第76話 王 VS 勇者 決着


 ――光が、収束する。


 俺は目を開ける。

 ずっと上を見上げていたようだ。

 俺の視界には、どこまでも広がる青い空と、雄々しく枝葉を伸ばす黄金樹があった。


 魔剣の姿はもうない。

 魔剣を振るうスカル・アーマーの姿もない。


 上空を吹く風の音が、はっきりと聞こえる。戦闘で結界が砕ける音、自らを鼓舞する声、いずれももう、ここにはない。静かなものだ。

【楽園創造者】の力は、確かに魔を滅ぼしたのだ。


 俺は大きく深呼吸した。

 なんだか実感がない。

 高揚感よりも、虚脱感の方が強かった。


 天を仰いで息を吐く。すると足から力が抜けた。

 仰向けに身体が傾いていく。

 やべ……。GP切れか……?

 まともに後頭部から倒れる――と思ったとき、背中にふわりとした感触があった。


「……リーニャか」

『主様。だいじょうぶ?』

「ああ。助かった……ありがとう。それから」


 神獣リーニャの毛並みを撫でる。


「お疲れ、皆。よくやってくれた」


 リーニャの身体を支えに、身体を起こす。


 リーニャもルウも無事だった。

 彼女らの表情を見た俺は、口元を引き締める。

 女神アルマディアが告げた。


『ラクター様。王城を』

「わかってる」


 アルマディアが促した先。

 壁の一部が崩壊し、吹きさらしになった謁見の間に、ひとりの男が倒れていた。


 パラパラと、黄金の雪が降ってきた。

 力を使い果たした天の楽園が、ゆっくりと崩れて消えていく。


 俺はリーニャの背に乗り、「行こう」と皆を促した。神獣は、まだ残っている天の楽園大地を歩いて、王城に向かう。

 建物に空いた穴から、謁見の間へと降りた。


 ――男は、かつての勇者スカル・フェイスだった。

 奴は玉座の手前、段差のところに横たわっている。


 見るも無惨な状態――と言っていいと思う。

 曲がりなりにも勇者として鍛えていた身体は痩せ細り、衣服もボロボロで、骨と皺の浮いた皮膚が露わになっている。この短時間で、五十年は年を取ったような姿だった。


 右手には、こちらもヒビだらけになった剣の欠片。おそらく聖剣だ。あれを『聖なる剣』と呼んでいいのか、俺にはわからない。


 何より、スカルの顔だった。

 魔剣に無数に浮かんでいた顔をそのまま貼り付けたような――。

 目の色がおかしい。おそらく、もう何も見えていないのだろう。


「ラクターァァァ……許さん……俺は、勇者……勇者だぞぉぉ……っ! おおおっ……!」


 叫び続けている。怨嗟と虚栄心をむき出しに、壊れたスピーカーのように叫び続けている。


『主様!』

「ラクター、危ないですよ~」


 仲間たちの忠告を制し、俺はスカルに歩み寄った。足がふらつく。下が柔らかい絨毯で助かった。

 奴から五メートルの距離まで、近づく。

 視界の端、GPメーターを確認する。九九パーセントはカラだ。残りはほんの毛先くらい。


 俺は声をかけた。


「スカル。戦いは終わった。これ以上、無様な姿をさらすのはやめろ」

「ラクターァァァ……お前は無能で……俺がぁ追放をぉぉぉ……!」

「お前は負けたんだ、スカル・フェイス」

「ラクターァァァ……俺は勇者で、お前はぁぁぁ……!」


 ――ダメだ。

 どうやら視覚だけでなく、聴覚まで失ってしまったらしい。

 残った神力を高める。

 スカル・フェイスの胸元に狙いを定める。


 ――と。

 突然、スカルの顔に理性の色が戻った。


「この力の感じ。てめぇ、そこにいんのか。ラクター・パディントンよ」

「スカル……!」

「ああん? なんも聞こえねえ。ああ、そっか。くっくっく。この俺様の姿を見て、勝ち誇ってんだろうなあ。見えなくても、見えるぜ。俺は勇者だからなあ」


 正気に戻った、というのは思い違いだったかもしれない。

 むしろ、より狂気が増した。


 奴は右腕を動かし、剣を握ったまま自分の左胸を叩いた。


「心臓。もう動いてないんだぜ。でも生きてる。すげえだろ? 俺様はついに人を超えたんだ。勇者を超えた超人に、俺はなったんだよ」


 再び、あの感覚――首筋がざわりとあわ立つ嫌な予感。


 次の瞬間、あろうことかスカルは、折れた剣を自分の胸に突き刺した。

 血の変わりに、黒い魔力が傷口からあふれ出す。

 まるでスカルの執着心そのものが魔力化したように。


「俺はなァ、ラクター!!」


 スカルは吠えた。


「何度でも、何度でも何度でも何度でもッ! 蘇ってみせるぜ! そうだ何度でも何度でも何度でも何度でも――勇者としてッ!!」


 魔王が自らの不滅を宣言するように、漆黒の魔力があふれ出していく。


 そして不意に。

 スカルからあふれる魔力が止まった。


 奴を包み込むように、白いオーラが漆黒の魔力を抑える。


「そこまでです」


 広い謁見の間に、凜とした声が響いた。

 玉座の後方から二人の少女が歩いてくる。


「イリス姫、アリア」

「ラクターさん、ご無事ですか? 遅くなって申し訳ありません」

「いや。これ以上ないタイミングだったよ」


 聖女の力を使って、漆黒の魔力を封じるイリス姫――いや、聖女イリスと言った方がここはいいだろう。

 その聖女に寄り添うのが賢者アリア。彼女は分厚い本をその手に持っていた。決戦に向かう前は持っていなかったものだ。

 アリアは言った。


「あんたたちの戦いを見てて、これが必要になるかもって思ってさ。急いで研究所まで取りに行ってたんだ」


 アリア、そしてイリス姫が俺の両隣に並ぶ。


 スカル・フェイスは、聖女の結界の中でなおも叫び続けていた。「何度でも」――と。

 アリアが、持っていた本を開く。ページには、何も書かれていない。


「ラクター。イリス。力を貸して。皆で、こいつを封じよう。二度と、が現れないように」


 白紙のページ一枚一枚に、強い魔力を感じた。

 これはただの魔法書じゃない。大賢者が手ずから創り上げた、強力な記録の書。

 俺は書を受け取り、開いた。ページの上に手を置く。そこへ、イリス姫とアリアの手が重ねられた。


『私もお手伝いしましょう』


 アルマディアの声がする。

 直後、聖女と賢者が驚いた顔をする。


 俺は彼女らとともに、背後を見た。

 大きな白い翼を広げた女神が、そこに顕現していたのだ。

 脳裏で声がする。『あなたの力が極限まで高まったおかげです』と。


 女神に促され、俺たちは再び、スカルに相対した。

 お互いの力を、書物に送り込む。

 高まる力で謁見の間が染まる中、透明感のある神の声が響き渡った。


『私は女神アルマディア。我が神の名において、ここに宣言します。聖女イリス、賢者アリア、そして王であり新たな勇者ラクター。今、闇と魔を払う選ばれし者たちがここに集ったことを』


 ぐっ、と背中を押す力を感じた。これが女神の後押しかと思った。


 ――封印の書が、スカルの身体を飲み込んでいく。

 奴の身体は魔力ごと引き延ばされ、黒いインクとなって空白のページを埋めていく。

 この一ページ一ページ、一言一句が、スカル・フェイスの人生を記している。


 奴は……自分がインクの文字となったことに気づいていない。最後の最後まで謁見の間に響いていた「何度でも」という言葉が、それを表していた。


 だから、希望通りにしてやった。

 何度でも、この本の中で繰り返すだろう。かりそめの人生、かりそめの楽園を。


「お前の物語はここで終わりだ。後は自分だけで、何度でも楽しむといいさ」


 声の途切れた謁見の間で、俺は本を閉じた。



 ここに、スカル・フェイスを筆頭とした勇者パーティは、名実ともに姿を消したのだ。




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