第69話 王 VS 勇者 ⑤〈side:勇者〉


 ――時は少し遡る。



「ひざまずけ! ラクター・パディント……ン……?」


 なんだ。

 なにが起こったんだ?


 俺は正面を見た。忌々しいラクターの奴が姿を消している。それだけじゃない。アリアや、奴らの仲間たちが軒並みいなくなっている。


 空いた手で、顔を押さえる。記憶を探る。

 確か、そうだ。俺様はあいつをぶっ飛ばすために、全力で技を……それで視界が真っ白になって。

 そっからの記憶が、ぶっつり途切れている。

 歯ぎしりした。手にした聖剣が震えてカタカタ鳴る。


「あの野郎……! また邪魔しやがったな……!」


 なにをしたかはわからない。だが、ラクターが力を使って俺を抑え込もうとしたのは予想できる。

 俺を、一瞬で止められる力を。

 あいつが。


「ちくしょうがっ!」


 認めない。認められるわけがない。

 あいつを知ってるだろ。ラクター・パディントンだぞ。俺が、この俺が追放した無能者だぞ。

 それが、この俺のやろうとしていることを、こんなにも堂々と邪魔するなんて――!

 青筋が浮かんでいるのが自分でもわかる。


 俺は聖剣の鍔を額に当て、大きく深呼吸した。三回、息を吐いてようやく落ち着いてくる。

 まあ、いい。奴のことは後回しだ。

 今は俺の目的を果たそう。勇者としての使命の方が百倍大事だ。


 ――そこで、気がついた。


 俺は、人々を脅かす強大な魔物を打ち倒した勇者となるために、ここに来た。

 なのに……この静けさは一体、なんだ。


 視線が、ゆっくりと上に向く。

 瓦礫となった俺の館。

 雄々しく立つ巨大なリビングアーマー。

 それを包み込む、白い光の柱。


「封印、されている……!?」


 この一帯は貴族どもの住処すみかで、やたらと敷地の広い建物が並ぶ。

 つまり、ゴミゴミした中心部よりも見晴らしが良い。


 王都スクードのあちこちで、同じように光の柱が立っているのを見た。

 俺がスライム状リビングアーマーを放った場所とだいたい一致している。どれも、これも。


 ――さらに重大な事実に気づいた。

 俺は街を走った。


 人の気配が消えている。路地からも、商店からも。

 行きつけの酒場からも。


 入り口扉の前には、白い塗料で雑に印が付けられていた。こんなときだけ、知識が蘇る。

 これは、避難が終わったことを確認した証だ。

 柱に拳を打ち付ける。


 おい、嘘だろ。

 この街から住人が消えてしまったら……俺の計画はどうなるんだ。

 華々しく魔物を退治するところを皆に見せつけ、喝采を得るっていう、俺の完璧な計画は。


 ぞくり、と背筋があわだった。

 視線や気配を感じたからじゃない。


 からだ。


 汗が噴き出てくる。おい、やめてくれよ。これで終わり? んなわけないじゃないか。なあ、おい。

 まだ、俺は終わっちゃいないんだ。リビングアーマーどもだって無事なんだ。封印されちゃいるが、ちゃんとここに在るんだぜ?

 誰か……どこか……俺がいることを証明できる場所は……。


 顔を上げた。

 街のどこからでも見えるところが、一カ所、ある。


「王城……」


 そうだ王城だ。あそこなら、まだ誰か残っているのではないか。

 そうだ、そうだよ。王道じゃないか。巨大な魔物たちに包囲される城。窮地に立つ姫君。そこへ颯爽と現れる救世主。

 いける、いけるじゃんよ。はは、ははは……。

 こうしちゃいられない。


「クソ忌々しい奴の封印なんざにハマってるんじゃねえぞ、デカブツども」


 俺は聖剣を高々と掲げた。

 ありったけの魔力と意志を込める。


「さあ動け! 俺の人形どもめ!」


 放出。

 波紋となって王都中に広がった魔力は、ラクターの光柱をブルブルと震わせた。

 リビングアーマーどもが、動き出す。

 光の柱を消滅させることはできなかったが、俺の人形どもの動きに押され、不自然に歪む。動き出す。


「はは……ざまあみろ」


 個体によっては王城まで目と鼻の先の距離。

 後は俺が城へ向かうだけだ。急がなければ。

 駆け出そうとした俺は、足がとんでもなく重くなっていることに気づいた。


 ちっ……魔力を使いすぎたか。

 だが、構うものか。人形どもは俺の魔力の虜だ、どうとでもなる。

 舞台に、たどり着きさえすればいい。

 棒のような足を叱りつけながら王城へ向かう。

 こんなに城が遠いと感じたのは初めてだった。

 余計な感情が湧いてくる。


 ――もし、誰もいなかったら?

 ――もし、目的が果たせなかったら?

 ――もし、すべてが徒労に終わったとしたら?


「ありえねえ」


 俺は勇者だ。スカル・フェイスだ。この俺が聖剣を持っている限り、すべては上手くいく。

 それは当然の運命なんだ。誰にも邪魔できない。邪魔させない。


 王城が見えてきた。

 リビングアーマーどもより先に敷地に入る。

 巨大な門扉をくぐる。


 そして――俺は笑った。


「ほらみろ。いるじゃねえか」


 中央階段の踊り場。

 相変わらず美しい金髪と、むしゃぶりつきたくなるようなスタイルを持った美人が、俺を待っていた。

 ルマトゥーラ王国王女、イリス・シス・ルマトゥーラ。

 待っていたのだ。この俺を。勇者スカル・フェイスを!

 それでこそ、責任ある王族の姿だ。


 俺はその場で膝を突き、うやうやしく礼を取った――が、予想外に足に力が入らず、よろめく。抜き身の聖剣でバランスを取ったせいで、金属が床を打つ音がやたら高く、はっきりと響いた。

 誤魔化せ。


うるわしきイリス姫。あなたの勇者、スカル・フェイスが参りました。この俺が来たからにはもうご安心ください。見事、王都を脅かす凶悪な魔物どもを退けてみせましょう」


 すらすらと口上を述べ、剣を掲げる。


「この、聖なる剣と勇者の力で!」


 どうだ、イリス・シス・ルマトゥーラ。

 これでもお前は、ラクターを選ぶつもりか? 違うだろ?

 お前が、お前たちが選ぶべきは、お前たちが見るべきは、この俺、勇者スカル・フェイス――。


「お黙りなさい」

「は?」

「あなたはもはや、勇者などではありません。私はあなたを勇者とは認めない。絶対に」


 ……は?



 

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