地味な橋下を食事に誘った? みたいな空気が流れ始めて居心地が悪い。だけどそれより、涼葉と仲を深める機会ができた嬉しさが勝って、断らないことにした。


「いいよ、行こう」


 涼葉の顔が綻んだ。


「じゃ、いこ」


 歩き始めたので、俺も並んで歩く。教室を出るときに振り返ると、ぽかんとしたクラスメイトの顔と、あんぐりと口を開けたヤヤ子の顔があった。


 ***


 笑い声が響く学食。長テーブルの端っこの席に向かい合って座ると、至る所から視線が飛んでくる。美少女と、楓川涼葉とさしでいるあの冴えない男は誰だ、みたいな感じの視線でこれまた居心地が悪い。


「気になる?」


 視線が気にならないらしく、カレーをパクパク食べていた涼葉が尋ねてきた。


「ん〜、まあ。気にならないわけではない」

「迷惑だった?」


 迷惑よりも嬉しいの方が勝っているため、俺は首を振る。


「いや、むしろ嬉しい。どうやって、楓川に近づこうか悩んでたから」

「あはは。それで今日ずっとチラチラ見てたんだ」


 バレてたようで妙に恥ずかしい。


「バレてたか。でも俺の視線に気づく割には、今みたいな視線は気にならないの?」

「ならないかなぁ〜。視線には敏感だけど、もう色々と慣れてるし」

「そっか。じゃあ俺も慣れないとな」


 そう言うと、涼葉はスプーンを持つ手を止めた。


「慣れないと、ってことは、また一緒に食べてくれるってこと?」

「そりゃそうよ。じゃないと、いつまで経っても大切な人にはなれないし。というか、涼葉が食べてくれるのに感謝しないといけないのはこっちの方だよ」

「……嬉しいこと言うなぁ。ありがと、橋下」

「いや、感謝されても困るって。涼葉を見てらんないってエゴで勝手にやってるだけなんだからさ」

「それでも、ありがと」


 むず痒い甘い空気が流れて、気恥ずかしくなる。

 俺は冗談口調で「じゃあ、いえいえ」と言って、自分の唐揚げ定食に目を落とす。

 箸を伸ばして食べると、正面からじーっと見つめられる。


「あの、食べづらいんだけど」

「気にしないで。見てるだけだから」

「や、無理だから。その黄金比のグルグルが見えそうな綺麗な顔で見つめられたら、誰でも気になるって」

「初めてそんなこと言われた」


 ケラケラ笑われて気恥ずかしい。それに悔しいので、やりかえすことにして、じーっと見つめる。


「何?」


 じーと見つめる。涼葉を困らせて、ほら食べづらいだろ、っと言うために、じーと見つめる。

 だけど、涼葉の反応は予想とは違って、頬を染め、上目遣いで目をあわせてくる。甘い空気が訪れて俺は冗談に逃げた。


「昨日、ハヤシライスを食べたのに、カレー美味しそうに食べるなあって」

「っ!? いいじゃん、別に」

「シチューとか絶対好きだよね?」

「うっ、好きだけど……何か悔しい」


 照れた涼葉が可愛くて、思わず吹き出した。すると涼葉は唇を尖らせたが、すぐに笑い出した。


「ね、さ、橋下」

「何?」

「またさ、料理作ってくれないかな?」

「シチュー?」

「うん、話してたら食べたくなった」


 二人また吹き出して笑った。

 涼葉の笑顔を見て思う。

 大切な人へ一歩進めたようだ。


***


side涼葉


シチューの話で笑い合いながら思う。


やっぱり、橋下のことが好きだ。


矢野との会話を思い出す。


『どういう関係なんだろうね?』


その言葉に嘘がないように思えたから、きっと矢野と橋下は彼氏彼女の仲じゃないのだろう。


詳しい関係はわからない。だけど、彼氏彼女じゃないなら関係ない。


私が橋下を落とすことには変わりないんだから。

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