第8話
ドライヤーを濡れた髪にあてる。ぱたぱたと柔らかくはたくと、甘い香りが漂ってきた。
「あ〜、千尋に髪乾かしてもらってる時が一番幸せ〜」
そう言うヤヤ子は下着以外何もつけていない。うなじの色気、瑞々しい肌、華奢な肩を見ていると、ついさっきシたばかりなのに、そういう気分になってくる。
だけど、それはできない。今は朝8時前、もう一回戦できるだけの時間はなかった。
「朝からしちゃったね〜」
「朝からしてしまいましたね」
朝6時すぎ。昨日、早く寝過ぎたせいで早起きしたヤヤ子が合鍵で入ってきて、エロ漫画みたいに口で起こされた。胸で感じるかどうかが気になって、そういう気分になっていたらしく、あとは流れでシて今に至る。
「やっぱ胸じゃ感じんかったわ」
「そっか、じゃあこれからやめとくね」
「嘘! これからもして!」
相変わらずも甘い空気にはならない会話をしながら、ドライヤーで髪を乾かし終える。
「朝飯食べる?」
「食べる!」
「昨日のハヤシライスの残りだけど、いい?」
「いい!」
制服に着替えてから朝食を用意して、テーブルにつく。
「いただきます」
「どう? 美味しい?」
「美味し〜。千尋って料理上手だよね〜」
「料理うまい系男子を狙ってみるか」
「あれ、そんなにモテないらしいよ」
「じゃあやめとく」
「私にはモテるよ」
「やめとく」
「おい、ふざけんな〜?」
「逆に料理うまい系女子は、俺にモテるよ」
「やだ、めんどい。あ、そ言えばさ、新作のゲーム出るんだけど、一緒にやらない?」
「いいよ。どんなやつ?」
くだらない会話をしながら朝食を取っていると、つけていたテレビにドラマのCMが流れた。
「あー、このドラマ、女子の間で話題のやつだ」
「へー、どんなの?」
「恋愛もの。憧れの先輩と恋愛する話。嫉妬したりされたり、会いたくて仕方なくなったり、胸キュンでドキドキしたり」
やっぱさ、とヤヤ子は続ける。
「こういうの見てると、私らって恋人とは違うよなぁ、って思う」
「まあね。なんというか、そこまで重くない」
だよね、とヤヤ子は笑った。
朝食を食べ終えると、洗面所へむかう。歯を磨き終えると、メイクをするヤヤ子に先んじて出て、ベッドに座りテレビをぼーっと眺めた。
「どう、決まってるでしょ? かわいい?」
「宇宙で一番、ちょーかわいい」
「地下アイドルの合いの手みたいな褒め方だな」
帰ってきたヤヤ子はぼすっと隣に座った。
「キスしときますか」
そう言ったヤヤ子に太ももに手を置かれ、そのままチュッとキスされる。唇に柔らかいものが触れ、甘く幸せな感覚が広がる。
「あはは〜、やっぱキスは未だに慣れんね」
ヤヤ子は顔を赤くしながら離れた。
「俺は嬉しいけど、照れるんならしなきゃいいのに」
「照れるけど、それがいいの。よし、キスもしたし、グロス塗ってくる」
またヤヤ子は洗面所に向かった。
さっきのはドキッとしたなぁ。
なんて思いながら、テレビに目を向ける。そろそろ登校の時間が近づいてきて、楓川……涼葉のことを意識する。
昨日、涼葉に大切な人になると言った。俺にとってのヤヤ子になれればいい、と思っているのだけど、その方法は未だに浮かばずにいた。
今と中三の時では関係性が違うから、まずは、思い出すところから始めてみるか。
「準備できたよ、登校しよう千尋」
準備ができたみたいなので、部屋を出て自転車にまたがる。
荷台に乗ったヤヤ子の重さと、背中のやわらかい感触、漂ってくる女の子の香りを感じながら、漕ぎ始める。
バランスが取れると俺はヤヤ子に話しかけた。
「あのさ、ヤヤ子」
「なに〜千尋?」
「中三の時の俺たちってどんな感じだったっけ?」
「キスもしてないし、セックスもしてなかったよ」
「それはそうなんだけどさ、友達だったっけ?」
「友達、だったのかなぁ? 私は凄く仲良い男って感じで、友達とはちょっと違った気がする」
「だよなぁ、俺も凄く仲良い女の子って感じだった」
友達、と言い切れないくらいには女子を意識していたと思う。多分ヤヤ子もそんな感じで、友達以上で、友達未満の関係だったのだと思う。
だとしたら、あのクールでカーストトップの楓川に男を意識させつつ、友達のように仲良くならなければならないわけで。
「無理ゲーだなあ」
「何が?」
「いや、何でもない」
そう答えると、ヤヤ子は興味がないようで話を変えた。
「あ、今日の1限の体育、男子はなんなの?」
「高跳び」
「女子はテニスだから勝ったね」
「勝ちかどうかはわからないけど、楽しそうだ」
それからくだらない会話を続けて登校した。
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