第75話 王 VS 勇者 ⑪


 無数の『顔』がうごめく魔剣。

 それを振りかざすスカル・アーマー。

 まるで巨大な壁が頭上から倒れてくるように、近づく。

 視界が空の青から、魔剣の漆黒へと塗り変わっていく。あまりにもデカすぎて、視界に収めきれない。


 魔剣の表面には、俺の名を叫ぶ無数の顔が。

 ホラー映画の方がいくらかマシな、最悪のだった。


 俺を乗せた神獣リーニャが、わずかに身体を強ばらせる。耳が伏せていた。

 勇猛な神獣少女を狼狽えさせるほどの、どす黒い圧。

 近づいてくる。すぐ、近くだ。


 俺は咄嗟に、リーニャの背中から飛び降りた。

 魔剣へ向けて、手をかざす。



 ――『楽園創造』。



 周囲の大地が輝きを増し、結界を創る。

 これまで幾度となく楽園を創り出し、経験と神力を蓄え続けた。

 その成果が、魔剣の圧を受け止める。


 ――両肩が外れるかと思った。


 結界と接触した魔剣。そこから、紫色の雷が結界表面を這い、さらに天の楽園上をほとばしる。

 流氷が軋むような音がした。天の楽園の、悲鳴のように聞こえた。


『……押されています、ラクター様』

「ああ……わかってるよ……」


 口を開いて返事をするのも、実はつらい。

 スカル・アーマーが黄金樹を喰って、創り上げた魔剣。見た目以上の威力だった。


 重い。

 侵食される……!


 表面を走る紫電は、徐々に結界内部にも入り込んでいた。ガラスが剥がれ落ちるように、一部は崩壊を始める。


 リーニャとルウは、俺に加勢するべく神力を解放していた。

 だが、『楽園創造』による結界は彼女らの使う力とは異なる。俺を鼓舞する効果はあっても、結界を支えるだけの力はない。

 ジリ貧だ。


《ラ ク ター ァ ァ ァ ァ !!》


 さらに圧が増した。

 ぐっ、と魔剣が押し込まれる。

 俺は片膝を突いた。


 少しずつ、少しずつ迫ってくる魔剣。表面で踊る無数の『顔』に向かって、俺は吐き捨てた。


「ラクター、ラクターって……うるせえよ、クソ勇者」


 もはや魔剣をこともできそうにない。


 周囲を見回す。

 神獣少女と大精霊は、果敢に魔剣へ攻撃を仕掛けている。そのたびに『顔』がひとつ、またひとつと潰れていく。

 焼け石に水だった。


 ――そのとき。

 魔剣を伝って、ビリビリと振動を感じた。


 敵の攻撃圧は変わらない。

 俺は首をねじって、背後を見やった。


 魔剣の先端が、黄金樹の幹に触れている。

 黄金の輝きと魔剣の紫電が幾重にも絡まり合う。


 激しく、反応していた。


 魔剣の顔が醜く歪んだかと思うと、弾けて消滅。だがすぐに元の顔を取り戻す。――魔剣の先端で、消滅と再生が繰り返されていたのだ。

 末端の小競り合いのような光景。

 結界を喰らう魔剣の威力は衰えない。


 俺の脳裏に、数分前の衝撃的な光景が蘇る。黄金樹を喰らうスカル・アーマー。


 俺はまなじりを決した。


 ――アルマディア。


『はい』


 ――俺のイメージを、リーニャとルウへ送れ。

 返事を待たず、俺は強く念じる。イメージする。

 女神アルマディアならば、俺のを忠実に、正確に仲間へ送ってくれるだろう。


 リーニャとルウが同時に俺を振り返った。

 返事をする余裕はない。


 だから代わりに、俺は笑った。

 この程度のピンチ、どうということはない――と。


 神獣少女たちの神力が再び高まる。

 リーニャは大精霊を背に乗せると、一気に魔剣の危険域から抜け出した。

 俺は耐える。耐え続ける。


 魔剣表面の顔たちが、しきりに何かを叫んでいる。目や口の動きがバッチリ判別できるほど、もう、近い。


 視界の端に、銀色の大狼の姿が映った。

 リーニャとルウ。

 彼女らは魔剣の上に飛び乗り、そこからさらにスカル・アーマーの腕を駆け上がった。


 目指すは、敵の頭部。

 神獣のスピードとパワーを乗せた一撃が、スカル・アーマーの首筋を切り裂いた。俺の場所からでも見てわかるほどに、大きくえぐれる。


 ルウが一際強く神力を放つ。

 神力の輝きは一点に圧縮され、小さな光の球となる。

 リーニャが、光の球をくわえた。

 そのまま、スカル・アーマーの抉れた首元に突っ込む。

 スカル・アーマーの漆黒の体内に、まばゆく輝く光が埋め込まれた。

 それを見届けたリーニャたちが、素早くその場から離脱する。


 敵の動きは――止まらない。

 魔剣の圧も変わらない。


 こっからは、俺の役目だ。


 俺は震える手で、胸元にある新花のペンダントを握った。

 神力をかき集め、魔法を放つ。


「……グロース・メガロマ」


 距離はある。

 だがやってみせる。

 俺の意思を乗せた魔法は、結界から魔剣へ、魔剣からスカル・アーマーへと伝わっていく。


 グロース・メガロマ。動植物の生育を限界超えて促す魔法。

 目標は――首筋に埋め込んだ光!


 あれは黄金樹と同じ、ルウが生み出した『種』だ。


 手応えがあった。

 俺の魔法を受けた光の球――種は、急速に発芽した。地中に張り巡らせる根のように、無数の光の筋がスカル・アーマー、そして魔剣の内部に広がっていく。


 敵は黄金樹を喰らって自分の力にしたほどの相手。

 いかに体内で暴れ回ろうと、同じ黄金樹――敵は光の筋を侵食し、取り込もうとする。

 荘厳な黄金色が、スカル・アーマーの力によって徐々に紫色へと変化していく。いずれは漆黒となり、完全に同一化してしまうだろう。


 だが――。


 


「シード・カウンターフォース」


 スカル・アーマーが体内の黄金樹を侵食する様は、結界越しにバッチリ伝わってくる。

 そのさせ、体内で爆発させる。


 己の血肉になるはずだったものが、逆にスカル・アーマーの存在を蝕む。

 魔剣が、スカル・アーマーの巨体が、いずれも徐々に小さくなっていく。


 それでも――敵は消滅しない。

 全身に巡る聖の黄金樹に抗うため、自らの力を凝縮しているのだ。


 聖の力を捨て、魔力を集める。

 聖と魔との完全分離。


 それはすなわち――かつては効きづらかった【楽園創造者】の力が、ということ。


「これで、終わりだ」


 GPメーターよ、全部振り切ってしまえ。

 王都上空に生まれた天の楽園よ、魔の者の墓標となれ。



 ――『楽園創造』。



 ボロボロだった空中庭園が、再び輝きを取り戻す。

 輝きは、さらに強く、強く、もっと激しく。


 ――かつてアリアが言っていた。

 あらゆるものを内部で崩壊霧散させる超威力の結界を作り出す……自分は失敗したけど、あんたなら上手いことできるかもね――と。


 天の楽園が広がる。

 魔剣ごとスカル・アーマーを飲み込む。


 そして。

 極限まで高められた神力が、あらゆる魔を消滅させる超巨大結界となって、王都スクードに立ち上がった。



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