第9話

 side 矢野美也子(ヤヤ子)


 一限の体育。私は驚くべき事態に遭遇していた。


「ペア組もうよ、矢野」


 涼葉からの突然のお誘い。普段、カーストトップの子かバスケ部の子とペアを組む涼葉からの突然のお誘い。


 私と涼葉は特別仲良いわけではない、むしろ接点すらないので、驚きを禁じ得ない。


「ダメ?」


 小首をかしげた涼葉に私は焦る。


「も、もちろんいいよ」

「そっ、よかった」


 良かったんだ。ちょっと嬉しい。

 というか、美少女力すげえ。つい、いいよって頷いちゃったんだけど。


「じゃあ私、コートの奥側行くから」


 テニスの授業は、最初、ラリーから始まる。だから、涼葉は奥側のコートに行ってくれようとしてるんだけど……。


「いや、私が行くよ」


 こう美少女を歩かせるのは申し訳ない気持ちになってしまう。


「矢野、帰宅部でしょ? 歩ける?」

「馬鹿にすんなあ」


 涼葉はころころ笑う。

 からかわれたのに、笑ってくれて嬉しい、なんて思ってしまうくらいの美少女力。ああ、勝てねーなー、と向こう側へ歩きながら思った。


 対角、クロス側につくと、涼葉はボールをぽんと打ってきた。


 ちゃんとドライブ回転がかかってる、テニスもできるんだ。


 バウンドして前にくるボールを私も打ち返す。中学ソフトテニス部に所属していたが、初めてしてて良かったと思う。

 涼葉はバスケ部で一年生ながらスタメンを奪っているらしいし、普段の体育からも運動神経がいいことは知っている。ここで私が下手くそでラリーが出来なかったならば申し訳がたたないところだった。


 それから何度かラリーして、授業は試合の時間になった。

 他の子が試合している間は暇になる。バックネット背を預けて座り、テニスコートと隣接しているグラウンドを眺める。


 男子は高跳びだっけ?


 二つマットがあって、バーが高い方と低い方にわかれている。千尋は、と探すと、高い方の列に並んでいた。千尋のくせに生意気だ。


「お疲れ、矢野」


 そう言って涼葉が私の隣に腰をおろした。汗かいてるはずなのに、何か柑橘系の爽やかな甘い匂いがする。美少女すげー。


「お疲れ、涼葉」

「まあ試合が残ってるからまだ早いけどね。何見てんの? 男子?」

「いや、そうだけど、その聞き方はなんかやだ」

「じゃあ、お眼鏡に叶う男子はいた?」

「その聞き方の方がいや!」


 涼葉はくつくつと笑う。普段涼葉はツッコミ役なのに、こんな、いじってくるとは思わなかった。


「ごめんね、矢野。何か矢野相手だと、いじりたくなっちゃって」

「私、そんないじられキャラじゃないんだけど」

「わかってる。軽い嫉妬みたいなもんだから」


 うん? 嫉妬?

 涼葉に嫉妬はすれど、されるようなことは何もないんだけど。


「ごめんごめん、こっちの話。気にしないで」

「わかんないけど、じゃあ気にしない」

「素直か」


 涼葉はそう言って笑った。ウケたことに照れ臭さを感じ、グラウンドに目を戻す。すると、ちょうど千尋が跳ぼうとするところだった。


「橋下の番だ」


 涼葉は千尋に目を向けた。口元は緩んでいて、何かもやっとする。

 が、気にしないことにして、再び千尋に目を向ける。


 とんとんとん、という助走。そこからスピードアップして、踏み込み、ふわっと体が浮いた。曲線を描く綺麗な背面跳び。バーを揺らすことすらなく、千尋はマットの上に落ちていった。


 ちょっとカッコいいじゃん。失敗したらいじってやろうと思ったのに、生意気なやつめ。


 ちぇ、とグラウンドから目を背けて、涼葉を見る。


 あ。


 涼葉はぽーっと見惚れていた。


 血がさーっと引いていくような感覚を覚える。


 何も言えずにいると、涼葉は私の方を向いた。真剣な目を向けられ、何故、ペアを組もうと誘ってきたか理解した。


「ねえさ」と涼葉は続けた。


「矢野と橋下ってどういう関係?」


 頭の中は真っ白だった。


「どういう関係なんだろうね?」


 答えられず、私がそう濁した時だった。


「矢野〜、涼葉〜、試合だよ〜」


 そう呼びかけられ、私は慌てて立ち上がる。


「よ、よし。行こう」

「そうだね」


 試合が終わっても同じ質問をされることはなく、体育の時間は終わった。

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