第73話 王 VS 勇者 ⑨


 神鳥が力強く羽ばたき、離陸する。

 広く王都が視界に広がった。


 断続的に崩落音がする。巨大リビングアーマーの攻撃を受けた王城が、時間を置いて少しずつ崩れているのだ。

 俺は自分の二の腕をつかんだ。今すぐ城まで直行したい気持ちを抑え、神鳥を大きく迂回させる。


 空から見る王都。ここから見る限り、逃げ遅れた人々はいないようだ。

 大小のリビングアーマーは、すべて王城へと向かったらしい。目視でも、アルマディアやリーニャたちの気配察知でも引っかからない。


 なぜ、奴らは王城を目指す……?


 平穏だった王都は、今は空虚なれ物になっていた。

 巨大リビングアーマーの歩いてできた道が、痛々しい傷跡のように、王都の区画を無視して走っている。


 ……これを、望んでいたのか。スカルの奴は。

 ここから人々を救えば勇者としての姿を見せられると。認められると。

 本気で思っていたのか。


 ――目抜き通りの上空に差し掛かる。真正面に城を見る位置だ。

 通りには十数人の人影があった。フル装備の騎士や冒険者たちである。

 避難民の殿しんがりと王都の監視を続けていたのだろう。勇気ある人たちだ。


 彼らは俺と神鳥の姿に気がつくと、各々の武器を掲げてエールを送ってきた。声は聞こえなかったが、しきりに何か叫んでいる。

 耳の良いリーニャが教えてくれた。


「主様とカリファ聖王国、それからルマトゥーラ王国の名前を叫んでたよ」

「まいったな」


 俺は少しだけ口元を緩めた。緊張で強ばっていた筋肉がほどよく緩む。

 いい集中力だ。

 胸元に提げた新花のペンダントをつかむ。

 大通りの上空。ここからなら、王城へと群がるリビングアーマーのすべてを視界に収めることができる。


 俺は言った。


「リーニャ。ルウ。俺からの指示はアルマディア経由で出す。これ以上、奴らに好き勝手させない。神から授かった俺たちの力、ここで見せつけるぞ」

「にゃ」

「ええ、承りました~」

「まずは雑魚どもを一掃する」


 神力を高めた。同時に神獣少女と大精霊からも溢れる力を感じた。

 いくぞ。


「戦闘、開始」




 ――『楽園創造』。




 GPをたっぷりつぎ込んで、俺は王都上空に平面円形の大地を創り上げた。

 大地の上で、黄金色の下草が光を散らしながら揺れる。

 神力で形成した、天の楽園だ。

 高みの見物のためじゃない。


 リーニャが楽園の大地に降り立つ。同時に全身が巨大化し、美しい銀大狼たいろうの姿になる。

 ここは神獣の力を何倍にも高める聖なる土地だ。リーニャは身にたぎる神力を喜ぶように、高らかに遠吠えをあげた。

 その声を心地よく聞きながら、俺は手の中に黄金色の種を生み出した。

 隣にはルウの姿。


 大神木の精霊である彼女の力を合わせ、神なる樹に劣らない力を秘めた種。

 それを、ルウとともに楽園の大地に放った。


「グロース・メガロマ」


 人々の常識を超越した生育を、うながす。

 途端、種は金色こんじきの芽を出し、爆発的に丈を伸ばした。あっという間に神鳥の高度を超え、上空に雄々しく枝葉を茂らせる。

 その大樹は、葉の一枚に至るまで美しい黄金でできていた。


 再び神獣が吠える。

 すると、地上の光柱が天空の楽園大地まで吸い上げられていく。


 光柱は、俺が敵を抑えつけるために創り上げたもの。

 中小のリビングアーマーたちは、いまだすべて、光の柱の中に捕らわれている。

 奴らが勇者の力で光の柱に耐性を持っているのなら、それを利用させてもらう。

 光の柱は檻。

 檻ごと奴らを引きずり出す!


 神獣少女リーニャの鋭い感覚は、路地に潜む敵も逃さない。

 地上で燻っていた奴らは、一体残らず楽園まで引き上げられ、俺たちの前に姿を現した。


 ――まずは雑魚どもを一掃する。

 そのためのものだ。

 これは俺と、リーニャと、ルウの神力を合わせた一撃。


 森に生きる者の力を思い知れ!


「貫けッ、黄金樹の枝!!」


 声に呼応し、上空の梢から何本もの枝が雨のように降り注ぐ。

 紫色の、ぶよぶよとした不格好な人型モンスター――リビングアーマーたちは、金色の枝に次々と貫かれ、手足を踊らせた。


 黄金樹の枝を経由して、膨大な神力がリビングアーマーたちに流れ込む。

 圧倒的な力の奔流に、体内からめちゃくちゃにされた奴らは、やがて紫色から金色へと変わった。

 そして次々に爆発四散する。


 あちらでも、こちらでも。

 黄金樹の枝は、勇者装備のデカブツを除いたすべてのリビングアーマーを貫き、変色させ、そして無数の光の粒に変えたのだ。


 楽園の大地に、今度は黄金色の雪が降る。

 黄金樹の神力を受けた光の粒は、ひとつひとつが俺たち神力を操る者の糧となる。


 神鳥から降りた。

 天をも貫くような黄金樹を背に、俺は王城を見据える。


 右隣には神獣少女。

 左隣には大神木の精霊が並ぶ。


 楽園の大地に風が吹く。黄金の雪が激しく舞い踊った。それはそのまま、俺たちから溢れる力の具現化だった。


 ――視線の先に、巨大なリビングアーマー。

 奴はすでに、光の柱からは抜け出している。他の雑魚のようにはいかない。


 巨大リビングアーマーは、どういうわけか俺たちに背を向けていた。王城の一画に突っ込んだまま、微動だにしない。


 俺は神力を高めた。片手をゆっくりと頭上に掲げる。

 今まで身につけた全部の魔法、そして味方の力のすべてをぶつけるつもりで、まなじりを決する。


 そのとき。

 巨大リビングアーマーがおもむろに振り向いた。


 俺は目を見開く。

 巨大リビングアーマーの色が変わっていく。

 紫色から、漆黒へ。

 ほんのわずか名残が残っていた、体内の勇者装備は、さらに禍々しく巨大になって奴の身体を包む。


 ゆっくりと、振り返ってくる。

 その緩やかな動きの中で、巨大リビングアーマーの身体にもうひとつ、変化が起きていた。


 


 女神アルマディアが『なんてこと』とつぶやく。

 もともとは存在しなかったリビングアーマーの頭部。漆黒に染まったそれに、目鼻が刻まれていく。そのツラは――俺がよく知るものだった。

 怖気を感じさせる声が、王都中に響き渡った。



《ラ ク ター ァ ァ ァ》



 ……現れやがった。

 かつての勇者スカル・フェイスが、最悪の姿に生まれ変わって、俺たちの前に現れやがったのだ――!



 


 

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