第6話


「私さ、橋下の後輩なんだよね」

「後輩?」

「そ、私の両親も再婚したんだ」


 楓川は乾いた笑い声をあげた。


「高校に入ってすぐのことかな。パパが突然、女の人をつれてきた」

「パパって呼ぶんだ」

「うっさい。でね、親父がこの人と再婚するって」

「親父?」

「……お父さんが」


 楓川が赤くなって言い直した。


 口が軽くなるよう冗談を言ったけれど、あまり効果はなさそうなので茶化さないことにする。


「それ聞いて、本当は嫌だったけど、お父さんの幸せそうな顔見たら、賛成するしかなかった」

「大人だな」

「そっ、私は大人なんだ。私は」


 楓川は続ける。


「新しいお母さんの連れ子は中二でね、私と違ってまだ子供なんだよ」


 子供。年齢的な話ではないだろう。なら、大体話がわかってきた。


「その子は再婚を認めてないんだ」


 口元だけ笑った楓川を見て、一、二度下がったような気がした。


「お母さんはお父さんを捨てたんだ、って。こんな人お父さんじゃない、って」

「まあ気持ちはわかる」

「そっ、私も同じ気持ち。でも私は大人だから飲み込まなければいけない」

「再婚のことも、再婚を受け入れられない子供のことも」


 また楓川は頷いた。


「だから私は飲み込んできた。そしたらさ、両親は私には何もしなくてもいい、何も気にかける必要はない、そう思うようになった」


 ようやく楓川の事情を理解した。


「それで、今日も放っとかれて、その連れ子さんと親睦を兼ねた外食ってわけか」

「うん、ただでさえ嫌いな人の子の私がいると、義妹は余計機嫌が悪くなるからね」


 また楓川は乾いた笑い声を上げた。


「ま、そういうわけで、寂しいなぁ、と、あったかいご飯が食べたいなぁ、とスーパーに出かけたわけ」


 話を聞き終えて思う。

 形は違えど、中学生の時の俺と同じだ。

 絶えず襲い来る孤独感、押し潰されそうな漠然とした不安なんかが蘇ってくる。


「話聞いてくれてあんがと。ちょい楽になったわ」


 今度は目も笑っている。心底そう思っているだろう。

 ここから先は何もする必要がない。おせっかいかもしれない。

 だけど。


「楓川さんはさ、誰か大切に思ってくれてる人はいる?」


 予期せぬ質問だったのか、楓川はぽかんと口を開けた。が、すぐに答える。


「いない」


 迷いのない回答だった。


「友達は? ほら、いつもいる子たちとか」

「あれはダメ。私の容姿がいいから一緒にいるだけ。女子っていうのは、権力を固めるために、最初に容姿のいい子たちで集まるんだよ。そっからなあなあで一緒にいるだけ。仲良くないとは言わないけど、大切かどうかは話が別」

「じゃあ、一緒のグループの男は?」

「私、下心があるかどうかわかる、って話をしたよね?」

「した」

「なら察して」


 部活のメンバーは、と尋ねようとしたけど、無駄か。

 楓川の答えに迷いはなかった。ならば。


「俺が楓川さんの大切な人になるよ」

「告白?」


 こてんと首を倒した楓川に笑う。


「そう捉えるならそれでもいいよ。自分は告白されるほど、大切に思われてる。そう前向けるなら」

「冗談。告白じゃないことくらいわかってるよ、下心を感じないし」


 楓川は明るい笑顔を浮かべた。


「優しいんだね、橋下」

「優しくないよ。これを機に、楓川さんを落とそうと思ってる」

「ほら、優しい。下心のあるなしはわかるって言ってるじゃん」

「そうだった。ま、じゃあ嘘ついても仕方ないし、本音を言うよ。昔の俺と被って見てらんないんだよ、だから楓川さんを大切に思う人に、楓川さんの大切な人になりたい、そんで楽になってもらいたい」


 楓川はまた笑った。


「言わなくてもわかってるよ、そんなこと」


 どうやらバレていたらしい。でも、わからないのも鈍感すぎるか。

 なんて思っていると、いつのまにか楓川の顔が真剣なものに変わっていた。


「ならさ、橋下。お願いしていい?」


 心の底からの言葉。重さを感じたけれど、嬉しさも同様に感じた。


「もちろん」

「そか、ありがとう」


 素っ気ない言葉だけど、大きな感謝の思いは伝わってきた。


「今日、橋下に調理を頼んで本当によかった」


 そう言って、楓川は立ち上がる。


「帰る?」

「うん。大人、まだまだやれそうになったから」

「そっか」


 帰る楓川を玄関まで見送る。


「最後にさ、橋下」


 ローファーを履き終えると、楓川は振り返った。


「女の子にあんま優しくしないほうがいいよ、下心持たれちゃうから」


 胸がどきりとする。


「どういう意味?」


 尋ねると、楓川は悪戯っぽい笑みを浮かべた。その笑顔にまた心臓が跳ねる。


「冗談。散々からかわれたからね」

「からかわなきゃ良かった」

「あははは。それじゃ、橋下。またね」

「うん、また楓川さん」


 別れを告げると、楓川は最後に言った。


「呼びにくそうだし、涼葉でいいよ」


 その顔は少しだけ赤く染まっていて、どうしようもなく綺麗で可憐で。今朝想像したときの何百倍も魅力的だった。

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