第72話 王 VS 勇者 ⑧


 ――やや時間は遡り、カリファ聖王国の外縁。



「ルヴァジ王たちが無事脱出したというのは、本当なんだな?」

「はい。ラクター陛下」


 書記官キリオの報告に、俺は少し胸をなで下ろした。

 聖森林の入り口で、王都への突入タイミングをうかがっていたときである。


 王都と聖王国を結ぶ街道は、だいぶ人の姿がまばらになってきた。避難がほぼ完了しつつある証だ。

 キリオの話だと一両日はかかるということだったが、予想以上に順調に推移したらしい。王都の住人たちの規律正しさには頭が下がる。

 勇者スカルには望むべくもない力だ。


 俺はキリオに言った。


「王族のみが使用できる魔法陣……だったな。確か、王都郊外に繋がっているっていう」

「はい。今回の騒乱にあたり、事前に転移先を確認しております」

「迎えに行こう。郊外と言えどまだ安全ではないはずだ」

「御意」


 ――キリオの案内で、王族たちが避難した場所へと向かう。

 林の中にひっそりと建てられた教会が、転移先だった。


「無事で良かった、ルヴァジ王」


 俺は労ったが、王の表情は硬い。

 そこで気づいた。イリス姫やアリアたちの姿がない。


 祭壇下の隠し通路で、転移魔法陣がぼんやりと光を放っている。ルヴァジ王はじっと光を見つめていた。


「娘は自ら殿しんがりを願い出た。あの子が戻るまで、余はここを動かない」

「我が王よ。ここはまだ完全には安全でありません。どうか我々とともに聖王国へお越しください」


 キリオがひざまずいて進言する。王は動かない。ローリカ王妃もこのときばかりは、夫に肩を抱かれて同じように通路の先を見つめていた。

 俺は無礼を承知で、ルヴァジ王の肩に手を置いた。『部下の進言』ではダメだと思ったからだ。


「王。ここは俺が残る。あなたは早く脱出を」

「しかし」

「ルマトゥーラ王国とカリファ聖王国。両国のトップがいつまでも居座っていい場所じゃない。ここは任せて欲しい」


 ルヴァジ王は妻と視線を交わした。ややあって、二人はうなずいた。

 納得してくれた――安堵する俺に、王は言った。


「将来の息子の言葉だ。聞き届けよう」

「……王?」

「余は本気だぞ」


 俺の反論を待たず、王妃とふたりさっさと踵を返してしまう。

 キリオが恭しく腰を折った。


「無事父君に認められましたね。おめでとうございます陛下」

「さっさとお連れしろ」

「御意」


 書記官の動きは素早かった。手際よく、離脱の手はずを整え出発する。

 まったく。こんなときでも王は王で、部下も部下だ。


「さて」


 静かな教会。魔法陣は静かに輝き続けている。

 聞くところでは、あの魔法陣は王族の血にしか反応しないという。俺たちが飛ぶことはできない。

 教会から見える王都は、相変わらず光の柱が乱立したまま。


「自分から殿を務めるなんて、姫様はさらにたくましくなった」

『ラクター様』


 そのとき、脳裏に女神アルマディアの声がした。鋭い警告だ。


 直後、鳥肌が立つ。


 王都の一画から、同心円状に魔力が放出されるのを感じたのだ。聖なる気配を感じつつ、ざらついた、舐めるような感触も秘める。

 間違いない。スカルの奴だ。

 意図はすぐにわかった。

 これまで俺の【楽園創造者】の力によって動きを封じられていたリビングアーマーたちが、光の柱ごと無理矢理動き出したのだ。


『破壊ではなく、同化……。曲がりなりにも勇者の力から生まれた魔物なだけはありますね』


 俺は内心で舌打ちした。完全な魔物相手の方がまだ効果はあっただろう。属性と時間的制約が中途半端を生んだのだ。


 光の柱の群れは、王城に向かっていく。一際巨大な、勇者装備のリビングアーマーにいたっては、徐々に光の柱からも抜け出そうとしていた。

 転移魔法陣は、まだ反応しない。


 巨大リビングアーマーが動いた。

 手近な建物を引っ掴むと、王城に向かって投げつけたのだ。

 着弾。少し間があって、腹に響く低い音。外壁の一部が崩落し、粉塵が上がった。

 俺は神鳥を呼ぶ。


「王城まで飛ぶぞ」

「お待ちください~、ラクター」


 ルウが止める。大精霊は、転移魔法陣の方を指差していた。

 魔力の流れを感じる。

 隠し通路に走ると、魔法陣から出てきた女騎士とぶつかりそうになる。


「スティアか! イリス姫はどうした」

「ラクターさん!」


 輝く魔法陣から声がする。すぐ後に、アリアに支えられてイリス姫が姿を現した。パテルルたちの姿もある。

 俺は駆け寄り、ふたりの肩をつかんだ。


「大丈夫かお前ら!?」

「ええ、何とかね。気分は最悪だけど」


 相変わらずの口調でアリアが答えた。

 彼女らから簡単な報告を受ける。

 勇者スカル・フェイスが王城に乗り込んできた。

 奴はこの期に及んで、「姫を助けに来た」とのたまったらしい。

 アリアは言う。


「私もさっきの魔力波動は感じた。間違いなくスカルのもの……ってことは、十中八九、自作自演ね。王都のピンチを自分で演出して、勇者っぽく助けてやろうとしたのよ、きっと」

「あのクソ勇者……」

「ラクター。もうアイツは勇者じゃないよ」


 ポン、とイリスの背中を叩く。


「この子が王族としてビシッと言ってやったからね。あんたから勇者の位を剥奪する、おとといきやがれって」

「ってことは、もうあいつはただのクソ野郎ってことか」


 俺たちの軽口にも、イリス姫は真剣な表情を崩さない。

 いつもの彼女なら「言い過ぎでは……」とオロオロするだろう。それがないってことは、ちゃんと自分の意志で引導を渡したってことだ。


 お疲れ、姫さん――と労う。


「アリア。スカルの馬鹿はまだ王城か?」

「おそらくね。……ごめん。拘束しようと思ったんだけど、城の方がヤバそうだったから離脱優先で放置した。ただ、抜け殻みたいになってたから、すぐどっかに逃げることはないと思う」

「わかった。後は俺がやる」


 教会の外で、神鳥が今か今かと出番を待っている。


 戸口をくぐりかけた俺に、イリス姫が「ラクターさん!」と声をかけた。

 だが、そこで口をぐっとつぐむ。

 私も行きます――という言葉を飲み込んだのだ。

 アリアも真剣な顔でこちらを見ているが、何も言わない。


 遠く、王城の破壊音が聞こえてくる。

 俺はふたりを見た。


 ――彼女らが転移してきた直後に気づいた。

 イリス姫が身にまとう聖なるオーラ。姫のドレスではない、シスター服を基調とした聖女衣装。

 黒魔術を習得、修練し、全盛期の迫力を取り戻しつつあるアリア。

 ここにいるのは聖女と賢者だ。

 ならば、俺もかけるべき言葉を変える必要がある。


「スカルと決着をつけに行く。空から突入して、リビングアーマー共々、まとめてぶったたいてやる。ふたりはここで待機していてくれ。

「……え?」

「まだ魔法陣は生きているだろ? いざとなったら、俺とお前たちでスカルを挟撃するんだ」


 助け、助けられる。

 保護されるばっかりじゃ仲間とは言えない。

 それは聖女と賢者に失礼だ。


「頼りにしてるぜ」


 笑いかけ、教会を出る。


 王城では、巨大リビングアーマーが城に肉薄していた。

 俺は神鳥に飛び乗り、リーニャとルウに向けて声を張り上げた。


「王国を救う。行くぞ、お前ら!!」





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