第4話
ヤヤ子と別れて、一人スーパーへ。
買い物、といっても大したものは買わない。今日はカレーや鍋用の具材、それと腹が減った時用の100円パスタソース。
籠をぶら下げて、男子学生御用達の商品を放り込みながらも、今日ヤヤ子が言ったことが頭によぎっていた。
好きな人ができる可能性が高い、か。
俺にできるとは思わないけれど、ヤヤ子が誰かを好きになる可能性はあるだろう。高校一年生の夏間近、恋の季節。目の前に近づく、海に、祭りに、夏休み、恋人と過ごしたいという魔力には抗えない季節。
ヤヤ子にだって好きな人ができてもおかしくない。そうなったら、今の関係は終わるしかない。
ヤヤ子との関係は心地いい。友達のように気兼ねなく笑いあえて、セフレのように互いが求め合うままに体を重ねて、恋人のように甘い空気に胸を焦がして。そんな関係をヤヤ子も同じように感じてくれていて、それもまた心地がいい。
だから関係が終わりを迎えるのならば、嫌だなぁ、と思う。
だけどその程度で止まっているのは、引け目を感じているから。俺が一番辛い時期、ヤヤ子を勝手に心の支えにしていた引け目があるからだった。
さっきは、『俺は今の関係を心地いいと思ってるし、俺からやめようとは思わないよ』とは言ったけれど、ヤヤ子の邪魔になるようなら、俺からやめようと言った方がいいのかもしれない。そっちの方がヤヤ子は気兼ねなく今の関係を終わらせられるだろう。
嫌だなぁ、とまた思った時、知っている人物を見つけた。
ネクタイをつけていない白いワイシャツ、短くしたスカートから伸びるすらりと綺麗な脚。小さな顔に目立つ長い睫毛の涼やかな目。ショートより少し長い、さらさらの黒髪。
スーパーなんてところにいても、クールで格好いい雰囲気を醸し出しているのは、楓川涼葉だった。
「あ、橋下」
関わる気はなかったのだけれど、声をかけられれば、答えるほかない。
「ども、楓川さん」
「橋下も買い物?」
尋ねてきた楓川は、俺の籠の中を覗き込んできた。無骨な商品が入っているので、妙に恥ずかしい。
「籠の中に家庭感溢れてるね」
「家庭感はわからないけど、一人暮らししてるからこういうラインナップになってます」
「ラインナップて、言い方」
楓川はコロコロと笑った。クールな表情が綻んだその顔が可愛くて、ドキリとしてしまう。
照れ臭さが湧いてきて、別の話題を投げようと、楓川の籠の中を見る。板のチョコレートに瓶の粉コーヒー。
「楓川さんは……今晩はハヤシライス?」
「あ、わかる?」
「わかるわかる、カレーみたいに隠し味に入れるんだよね?」
「いや、ソースの色から、この辺りが材料かなぁ、って思って」
「あははは」
「え? 笑うとこあった?」
「え?」
最初から冗談だったんだけど。明らかにハヤシライスの材料じゃないのに、ハヤシライスって言って、楓川はそれを冗談だとわかりつつ、あ、わかる? ってノって、そっから冗談を重ねてだと思ったんだけど。
あ、ああ、そういうことか。このノリが寒すぎて笑うところあった? っていうことか。
「あ、あー、そういうことね。寒いノリしちゃってごめん、陰キャだからやっちゃうんだよ」
「寒いノリ?」
本気で首を傾げる楓川に、違う可能性が浮上する。
「ねえ、楓川さん」
「ん、何?」
「本気でさ、コーヒーとチョコレートでハヤシライス作ろうとしてる?」
「え、できないの?」
あまりに真っ直ぐすぎる言葉に、どうやら本気でハヤシライスを作るつもりであったことを理解する。
「いや、コーヒーの味も、チョコレートの味もしないよね?」
「しないけど、色付けに使うだけなんじゃないの?」
「その二つは着色料みたいに使えないんだよ」
「え、マジ?」
「マジ。ちなみにで言うと、ソースとケチャップとバターであの色になるんだよ」
「そう言うってことは、橋下は作れる感じ?」
「まあ作れるけど、ルウ買えば誰でもできると思うけど?」
楓川は何かを考えるように口元に手をあてた。そんな姿はつい見惚れるくらいクールだったけれど、何考えているかの不安の方が強い。
「ねえさ、橋下」
「何?」
「一人暮らしって言ったよね? 私に料理作ってくれない?」
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