第68話 王 VS 勇者 ④


 ――ルマトゥーラ王国、王城。


 スクードの街を一望できる鐘楼で、大賢者アリアは目を細めていた。


「今のところ、動きなし……と」


 自身の魔力感知を最大まで引き上げて周囲を監視していた彼女は、そうつぶやいて肩の力を抜いた。


 今、スクードの街にはいくつもの白い光の柱が立っている。

 そのひとつひとつに、人型をした鎧――リビングアーマーが捕らわれているのだ。

 ラクター・パディントンが、その力で悪しき存在を封じ込めた証。

 アリアは、光の柱が生まれる瞬間に立ち会っていた。


 当時のことを思い出す。

 ――勇者スカル・フェイスの不意打ちで傷を負ったラクター。

 一度は魔法で回復したものの、傷の深さとは別の痛手を被り、倒れた。

 意識を失う間際に放ったのが、あの光の柱だ。


 光は瞬く間に街全体に広がり、暴れていたリビングアーマーたちを閉じ込めた。

 スカルの館に現れた巨大な勇者装備リビングアーマーも。

 そして、スカル自身も。


 本当に大した奴だと、アリアは思う。


 それからアリアたちは、事前に話し合っていたとおり、各々の役割を果たすことにした。

 ラクターやリーニャらは、カリファ聖王国へ住人を誘導。

 アリアはイリス・シス・ルマトゥーラを護る。

 その役割を果たすため、アリアは今、王城にいるのだ。


 ――スクードからの避難は、おおかた完了したようだ。

 鐘楼から見る目抜き通りは、だいぶ人の姿がまばらになっていた。今の段階で残っているのは、高位の冒険者といった『自分のことは自分で何とかできる』面々ばかりである。

 ラクターの結界は完璧ではないと聞いていたが、何とか保ってくれたようだ。戦えない人々が避難するための時間は稼げたと言える。

 あとは――。


 アリアは踵を返すと、鐘楼の階段を降りた。

 王城の端に据えられた鐘楼は、敷地内にある大教会と隣接している。アリアは教会の中へ小走りで入った。

 王族の儀式にも使われる大教会。建物も立派だが内装も凝っている。磨かれた床は足音を大きく反響させた。


 中央の大講堂に出る。

 数百人は収まる巨大なホールには、今、数人の男女がいるだけだ。

 そのうち、ひとりの女性が足音に気づいて振り返った。


「アリアさん。外の様子はいかがでしたか」

「だいじょうぶ。状況に変化なしだよ、イリス」


 大賢者は友人の姫君に報告する。「そうですか」とイリス姫は息を吐くが、緊張を解いた様子はない。


 ルマトゥーラ王国王女イリス・シス・ルマトゥーラは、シスター服を基調とした紺と白地の衣装をまとっている。

 聖女衣装だ。

 アリアは目を細めた。


 衣装合わせのときは、ただただ「似合っていて可愛い」という感想だった。

 今はまた違う印象だ。大賢者アリアは、相手が身にまとう魔力の強さがわかる。


「聖女の儀式、成功したみたいだね」

「あくまで簡易的なものです。聖女としてのスタートラインの、一歩手前に立っただけ」


 イリスは答えた。

 だがアリアは、彼女がまとう雰囲気の変化に気づいている。


 ――アリアが王城に残っている理由。それはイリスが王城に残っているから。

 そしてイリスは、聖女の儀式を完了させるために王城に踏みとどまった。

 この国難とも言える事態を前に、一人でも多くの人を救える力が得たい――イリスの強い決意の表れであった。


「それにアリアさん。まだ王都の人々が避難を完了していないのに、王族が都を開けるわけにはいきません。お父様も、お母様も、同じ思いのはずです」

「わかってる。あんたがそういう頑固なところもあるってのは、知ってるから」


 アリアは苦笑した。

 それから、静かにイリスを抱擁する。


「お祝いを言わなくちゃね。おめでとう、イリス」

「ありがとう、アリアさん。私、頑張ります」


 数秒ほど、お互いの体温を確かめ合う。


 それから彼女らは従者とともに謁見の間に向かった。道中、アリアが報告する。


「避難もほぼ完了。あとはラクターたちが上手くやってくれてるはずだよ。心配されてた結界だけど、なんとかもちこたえてくれたみたい」

「私は信じていましたよ。だってラクターさんですもの」

「はいはい。とりあえず、あんたの初仕事はここではお預けだね」


 謁見の間に到着する。

 玉座の周りにはルヴァジ王を始め、王城に残った者たちが勢揃いしていた。


 王は娘の帰還に気づくと、相好を崩して祝った。この十数時間で、すっかりやつれてしまっている。だが、ラクターと謁見したときのような失神癖はなりを潜めているようだ。

 さすが、一国の王。やるときはやるのだなとアリアは思った。

 きっとラクターも同じだろう。


 姫付きの筆頭騎士であるスティア・オルドーが言った。


「陛下。状況は順調に推移しております。陛下や王族の皆様方も、避難を開始すべき時です」


 ルヴァジ王は一瞬だけ黙り込んだ後、「わかった」とうなずいた。

 周囲の近臣たちから説得を受けていたのだろう。玉座から立ち上がる。


 そこへ、イリスが凜と告げた。


「私は最後で結構です」


 ざわつく。

 普段は落ち着いているローリカ王妃が翻意を促すものの、姫の決意は固かった。

 苦笑したアリアが、間に入る。


「彼女を説得してもたぶん無駄ですよ、王妃様。こうなったらテコでも動きません」

「ですが……」

「むしろさっさと皆さんが避難した方が、このコも動いてくれると思いますよ?」


 ひらひらと手を振る。

 アリアは姫の肩に手を置くと、ダメ押しのように宣言した。


「ここにいるのは誰だと思ってます? 聖女イリスと大賢者アリアが残ると言ってるんです。信じてもらわなきゃ」

「……わかった」


 重々しくルヴァジ王がうなずく。

 まだ心配顔の王妃の肩を抱く。


「我が娘は大きく成長したようだ。それだけじゃない、心強い友も得ている。喜ぶべきことだ」

「あなた……」

「行こう。――イリスよ」


 はい、お父様――と姫が応える。


「決して無理はするでないぞ。我らが避難をし終えたら、すぐに追ってくるのだ。さもないと」

「……?」

「本当に気絶してしまうぞ。余が」


 きょとんとしたイリス姫が、次の瞬間吹き出した。

 場に、和やかな空気が流れる。


「では、行くとしよう」


 王と王妃、近臣らが歩き出す。

 謁見の間の奥には、王族専用の避難用魔法陣がある。王族の血にのみ反応する特別な魔法だ。

 郊外の安全な場所に出てから、カリファ聖王国へ向かうことになっている。


 ――数分後。謁見の間は静かになった。

 残っているのはイリス、アリア、姫の護衛獣パテルルと、筆頭騎士のスティア。

 目を閉じて静かに祈りの姿勢を取っていたイリスは、おもむろに告げた。


「私たちも行きましょう」

「そうね。――!?」


 そのとき、アリアが謁見の間の扉を勢いよく振り返った。

 眉が急角度を描く。


「なに、この感じ……イリス、あんたは先に避難してて。私、ちょっと外の様子を見てくる」

「私も行きます」

「……問答してる暇はない、か」


 パテルルに乗ったイリスとアリア、それを健脚で追うスティアは、謁見の間からほど近いテラスに向かった。

 王都を見下ろす。


「これは……!」


 イリス姫が口元を押さえ、表情を曇らせる。


 リビングアーマーたちを抑え込んでいた光の柱が――蠢いていた。

 ゆっくりと移動したり、徐々に斜めに傾いたりしている。

 光が消滅したわけではない。だが、結界ごと動かそうとしているのがわかった。

 一際大きな光柱――勇者装備のリビングアーマーを封じたそれは、ゆっくりとであるが王城に近づいていた。


 大賢者が呻く。


「属性の影響ね……。純粋なモンスターと比べて、あいつらは勇者装備を元に創られたリビングアーマーだから。効果が中途半端だったんだわ、きっと」

「王都の外に出すわけにはいきません。まだ避難している方々が街道にいるはず。私たちで……なんとか足止めしましょう」

おとりくらいがせいぜいだろうけど、まあ、やるしかないわね」


 構えを取るふたりの少女。


 そこへ、パテルルが鋭く吠えて警告した。

 筆頭騎士のスティアが王城の前庭を指差す。

 誰もいない城への道を、ひとりの男がふらふらと歩いて近づいていた。


「勇者、スカル・フェイス……!」



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